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最弱の代行者  作者: ひとみ
12/24

初めてのライブ 後編

「いや、まだしてない。俺も正直召喚が成功するなんて思わなくてビックリしちゃってさ、忘れてたんだよね。あとでするよ」


「じゃあ今日はパーティーだな!」


「え、でもユギサちゃんとデートするんだろ?」


「ダリアも来いよ。ユギサも久し振りに会いたいっても言ってたしな」


「いやでも、予定組んであるんじゃないの? 悪いって。それに半年で卒業なんだから、その時でいい十分だよ」


ユギサちゃんとは付き合いが長いから別に気まずいなんて事は無い。正直付いて行きたい。けど、デート邪魔してるようで気が引ける。


「……まあ、そうだな。よし、分かった。卒業祝いの時に盛大に祝ってやるよ」


歯切れが悪いが、兄ちゃんは俺の気持ちを汲んでくれた。



 ☆



そうこうしている内にバスは会場に到着。人がごった返していて酔いそうだ。


取り合えずまあ、いい時間なので空いてそうな店で昼食を取り、露店やらミニイベントやらがそこかしこで開かれているので開場時間まで会場を彷徨く事にした。


てかあっつ。人多っ。歩きにくっ。



「───あ、おい、見ろよダリア」


何か面白いのでも見付けたのか、兄ちゃんが急に足を止めた。


「なんだよ兄ちゃん」


「ポルポちゃんとの握手会のチケットがあるぜ」


そう言われたので兄ちゃんと同じ方向を見てみると、確かに握手会のチケットがあった。


どうやらこの場所で行われているゲームイベントの景品みたいだ。1等がライブの最高ランクのS席の二枚組で、次が鳴滝ポルポの握手会のチケットだ。


因みに、兄ちゃんが貰ってきたのはチケットがS席だ。バスでこれ見よがしに見せてきて軽くビビった。


「兄ちゃん握手会のチケット欲しいの?」


「いや別に。500円で参加できるみたいだな。暇だし参加しないか?」


「いいよ」


俺の了承を掻き消すように、突然辺りから空まで響くほどの歓声が上がった。


『おーっとこれはまさか! まさかのまさかだ!』


前の方でこのゲームイベントの司会と思われるスーツ姿の男性が驚嘆の声を放つ。どうやら既にゲームに挑戦している人がいるみたいだ。


垂れ幕の様に下げられた看板には“一人神経衰弱”と書いてある。多分ここで行われているゲーム内容だろう。


神経衰弱とは、ジョーカーを抜いた52枚のトランプの中からペアを見付けていく定番のゲームである。


『挑戦者にはトランプが透けて見えているのだろうか!! 残り8枚となってしまった!! ここまでノーミス!! とんでもないぞぉ!!』


司会者のテンションがやけに高い。盛り上げるために頑張っているのだろうが、度が過ぎてる気がするな。


「おいダリア、お前って暗記得意だよな?」


「うん、まあ」


「3秒でどんくらい行ける?」


「えっ?」


「3秒の間にカードの位置を暗記して、何回間違えたかで貰える賞品が変わるらしいぜ」


「ほれ」と兄ちゃんがライブのパンフレットを見せてきた。その中にはゲームイベントの神経衰弱の項目があり、兄ちゃんの言った事が書かれていた。


パンフレット読んで分かったけど、この辺り一帯で行われているイベントとか露店やらとかを含めて“ライブ”なんだな。初めて知ったよ。ライブなんて歌を聞くだけかと思ってたわ。


てか待て、トランプ二組って書いてあるぞ? え? ……いや、えっ? 3秒で104枚を暗記しろって事?



