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最弱の代行者  作者: ひとみ
15/24

Lv.7の抵抗

そのチラシが朝刊に挟まっていたのは3日ぐらい前の事だった。


その日、イサメが取り寄せている朝刊をなんとなく暇潰しに眺めていたら、そのチラシが目に入ってきて驚嘆を覚えた。


何を隠そう、一般向けのレベル測定が王都で行われるのだ。


『一隻眼』と呼ばれる魔眼を開眼させた人物が測定を行うそうで、同時に献血も開かれるらしい。テレビでもちょくちょく放送していた。まあレベル測定したついでにボランティアに参加しろ、て事だろう。


で、開催日が今日。俺はこれに参加しようと思う。場所は遠いが。


俺がそのチラシと時計を交互に見ていると、リュウが寄り掛かって覗いてきた。


「……何見てるの?」


顔がちっか。止めてよ、凄いビビるから。


しかし、このスキンシップには慣れないていけないので、なんとか武者震いと戦いながら答える。


「あ、ああ。なんか、王都でなんかやるみたいで、さ」


「……出掛けちゃうの?」


「ま、まあ……そう、ね」


リュウの上目使いにやられそうになり、速効で目を逸らす俺。


「あ、そ、そうだ。リュウも来る?」


「でもボク……角生えてるし、尻尾生えてるし、髪の毛と目の色が変だし、ボク擬態も得意じゃないから、騒ぎになるよ……」


リュウは行きたそうに目を輝かせたが、直ぐに意気消沈してしまった。


角と尻尾……やっぱりアレかな? 鬼ごっこの件もあり、思い切って聞いてみた。


「やっぱりさ、リュウって“竜人”なの?」



竜人───俺の中ではもはや伝説上の存在に近い人種だ。


人間を遥かに超える身体能力と魔法適正に加え、優れた頭脳。人間の上位種に当たる種族だが、その個体数は極めて少ないそうで、絶滅危機に瀕している、らしい。


なんせ俺の住むアイテール王国に竜人はいないから、いるのかいないのかあやふやだ。北の帝国に存在しているらしいが、向こうでもしばらく確認されてないそうだ。


因みに人間は全世界にうじゃうじゃいるが、東方には獣人、南方には妖精(エルフ)という感じで別人種が共存している。まあ我が西方のアイテール王国は人間オンリーだけど。


そんな竜人がこの国に姿を現せば大騒ぎだよな、確かに。


俺の質問に、リュウはコクりと頷いた。


「……そだよ?」


「そうか。……なんか、ごめんな」


「……どうして、謝るの?」


「いや、別に……」


と、俺は言葉を濁す。


イサメ達を召喚してから約1ヵ月……俺はあまりにも自分の代行者達を知らないでいる。俺が呼んだ筈なのに……。


しかもワイバーンの首を落とすわ、2週間で屋敷を建てちゃうわ、発光するわで、もはや俺のスペックに釣り合っていない。俺みたいな異端児がそんな者達を召喚できたなんて、あまりにも現実味が無さ過ぎる。


現実味が無さ過ぎるが、それが俺の膨大な魔力のおかげであり唯一の才能だったと結論付ければあっさり片付くが、そんな曖昧にはしたくない。


イサメが言っていた。俺の昔の記憶からつくられた、と。


なら俺が思い出せば話が早いのだろうが、まずその記憶の引き出しに鍵が掛かってビクともしない。思い出せない。てか、教師に階段から突き落とされた頃の鮮明な記憶なんて思い出したくもない。


半ば勢いに任せての召喚だったけど、ただ勢いに任せて召喚した筈じゃないんだ。“何か”があって呼んだ筈なんだ。


だから俺はそれを開ける鍵が欲しいのだ。変化が欲しいのだ。自信が欲しいのだ。


そうしたら、皆の事を知れる筈だ。皆を召喚した本当の理由を知れる筈だ。


そこで、今さっき説明した『一隻眼』のレベル測定だ。


俺は召喚魔法を使えた。なら、俺のレベルに変化があったかもしれない。クラスレジェンドの測定なら、俺のレベルを正確に見抜けるだろう。もしかしたら、自分じゃ気付かない別の才能みたいなのを見つけてもらえるかもしれない