俺はパンフレットを兄ちゃんに返し、顔を上げる。


神経衰弱の定員数は20名。20台のテーブルにはそれぞれに104枚のトランプが無造作に配置されている。あとゲームを進行する司会者1人。


規定の回数お手付きするとゲームオーバーになり、参加賞だけを貰い終了となる。


つまり今挑戦している人は、3秒で暗記して48回連続で当てていると言うことになる。確かにとんでもないな。



『終わったぁぁぁぁ!! 挑戦者、ノーミスでフルオープンだぁぁぁ!! とんでもないぞぉ!! そして1等賞品ががアナタの物となるぅぅ!!』


マジでノーミスかよ。マジでとんでもないな。いやマジで。


「ダリア、良く見えないから前に行こうぜ」


「あ、うん」


兄ちゃんが人の隙間を縫うように進んで行き、俺もそれに頑張って続いて前列に出る。


いったいどんな頭のイカれた奴なのか、少し拝んでやろう。


『最後に感想をどうぞぉ!』


司会者にマイクを手渡され、挑戦者が立ち上がる。


赤いツインテールにスラッと伸びた長身。ただでさい暑いのに更にそれを上乗せしそうな暖色系の薄着。それにあの巨乳は……



『はい! 嬉しくてもう、言葉が出ません!』



ナイトだった。



「ごぶふぁっ……!」


で、俺は盛大にむせた。



 ☆



離れた場所でダリア様の咳が聞こえて反射的に身体が動きそうになったがなんとか自重し、ライブチケットを手に入れたナイト殿に賞賛の拍手を送る事に集中した。


大義でございますナイト殿。


我々はバスを降りたあと、チケットを購入出来ないかと思いスタッフを尋ねた。勿論ライブの為ではなくダリアの為だ。ライブなどに毛ほどの興味もない。


チケットがなければ中に入れず、外で待機していなければならない。それはなんとしても避けたい。


スタッフの話によると、この鳴滝ポルポという方のチケットは予約でしか入手できないという事が分かった。


それも予約者がかなり多く、抽選で選出されるために手に入れるのは困難を極めるとの事。


とどのつまり、チケットの入手は不可能だと言う事だ。


それならば仕方ない、と現状を素直に受け止めてコロネ殿にダリア様を任せようとしていたところ、スタッフにライブのパンフレットを渡された。


スタッフに更に説明され、彼女のライブは少し変わった趣向を凝らしている事が分かった。それがこの、ナイト殿が参加していたゲームイベントである。


恐らく当選しなかった方々の為に設けられた救済措置───と言うのは建前で、チケットをチラつかせて人を呼び込むのが運営側の本音だろう。


まあ我々にとっては渡りに船である。


ルールは見て分かる通り、ほぼ完全に運に任せたゲームで、ツキが巡った者に高価な賞品が与えられる仕様になっている。ナイト殿はアッサリ勝ち取ってしまったが。


因みに、わたくしはダリア様を見失う訳にはいかなかったのでゲームに参加していない。


『本当におめでとうございまぁぁす! ライブを是非とも楽しんで来て下さいね! こちらがS席のライブチケットになります!』


「はい、ありがとうございます!」


とナイト殿が司会者からライブチケットを受け取ったその瞬間、


「───ちょっと待てよ!」


1人の中年の男性が荒い口調で乱入してきた。


「おかしいだろ、明らかに! 全カードを連続で正解するなんて、イカサマしか考えられねぇ! このゲームは無効だ!」


あの中年は随分と的外れな事を言っている。イカサマも何も、ナイト殿は104枚の位置を完全に覚えられるのだから当然の事だ。


運などという曖昧なものにナイト殿は頼っていない。


『お、お客様、落ち着いて下さい……』


「分かったぞ! お前らグルだな!? 賞品なんて本当は用意してないんだろ!? スタッフを参加者に紛れ込ませて早めに賞品をかっさらおうとかいう魂胆だろ!?」


中年の額には血管が浮かび上がり、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。