とにかく、俺は自信が付くきっかけが欲しい。 


そろそろバス停に向かわなきゃいけない時間なので、俺は立ち上がってリュウを見下ろす。


「じゃ、俺、出掛けるからさ」


「……うん」


「イサメ達によろしくね」


「……ん、分かった」


屋敷に今いるのは俺とリュウとルシファー、あとシロの召喚した霧のメイド達。


イサメもナイトもこの時間は買い出しで、コロネも気まぐれで2人に付いていっているので屋敷にはいない。シロは屋敷の周囲の結界を確認しに出ている。


ルシファーに声を掛けて行こうかと思ったが、今は図書館造りに集中してる筈だから邪魔しゃちゃ悪いし、止めておこう。


「じゃ、行ってくる」


「……行ってらっしゃい」



 ☆



目的地に到着した俺は、とりあえずレベル測定の会場に足を踏み入れた。中は突き抜けるように広い待ち合い室になっていて、結構な数の背もたれの無いソファーが置かれている。300人は座れそうだ。


王国全土から集まった鳴滝ポルポの10000人に比べればちっぽけだけど。まあレベル測定に興味ある人なんてあまりいないだろうな。危険地帯に行く職種の人ぐらいだろう。あと俺みたいな奴。


辺りにはスタッフと思われる黄色いシャツを着た人や、看護師らしき白服の人、それと一般の来場者で入り乱れていて、結構賑わっている。


王都はこの国の首都だけあって王国の中でも1位2位をあらそうほど広く十数の区画に別れている。この会場は区画ごとに設けられた公民館で、今日の為に貸し切ってある。


しかし便利な世の中になった。交通機関が発達してなければここまで40分じゃ着かなかったからな。バスってスゲー。


俺が王都に越してくる時は、馬車使って陸路で2日は掛かったよ。俺の地元から王都までじゃ、馬車じゃないと通れない悪路が多いし、なんせ田舎だからな。


機械技術がまだまだで魔導四輪車があまり普及していない。だから街と街を往き来するのは馬車が普通だけど、そのうち道も整備されて魔導四輪車の時代になるんだろうな。


あと、来年辺りに鉄道が開通されて、列車と呼ばれる物凄く速い乗り物が王国全土を走り出す見通しだそうだ。これにより陸路の移動時間がかなり短縮される。と言っても、停車駅が設けられるのは王国全土で3箇所だそうだが。



とまあ雑談はさて置き、レッツレベル測定だ。


どうすんだろ? 受付とかあんのかな? てか、こういう場所に来ると学校の連中に出会しそうで恐いな。


学校の連中に注意しながら身を小さくしながら周囲に目を配っていると、『受付』と掛かれたプレートを発見した。


「……あの、すみません」


受付の人を尋ねると、にこやかに返してくれた。


「あ、はい! レベル測定の参加者ですね? 宜しければ献血の方もお願いします。その際は今現在の体調をこちらの用紙にご記入下さい」


「あ、はい」


別に献血をしに来た訳ではなかったのだが、流れで用紙を貰ってしまった。まあ献血したらお菓子貰えるし、受けておこうかな。


「それと、こちらが番号札になります。番号が呼ばれましたらあちらの廊下の奥にある3番のプレートの部屋にお入り下さい」


「あ、はい」


受付の人の説明が終わり、隣りに設置された棚から適当に本を選び取り、空いている後ろの方の席に着く。



───レベル測定の進みは思いの外、速かった。俺が番号札を貰った時に139番の人が呼ばれ、今161番の人が3番の部屋に向かったところだ。大体1分間で2人は捌いている。