熱狂的なファンの中には刃物を持ち込む輩がいると聞くが、アレもそういう部類だろうか。少なくとも異常なのは間違いない。


しかしなんだろうか? あの男性からは妙な違和感を感じる。


事態収拾の為に舞台袖からスタッフが数名出てきて青年を取り押さえ、司会者が観衆に向き直る。


『お、お騒がせしました。次の参加者はもうしばらくお待ち下さい!』


司会者に手で退場を促され、ナイトがわたくしの所に戻って来る。ガックリと肩を落として。


「お疲れさまです、ナイト殿」


「あ、うん……」


「どうされましたか? 消沈している様ですが」


「だってイカサマって言われたのよ? ダリア様の前だってのに。イカサマなんてしてないのに。頭がプッチンってなって思わずエルボーが唸るとこだったわよ」


「唸らせても宜しかったのではないですか?」


「そんな事したら私までさっきのおっさんと同じ目で見られちゃうじゃない」


「おっさんなどと言う品の無い言葉を使うものではありませんよ?」


とナイト殿に注意しつつ、ダリア様の動向に意識を向けるのも忘れてはいない。


先程、神経衰弱に参加すると言う話がダリア様とお兄様の会話で聞き取れたが、この状況でやる気が削がれたらしくお二人は移動を開始した。


「ほらナイト殿、弁明は後でいくらでも出来るのですから元気を出して下さい。その様な体たらくではわたくしも困ります」


「ちょっ! いたっ! そんな所引っ張らないでよ!」


ナイト殿の嘆声を無視し、ツインテールを鷲掴みにしてダリア様の後を追う。



「───それで先程の男性の事ですが、どう思われますか?」


ダリア様の背中を遠目に見ながらわたくしが気になっていた事をナイト殿に尋ねる。


「イカサマって言ってきたあのおっさん? 可笑しいわね、頭が」


「それは重々承知しておりますが……そうではなく、違和感を感じたのです」


「そうね。まず目が虚ろで焦点が定まってなかった。声も奮えていたし足も小刻みに揺れてたわね。あと、鼓動も一定じゃなくてムラがあったかな?」


頭がプッチンしたにも関わらず良く観察していらっしゃる。やはりナイト殿もあの男性の異様さに気付いていたみたいだ。


「私は精神とか心理とか専門分野じゃないけど、あれは誰かの支配を受けているわね、確実に」


「……やはりそうでございますか」


「うん。なんか糸が垂れてるのが見えたから辿ろうと思ったけど、切られちゃった」


「それは……確実に何者かが介入してるではないですか」


糸───つまり、先程の男性は何者かの手によって何かしらの魔法が掛けられていて、ナイト殿はそれを逆探知してその者を特定しようとしたが勘づかれて失敗した、という事だろう。


常人なら糸なんてモノは見えない。逆探知も高難易度を有する。ナイト殿だからできる荒業だ。


恐らくだが、その者はこのイベント中かライブ中に行動を起こすだろう。……いや、既に男性が被害にあったのだから、これから先に何かしら起きる。


溜め息を1つ吐いて晴天の空を眺め、わたくしは呟く。


「今日は……雨でも降りそうですね」


「ダリア様が帰るまで晴れであってほしいですね」


 ☆



「───おっと。おいダリア、そろそろ開場の時間だ。行こうぜ」


「もうそんな時間? 分かった」


兄ちゃんはパンフレットを開いてライブ会場を確認して進路を取る。


「……にしてもアレだな」


「どうした兄ちゃん?」


「今日の狂人率高くねーか?」


「ライブ初参加の俺としては、これが普通なのかと思ってんだけど」


「ばっかお前、1時間足らずで3人がスタッフに取り押さえてる現場に出会したんだぞ? 普通じゃねーだろ」


兄ちゃんの言う通りナイトに絡んでたおっさんから始まり、凶器を振り回す青年や下着姿でそこらを駆け回る露出狂が後を絶たないでいる。


今日は槍でも降るのだろうか?


「あ"あ"!? おいゴラてめぇ!! こんな虫が入ってるモン食わせといて金取んのか!? そっちが詫び入れんのが筋だろ!!」


そして、4人目の出現である。


発狂しているその男性は焼きそば屋の主人の頭を鷲掴んでテーブルに擦り付けている。


そこに丁度のタイミングでスタッフが駆け付け、男性に袈裟固めを食らわせた。


「あーあ、やだやだ。これポルポちゃんのライブ中に暴れる奴が出てくんじゃね?」


その様子を野次馬に混じりながら眺めていると、兄ちゃんが耳をほじりながら中々洒落にならない事をボヤいた。


「状況が状況だからマジに聞こえるから止めて」


「いやでもよ、この調子だとライブ中にポルポちゃんを襲いそうな奴が出てくんじゃね? あと客全員を人質にしちゃうとか」


それはギャグなのかマジなのか。険しい顔付きで言ってくるもんだから一瞬その判断に迷ったが、耳をほじった指をナチュラルに俺の服で拭いてきたからギャグなんだろう。


仕返しにと俺も鼻ほじって兄ちゃんの天パで拭いといた。


「……ダリアお前……それは無いわ。流石の兄ちゃんもキレちゃうぜ?」


「兄ちゃんからやってきたんじゃん。お互い様って事で水に流してよ」


「やり返すとか子供かお前は! 俺の心境教えてやろうか? クワガタかと思って捕まえた虫がゴキブリだったぐらいに絶望してんぞ?」


「ごめん。その例え良く分かんないわ」


「それにお前、俺はこのパーマに命張ってんだ。鼻糞つけんなんて許せねー。この髪セットすんのにどんだけ寝返りしてっと思ってんだ?」


「いや知らんよ。てかそれ天パじゃん」


俺は自信満々に兄ちゃんの頭を指差す。兄ちゃんが髪をセットするところなんて、生まれてこの方見た事がない。


「よし分かった。じゃあ賭けようぜ」


やべー。兄ちゃんがアホな事言い出したぞ。


「ライブ中にポルポちゃんが変質者に襲われ、尚且ライブ客全員を人質にして身代金を要求する、に俺は賭けるぜ」


「兄ちゃん、もしそれ当たったら占い師に転職した方がいいよ」


「賭けに乗るって事でいいな?」


「うんいいよ。何賭けんの?」


首を傾げながら尋ねると、兄ちゃんは腕を組んで頭をグルリと1つ回しながら答えた。


「常日頃から思ってた事がなんだが、なんかお前って根暗じゃん? 陰気じゃん?」


それ本人に同意を求めんなよ。いや自分でもそう思うけどさ。


「なんでかなー? って思ってたんだが、やっと気付いたわ。お前髪が長いんだよ。前髪が目に刺さってんだよ。あと髪がサラサラしてて羨ましいんだよ。だから短くしろ」


サラサラでは無いと思う。俺の髪もクセあるよ結構。


「なんかやけくそだな。じゃあ兄ちゃんはその天パ矯正で」


「よし乗った!」


兄ちゃんに言われて俺も気付いたが、確かに前髪が鬱陶しい。まあ夏だし切ってもいいかな。


てかこれって賭けになってんのか? まあどうでもいいか。



───ライブ参加者の群衆の流れに従いながら会場に入り、S席を探す。


この会場は約1万は収容でき、他にもプロによる演奏会やミュージカルなどの催しも度々開催されている。


1万人もの人が鳴滝ポルポを見に来ているのだから、彼女の人気は相当なものなのだろう。まあ俺みたいにノリで来た奴もいるが。


「あーっちー。人が密集し過ぎなんだよ。てか冷房効いてんのか?」


席に着いた兄ちゃんがうちわで自分の顔を扇ぎながら愚痴る。


「いや我慢しろよ。ライブ始まったら周りの熱気で余計に暑くなんだからさ」


かき氷を突っつきながらそう返し、なんとなく辺りを見渡す。黒山って言葉はこういう時に使うんだろうな、ってくらいに人が溢れている。