因みに俺は169番。


なんかスゲーワクワクしてきた。なんせクラスレジェンドを拝めるんだからな。こんな機会はそうそう無い。欲を言えば『星呼び』に会いたかったけど。


でも『一隻眼』って人は魔物との戦いで片眼を失い、その後魔眼が開眼したって聞く。いいなー羨ましーなー。俺も開眼しないかなー。


贅沢は言わない。どうか神様、睨んだだけでタンスの角に足の小指をぶつけたくらいのダメージを与えられる魔眼をくれ。贅沢言わないから。



「166番でお待ち方、お待たせしました」


妄想に浸っている内に、俺の番が目前まで近付いてきた。


166番で呼ばれた白髪の女性をなんとなく目で追い、廊下の角に消えたのをを確認してから膝の上に開いた雑誌に目を戻そうとした、


そんな矢先、


「さてさて皆さん! ただ座ってるだけじゃあ暇なんじゃあないですかぁ!?」


前の席の方で、先ほどの女性に似た白髪を持つ男性がおもむろに立ち上がった。歳は20台半ばくらいか。


「暇でしょう!? 暇ですよね!? 分かるよ! だって俺も暇だから!」


白髪の男性は大手を広げて感情を表現する。


「だから、これからスッゴい爆笑ネタをぶちまけたいと思いまっす!」


と荒ぶる白髪の男性に対し、周囲はそれを呆れたように眺めている。頭の可笑しい奴が出てきたよ、と。


「爆笑ネタ、気になる? 気になっちゃうよねー? よーぅし分かった!」


白髪の男性はそこで言葉を切り、少し息を吸って間を取る。


その瞬間、なぜか空気が急に重くなったような気がした。


……いや。重くなった気がしたのではなく、間違いなく重い。冷たい重圧が全身にのし掛かる。


なんだコレ……。



「俺の名前は焉藤(えんどう)シュウト」


白髪の男性が発したその一言は……ただの自己紹介の筈なのに……あの笑みを見て、俺は戦慄した。



「吸血鬼やってます」



俺は恐怖に染まった。



「因みにあれね。マルーシ街を半壊させたの俺だから。でね、今からお前ら死ぬからそのつもりで。大丈夫大丈夫! 一瞬だから! 痛いの一瞬だから!」


白髪の男性からの唐突な死の宣告。


この男に恐怖は覚えたのは事実だが、そんな話を信じるほど俺は馬鹿じゃない。そもそも本当に吸血鬼か? 実物を見た事ないから判断出来ない。


一応吸血鬼の特徴として、白髪に加えて真っ白な肌と赤い眼ってのは聞いた事がある。


自分の持つ情報と前でケラケラと笑う白髪の男性を比べてみるが……まあ一致しているな。一致してるけど、献血したから体調が優れないのかもしれない。


そう楽観的な方向に頭を切り替えると、黄色いシャツのスタッフが自称吸血鬼の肩を叩いた。


「困るよ君。静かにしてくれないと。座っててくれないかな?」


「たははー! こいつは参った。まさか信じてない? よし分かった。どうせこの会場にいる奴らは見せしめで皆殺しにするし、お前からにしてやるよ」


「だから困るって。そういう物騒な発言は控えてくれないかな?」


スタッフは頭を抱えながら自称吸血鬼に座るよう促すと、



「てか、人間ごときが俺に触んなよ」



自称吸血鬼の腕がムチのようにしなり、スタッフの頭が弾け飛んだ。


頭を失った胴体は重力に身を任せて糸が切れた人形のように倒れ、生々しい音を響かせる。



それはあまりにも突然で、理解が出来なくて、頭が真っ白になって……え、なんだこれ? この前ライブで事件が起きたばっかりなんだよ?


……なんだこれ?

……死んだ?

……今、死んだんだよな?