後方3列目くらいにイサメとナイトを発見。目が合うとイサメはお辞儀をし、ナイトは手を振ってきた。


手を振り返すとナイトが子供の様にはしゃぎだした。憧れの人と出会ったかの様な喜び具合だ。そのテンションは鳴滝ポルポの為に取っておけよ。


しかしアレだな。やっぱ男の比率の方が高いな。


「おい見ろよダリア、面白いの入ってんぜ」


と兄ちゃんが入り口の受付でチケットと引き換えで貰った紙袋から蛍光棒を取り出した。


「赤と青、黄色に緑の4色に切り替わんな。曲に合わせて色を変えんだぞ?」


蛍光棒の柄の底に付いたボタンを連続で押してながら自慢げに話す兄ちゃん。


「あ、本当だ。4色もあんのね。……にしても凄いよな。ライブって1時間以上はやるんでしょ? 1時間以上も歌うとか、肺活量どうなってんだよ」


「俺だって1分は息止められるけどな」


「張り合わんでいいよ兄ちゃん」



───そうこうしている内に全ての照明が消え、ステージ上のみがライトアップされた。かと思うと突然ステージ上が爆発し、煙幕が周囲を包み込む。


直ぐに煙は晴れ、さっきまで誰もいなかった筈のステージ上には数人のバックダンサーが背をこちらに向けて立っていた。


だがそこに鳴滝ポルポの姿は無い。


『ーーーーーー』


不意に響く、聞き覚えのある歌声。鳴滝ポルポの声だ。


「あれ、どこだ?」


兄ちゃんがキョロキョロと辺りを探る。


なんとなく後ろの方から声が聞こえる気がするので振り返る。と同時に、ステージ上に向けられていたライトが一気に反転した。


雛壇状になった観客席のずっと後ろの方、出入り口の所に彼女は凛として、それでいて堂々とで立っていた。


その派手な衣装は彼女の存在を際たたせ、桜色と金色が入り交じった長髪をなびかせながら階段を颯爽と駆け下りる。


『─ーーーーーー』


透き通る美声。心に流れる込む歌声。紡がれる歌詞。


沸き上がる雄々しい喝采。怒濤の様な拍手。うなぎ登りのボルテージ。



歌姫こと鳴滝ポルポ、登壇。


「うふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


兄ちゃんうっせ。鼓膜破けんじゃん。


「な・る・た・き!! うふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


兄ちゃんうっせ。


無邪気に蛍光棒をブンブンと振り回す兄ちゃん。そんなに嬉しいか。


いやまあ、俺も確かに感激してる。凄いな、あのなんとも言えないオーラ。


「L・O・V・E・ポ・ル・ポ!!!」


兄ちゃんテンション高い。


「それユギサちゃんに言ってあげなよ」


「ちょ、ダリア、馬鹿野郎。こういうのはノリなんだよ。それにアレじゃん? ユギサとは長い付き合いだし、言いにくいってのがあるじゃん?」


「そうなん?」


「そうなんだよ。ふざけてなら言えるけど、面と向かっては無理だな。ダリアは母ちゃんに言えるか?」


「うん、無理」


「そういう事だ。それに引き換え見てみろ、ポルポちゃんを! この歓声の中なら愛してるって叫んべるんだぜ? まあ言わないけど」


「もうさっきLoveって言っちゃったけどね」


「馬鹿。それはスルーしろ。それにしても可愛いよな、鳴滝ポルポちやん。腰回りとか、太ももとか……グッとくる」


言ってる事は変態染みているが、兄ちゃんの眼差しは尊敬に近い。まだ彼女は二十歳ぐらいだというのに、これだけの鳴滝ポルポという圧倒的な存在感を飛ばしてくるのだから気持ちは分かる。


でもまあ確かに、兄ちゃんの言う通りスタイル良いよな。


「……俺は……うなじ、かな? あの髪を結ってくれれば最高。あのノースリーブから脇が見えれば尚良し。脇は夏限定だからな」


あら。中々にキモい事を語ってしまったぞ。


兄ちゃんに嫌な顔をされるかと思ったが、紳士的な表情で握手を求めてきたので応じといた。


「へへへ」と兄ちゃんが鼻の下を指で擦る。


「流石俺の弟だ。良く分かってらっしゃる。夏限定ってのが心に突き刺さるよな」


「まあでも、やっぱ俺は鎖骨から谷間辺りかな」


「…………」


またも兄ちゃんが無言で握手を求めてきたので、誠意を込めて応じといた。



───さて、ライブとは楽しいものだ。蒸し暑いが。


周りの熱、特に兄ちゃんの熱にやられて俺も叫んでみるが、誰も気にしない。それよりデカい声を放つ兄ちゃんや周りの観客達が打ち消してくる。謎の一体感がある。


蛍光棒を長い時間振り回しているが、明日は筋肉痛になるんだろうな、と普段筋肉を使わない俺の脳が未来予想図を描いている。でも嫌な気はしない。


テレビの中の人だった鳴滝ポルポが、今は目の前にいる。高揚感がもの凄い。


あっという間だ。時間が経つのなんて。


名残惜しいな。終われば兄ちゃんも帰ってしまう。


まあ夏休みの思い出の1ページは作れたな。


そんな事を考えながら過ぎ行く時間を噛み締め、蛍光棒を振りまくり、声を枯らし、そうしてライブの幕は無事に下り……



ませんでした。



事件が発生したのはライブの終盤。俺が待ち望んでいた“夢追いし孤狼”に入る直前だった。


その男はなんの前触れもなく観客席から離れ、通路で踊っているダンサー達を突き飛ばし、鳴滝ポルポが歌う壇上に狂ったように躍り出たのだ。


そしてなんの戸惑いも無く流れるような動きで鳴滝ポルポの鳩尾(みぞおち)を殴り、そのまま彼女の背後に回って首に腕を回して締め上げたのである。


『テメェら静かにしろ!!!』 


男は鳴滝ポルポからマイクを奪い取り怒号する。


それまで騒がしく、それでいて盛り上がっていた観客達は皆一斉に、不気味なくらい一斉に静まり返った。


『はははっ!! 良い眺めだねぇ!! テメェらに宣言するわ! 鳴滝ポルポは俺のモンになるからそのつもりでぇ!!』


と語気を荒らげる男を尻目に、俺の隣の兄ちゃんは呑気に鼻をほじっている。


「なんかの演出か? なんかテンション下がんな」


「いや、演出では無いでしょ……」と返し、壇上の男を見据える。


逆に演出だったら驚くが、これは明らかに違うだろ。観客のざわつきが異常だし、ステージ袖からスタッフが出て来ようとしている。


スタッフを威嚇するように男はマイクを投げ捨て懐から刃物を取り出して彼女の頬に撫でるように添えた。これはもう事件だ。


「下手な真似すっとこの可愛い顔に傷が付くぜ!?」


「ふ、ふざけんな! ポルポさんはお前なんかのものじゃないんだぞ!?」


そう男に反論したのは、前の方で蛍光棒を握り締めている観客の1人だ。


まあこの人数だ。こんな状況でもあの人みたいに抗う人がいても可笑しくはないな。俺は無理だが。


「そうだ! 及びじゃねぇ! 帰れ帰れ!」


「ぶっ飛ばすぞゴラ!」


「その汚ねぇツラをポルポちゃんに近づけんじゃねぇ!!」


「邪魔だ!」


最初の勇気ある観客に続けとばかりに、周りから罵声が飛び交う。



「……マズいな」


男から目を離さずに口に手を当てる兄ちゃん。


「相手の怒りを買うような言葉を浴びせていたら、あの男……」


兄ちゃんはそこで言葉を切った。


その先は言わなくても分かる。このままではあの男は最悪の行動に出てしまうのだろう。鳴滝ポルポに向けらた刃物が、威嚇から凶器に変わる。


だがもうこの暴言の嵐を止める事は難しいだろう。


否、あの男の表情が悪鬼羅刹の様に変わっていても、止まらない。


「まずは服を切り裂いてやるから見てろぉぉ!!!」


鳴滝ポルポが張り倒され、刃物が振り上がっても、止まらない。


「止めろ! ポルポちゃんに何してんだ!」


「ふざけんな! それ以上ポルポちゃんに触れるな!」