「き、きゃあああああああああああああ!!」

「お、おい! 頭が! 今頭が!」

「やべーって! 逃げよう!」

「吸血鬼だ! 吸血鬼が出たぞ!」


会場は一瞬で混乱に陥った。スタッフ、看護師、参加者、皆が皆蜘蛛の子を散らすように吸血鬼から逃げる。出口に向かって。


ヤバい……足が震えて動かない。嘘だろ……。なんでだよ。なんで動かないだよ。



「おーおー逃げろ逃げろ。無様に逃げる姿はお似合いだぜ。まあ逃がさないけどな。───≪デッドエンド≫」


吸血鬼が魔法を唱えた。行く手を遮る魔法だ。


これが意味するのは───


「な、何よこの透明な壁は!?」

「出れないじゃないか!」

「どういう事だよ!」



この会場からは逃げられないという事だ。


魔法を解くには、吸血鬼を倒すか、張られた透明な壁をぶっ壊すしかない。


「どういう事だよ、だって? おいおい、当たり前の事聞くなよ……」


吸血鬼は邪悪に満ちた声で言い、人溜まりになっている出口へと足を進める。


そして手に浴びた血肉をゆっくりと舐め、口角を吊り上げた。



「つまりお前らは死ぬって事だよ」



 ☆



「───失礼しまーす!」


166番で呼ばれ女性は間延びした声と一緒に白い手でノックをし、部屋に入る。部屋の中には看護師が2人と、黒い軍服で腰に剣を垂らした髭面の男性がいた。


「おっ、あんたが『一隻眼』さんで?」


こちらを品定めするように見据える威圧的な男性と目が合い、女性は尋ねた。


「ああ。俺が『一隻眼』で間違いないよ。では早速始めよう」


単調な声で話を進める『一隻眼』こと最上ヤスユキ。


彼にとっては幾度も行ってきたレベル測定は、もはや退屈な作業でしかない。


今日は恐らく1000に近い人数は測定するだろうから、受検者との会話も適当な相槌だけで行い流れるように作業をし、早く次の受検者を呼ばなければならない。


「その水晶に手をかざして少し魔力を込めるだけでいい」


「あ、待ってくんない? あたしにも自己紹介させてよ。クラスレジェンドになんか滅多に会えるもんじゃないしさ」


ただの会話だからと思い、最上ヤスユキは「はいどうぞ」と素直に頷いて話が流れるのを待つ。


「えーっと……コホンっ。あたしの名前は焉藤シュウカ」


焉藤シュウカと名乗った女性は、言われた通りにテーブルに置かれた水晶に手をかざし、魔力を込める。すると、水晶が怪しく光だした。


看護師2人はその水晶の反応の異質さを見抜き、慌ただし見せ始める。


透明だった水晶はやがてドス黒い色へと変色し、風船が膨らむような膨張を見せ、爆発した。水晶の破片が辺りに飛び散り、看護師2人が悲鳴を上げて身を屈める。


「へへっ……」


焉藤シュウカは看護師2人をあざけ笑うように見下してから、全くの平静を保つ最上ヤスユキに狂気に満ちた瞳を向け、言った。


「あたし、あんたの命を貰いにきたんだよね」


「へーそうか」


殺気を当てられていると言うのに、最上ヤスユキの表現に変化は無い。それどころか、看護師2人に裏に逃げるよう指示する余裕っぷりを見せた。


「随分とまあ、冷静なのね」


言いながら、焉藤シュウカはこちらに背中を向ける最上ヤスユキに近付く。


「一応戦場は潜ってきているからな。吸血鬼が出たくらいで驚いてたら生き延びれんよ───っ!」


振り返る最上ヤスユキの腰から、一筋の光が放たれた。


それは刀身から溢れた光。最上ヤスユキは隙を付いて首を狙った一撃だったが、


「……あら、気付いてたのね」


さも当たり前のように止められた。こちらを馬鹿にするかのようにスレスレの所で止めている。しかも右手の爪で。


「いつから気付いてたの?」


「お前が部屋に入った時からだ。明らかに雰囲気が人間のそれではなかったぞ?」


「流石はクラスレジェンド、と言ったところかしら? まあいいわ」


そう言って、焉藤シュウカは右手に力を入れて刀身を押し返し、相手との距離を取る。


「死ぬ準備は出来てるかしら?」


「お前こそ身辺整理は平気か? こんな場所に姿を見せてただで帰れるとは思わないよな?」