ただ観客達は叫ぶだけで、あの男には立ち向かわない。


振り上がったあの腕を、止める者が。



「胸糞わりぃな、くそっ……!」



と、蛍光棒を片手に兄ちゃんが動いた。



「ま、ちょっ、兄ちゃん!?」


俺は慌てて兄ちゃんの腕を掴んで動きを止めた、瞬間、渇いた破裂音が会場に炸裂した。罵声が飛び交う中でもハッキリ聞こえる音だ。


その音を聞いて真っ先に脳裏に浮かび上がったのが、運動会で良く聞く競技開始のピストルの合図音である。


まさか今……銃の発砲音? 嘘だろ。


「なんだ、今の? 銃の音?」


兄ちゃんもその奇妙な音にピクリと反応し、足を止めた。


恐る恐る発砲音が発生したと思われるステージに視線を戻すと、男が胸を抑えてその場に倒れ込んでいた。


血が流れている。男の胸から、血が。


俺の嫌な予想は的中した。男は撃たれたのだ。


ステージ袖にいたスタッフ達の中から、銃を構えて出てくる1人の女性スタッフ。


「……中々、面白い余興でしたよ」


観客達の動揺が収まらない中、その女性スタッフは淡々と床に転がったマイクを拾い上げ、鳴滝ポルポに銃口を向けた。


『客席の皆さん静かにして下さい。今から誰かが言葉を発するごとに鳴滝ポルポを撃ちます』


無表情で一方的に要求を出す女性スタッフ。


なんだあの人は? ここのスタッフ……だよな? でも状況的に悪人以外の何者でもないよな。


『今見せたように銃は本物です。これは演出でも脅しでもありません。皆さんには人質になってもらいます。身代金要求ですね、下手に動かず大人しくお願いしますね』


彼女の言葉に従う者がどれだけいるだろうか。あの男にも食って掛かっているのだから、彼女に反発する人は大勢いるだろう。


「な、何言ってやがる!! やれるもんならやってみろ!」


「そうだ!! 黙っちゃいねーぞ!!」


「引っ込め引っ込め!!」


と再び飛び交い出す怒号の波。いや、波と言うより津波だ。


『………』


女性スタッフは顔色一つ変えず、


『なるほど、一度実演した方がいいみたいですね』


冷めた声で、なんの躊躇いもなく、


鳴滝ポルポの脚を撃ち抜いた。


「ぁぐっ……! ああ……!」


『あらあら可愛そうに。皆さん、分かりましたか? 見ての通り脅しじゃありません』


女性スタッフは脚を抑えて悶える鳴滝ポルポを見下す様に一瞥し、観客席に向き直る。


それに激怒したのか、最前列の観客1人がステージに上がり、怒りを爆発させた。


「テメェ!! ポルポちゃんに何しくれてんだ!!」


『まだ実演が足りませんか? じゃあいっその事、見せしめに1人ぐらい死んでもらいますか』


女性スタッフは一つ溜め息を吐き、間髪入れずに引き金を引いた。


息を吸うように自然に、だ。

まばたきをするように自然に、だ。

蚊を殺すように自然に、だ。


自然な動きで、頭を撃ち抜いた。



「……お、おい。頭撃ったぞ……」


「は、嘘だろ……。撃ったのここのスタッフだよな……」


「どうなってんだよ……」


「し、死んだの……?」


「ちょっ、と。逃げよう……ねえ、ヤバイよ!」


「に、逃げ……逃げ……」



辺りの空気が一変した。


全員分かるのだ。人が死んだ、と。一瞬で。


これは威嚇でも脅しでも恫喝でもなんでもない。死が目前にあるがゆえの恐怖だ。


反抗する気力を失った観客達の一部は我先にと出入り口に向かい、一部は恐怖に怯えその場から動けず、一部は困惑したまま右往左往している。


だが、事態は悪化していた。


『静かにして下さいって言ったでしょ』


女性スタッフが最前列の観客数人に向かって発砲し、更には出入り口を塞ぐようにしてあの女性スタッフの仲間と思われる数名のスタッフが銃を構えて待機してのだ。


『だから人質だって言ったでしょ? 静かにしてて下さいよ、命は惜しいでしょ?』



……なんだ、なんなんだ。一体何が起こってんだよ。


あちこちで色々事件が起きてて頭が整理出来ない。周りが混乱しるから俺も感化されてしまう。……いや、あの女性スタッフが出て来た時からちんぷんかんぷんだ。


「に、兄ちゃん……」