「これはご丁寧にどうも。でも逃げなくていいの? まだ生きる伝説の称号貰ったばかりなんでしょ?」


「まさか吸血鬼に心配されるとは思わなかったぞ。安心しろ。俺の眼は相手の力量を測れるだけじゃない」


「あらまぁ。それは気を付けないとね」



 ☆



俺の視界は、黒で埋め尽くされていた。


何が起きているのか全く分からない。……いや、理解したくない。この現状から逃げたい。夢だと思いたい。


認めたくない。



人が


死んでいる


今もなお


沢山の


簡単に


呆気なく


小虫のように


殺されている


たった1人の吸血鬼に



吸血鬼は逃げ惑う人達に狙いをつけ、生を奪うのを楽しむかのような奇声を上げていた。


「ははははははーーーっ! 逃げろ逃げろ! もっと悲鳴を上げて俺を楽しませろ!!」


聞こえて来るのは、肉が裂き骨が絶たれる残酷な音と耳を塞ぎなくなる無情な断末魔。


そして、儚く散る命の灯火。


光が消える瞬間。



「おぅっ……」


俺は床に座り込み、恐怖に怯えて口を抑えていた。気分が悪い。内臓が出てきそうだ。


いったいどれだけの人が死んだ? 吸血鬼にどれだけの人が殺された? 俺も殺されるのか?


こんな目に合うためにここに来たんじゃないのに……俺はただ、自分を変えるきっかけを探しに来ただけなのに……あんまりだろ……。


俺は自分の震える肩を抱き、床に頭を擦り付ける。


なんでこんなに理不尽なんだよ。俺がそんなに悪い事したのかよ。


可笑しいよ絶対……。



「やあこんにちは。隠れんぼは終わりだぜ?」


不意に聞こえてきた、聞きたくなかった声が、俺の脳に大震を与えた。


凍り付いた背筋を少しずつ伸ばして顔を上げると、俺の何度も擦って赤くなった眼が、吸血鬼の殺意に満ちた血の瞳を映した。


映してしまった。


「あ……ああ……」


恐怖が、目の前にいる。吸血鬼の白い手が俺の喉元に伸びてくる。



……そうか。やっと分かったよ。俺はこれから……



「早速だけど、死ね」



死ぬんだ。



俺は自ら視界を閉ざし、死を受け入れた。





「───ぐおっ!?」


その瞬間、何が割れた音がした。ガラスが割れたような音。


急いで目を開くと───今まさに、吸血鬼が俺と反発するように吹き飛んで行ったところだった。


そのまま床を転がりながら向こうの壁に激突。だが吸血鬼は蚊に刺されたぐらいの様子で立ち上がり、軽く首を回して顔を歪める。


「……何しやがった?」


そんなの、俺が知る訳ない。寧ろ俺が聞きたい。



……ふと、腰辺りに違和感を感じた。腰辺りというか、ポケットの中から。


何かが頭を過ったのはその時だ。


『───万が一の事もありますので、護身用にお持ち下さい』


藁にもすがる思いで小さなポケットをまさぐって違和感の正体を探る。


『───私共の魔法から凡庸性の高いものを30種程を封じ込めてあります』


ポケットの中をひっくり返して財布を取り出す。


『───魔法名を唱えれば詠唱無しで即座に行使できます』


財布を開くと、ルシファーに貰ったお守りが淡く輝いていた。


絶対使う機会無いだろ、と思って記憶の片隅に置いておいたから忘れていた。このお守りがあれば、吸血鬼に抗えるんじゃないのか?


その輝きは、絶望の淵にいた俺に一筋の光を照らしてくれた。


俺はお守りを強く握り締め、顔に緊張を走らせて眼前の標的を睨む。


今思い出したが、このお守りに込められた魔法の1つに自動で発動する防御魔法があったな。ガラスが割れたような音がしたのはその為だろう。


まあ防御魔法だから吸血鬼にダメージを負わせる事は出来なかったが、吸血鬼をあれだけ吹き飛ばせるのだから、攻撃用の魔法なら致命傷を与えられるだろう。



お守りに入った魔法の説明が書かれた一覧表に目を通す。速読だ。



……そうだよ。このお守りがあれば抵抗出来る筈だ。


このお守りの中にはLv.35を超えた超人達にのみ扱える“天域魔法”が封じられている。それも30種全て。


相手が伝説級の化け物だろうが、無事で済む筈がない。



一覧表から目を離して再び吸血鬼を睨む。見たところ動きは無い。今のを警戒したか?



「……なあ、待ってんだけど?」


あっけらかんと、欠伸をかかれた。


「なんかしてくんのかと思って少し待ったんだけどさぁ、何もして来ないならもういいよな?」


非常につまらなそうな表情で背伸びをする吸血鬼を見て、俺の頭は真っ白になった。


冷めきった重圧が全身に襲い掛かってくる。俺の息は途端に荒くなり、視界が揺れて焦点が合わなくなってきた。



……何が希望だ。


俺は必死なのに、奴は俺を眼中にすら入れていないじゃないか。


奴はただ血色の眼で死体が広がる景色を眺めているだけで、そこに俺が映ってるだけに過ぎない。


奴は……俺を死人と同列視している。虫とすら認識していない。


なんの興味も、関心も、感情も持ち合わせていない。俺への認識はその程度なのだ。



……無理だろ。


俺は吸血鬼との絶望的な格差に気付いた。お守りを握っていた手が……緩んだ。


俺は何を血迷った事を考えていたんだ……? 


吸血鬼に抵抗するなんて、無謀にも程がある……。


てか『一隻眼』はどうしたんだよ。この会場にいる筈だろ? 何してんだよ……。



開ききったままで乾いてしまった目が、無意識にまばたきをする。


ただ意味もなく何度もまばたきを繰り返し、繰り返し、繰り返して、



「……じゃあ死ね」



突然、吸血鬼が消えた。



吸血鬼がどこに消えたのかを確認する間もなく、俺はある異変に気付いた。不自然に左肩が軽くなったのだ。


なんだ……? 


軽くなった。左肩が軽くなった。あと左手が急に動かなくなった。痺れるとかそういうレベルじゃない。


汗ばんで震えた右手をぎこちなく動かして左肩を触る。と、気持ち悪い触感が返ってきた。……肉を触るような触感だ、これは。


……いや、待て。普通ならそこにある筈のものがない。左肩にある筈のものが……ない。


認めたくない。認められるか。


俺の左肩が切り落とされているなんて、そんな馬鹿げた話がある筈がない。


これは何かの間違いだ。間違いなんだ。


だが俺が現実逃避に溺れる時間も、吸血鬼は与えてくれないらしい。


……だってほら、見ろよ。俺の腹から手が生えてきてるぜ……? 笑っちゃうよこんなの。どうなってんだよ。夢じゃないとこんなのありえないだろ……。


俺の背後にいる吸血鬼は、俺の腹に手を突き刺したまま俺の身体を簡単に持ち上げる。


「お前少しだけ、ほんの少しだけ俺の事楽しませてくれたから、ちょっとだけ生かしといてやるよ」


吸血鬼は笑い、勢い良く腹から手を抜いた。今まで感じた事の無い激痛が全身に走り、熱い何かが喉から込み上げてくる。


口から血が漏れるも俺はそれを拭う事は出来ず、そのまま吸血鬼は俺が宙に浮いている間に脇腹に蹴りが入れた。


叫ぼうとしたが声は出ず、代わりに血を口から溢した。そのまま向こうの壁に叩き付けられ、重力に従って頭から地面に落ちる。


そうして床に倒れ込んだ俺の身体は、全く動かなくなった。頭の天辺から足の指先まで微動だにしない。自分のものとは思えないくらいに反応しない。


身体の感覚が掠れていく。


無くなった左肩と貫通した腹部はさっきまで熱湯を浴びたように熱くて叫びにならない激しい痛みだったのだが、今は不思議なくらいになんの感覚もない。


そして俺は、熱を帯びていた俺の身体が、少しずつ冷えていくのを感じた。


つま先、指先、足、腕、腹、胸、首……。


真夏だというのに、身体が熱を失っていく。凍えるように身体が冷える。意識が遠くなっていく。



そうか……これが、死ぬって事か……。



なんて、寒い……んだ……。



……里帰り、しときゃ良かったな……。



………。



……ああ……なんか……眠いな……。



薄れていく俺の瞳が最後に映したのは、


不気味に笑う吸血鬼の姿だった。

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