あ、駄目だ。つい兄ちゃんの袖を引っ張ってしまった。情けないな、18才だってのに。


「……ダリア、賭けは俺の勝ちでいいよな」


「………」


良くこの状況でその台詞が言えたな。あんたスゲーよ。


「……兄ちゃん?」


ふと、兄ちゃんの手が小刻みに動いているのに気付いた。


「それ……ケータイ? 兄ちゃん使えたんだな」


「ああ。まあな。結構実用段階に入ってるらしいから、使用者が増えてきるしな」


「誰に連絡してんの?」


「軍だろ。だがまあ、あいつが身代金要求するって言ってんだから、もう軍に連絡は行ってそうだが」


兄ちゃんの口から弱気な発言が溢れた。もしかしたらこの不安気な表情も初めて見たかもしれない。いつもヘラヘラしている兄ちゃんからは想像が出来ない。


状況が状況だから仕方がない。


イサメとコロネとナイトには悪い事したな。せっかく付いて来てくれたのにこんな事に巻き込んでしまった。



───間もなくして会場は静寂に包まれ、ステージ上の女性スタッフの無造作なリロード音のみが会場を支配する。


『物分かりが良くて助かります。今身代金も要求しました。順調に行けば皆さんも無事に帰れるでしょう』


「ふ、ふざけないでよ……!」


誰かが、弱々しい声で叫んだ。


『は……?』


「これは……私のステージなのよ。あんたが立っていい場所じゃない。引っ込んで……!」


鳴滝ポルポだ。震える脚にムチを打ちながら立ち上がり、戦意を秘めた眼光で女性スタッフを睨み付ける。


『ああ……案外元気ね。もう1発いっときますか』


面倒臭そうにガチャリとカードリッジを装填し、再び銃口を鳴滝ポルポに向けた。


『うーん……頭、いっときますか。人質は沢山いるから数人減っても問題ないんですよ』


「ふふ、タダじゃあ死なないわよ……。それに悪運強いんだよね、私」


『じゃあ、試しますか?』


口角を吊り上げながら引き金に指を掛ける。



そして、



『では来世で───……なっ!!?』



女性スタッフの拳銃が爆発した。



そして、沈黙がおちた。何が起こったのかと呆気にとられる会場。だがそれは束の間で、出入り口のスタッフが声を張り上げた。


「おいぃ!! 妙なマネすんなっつったじゃねーか!!」


スタッフが銃を構えながら身近にいた観客を捕まえ、頭に銃口を突き付け───る事は無かった。そのスタッフは糸の切れた人形の様にその場に倒れてしまったのだ。


続け様に他の銃を持ったスタッフ達も同じようにプツリと動きが死に、倒れ込んだ。


なんだ……。マジなんなんだ……。状況が掴めない。


……ん?


誰もが行動するのを戸惑う中、奇妙な動きを持つ影が一つ。……いや、普通に歩いているだけだから奇妙ではないのだが、明らかに1人だけ別の動きをしている。


犯罪スタッフが全員沈黙した今、これは好機とばかりに出入り口に向かって観客達が疾走する中、1人だけステージに向かっている。


その人は観客達が投げ捨てたと思われる蛍光棒を数本小脇に抱え、背筋を伸ばし綺麗な姿勢を保ったまま滑らかな歩きで俺の横を通り過ぎる。


金髪のミディアムカットにメイド服。それにあの凛とした後ろ姿は……



「───さて、あとは貴女だけですね」



イサメだ。



え、何してんのあの人? いや……えっ? 何してんのあの人? 銃を前にしてなんであんなに平然といれんだよ。凄いぞ。


『これは……あんたの仕業ですか?』


「まあ、そうなりますかね」


『舐めたことしてくれたなぁ!!』


女性スタッフは語調を強くし、マイクを放り捨てて懐から拳銃を取り出した。


「まだ持っていたのですか? その様なオモチャを見せられても半笑いしか起きないのですが」


「それは強がり? まさか私に感知されずに魔法を使えるとは思わなかったわよ。でもま、姿を見せたのは早計だったわね」


「そうですか?」


「だってそうでしょう? この距離なら魔法より弾丸が届く方が速いんだから。隠れてれば良かったのに」


「貴女が引き金を引くより先にわたくしの攻撃が届きますよ」


イサメはそうしれっと返し、小脇に抱えていた蛍光棒を右手で握る。


俺が確認できたのはそこまでだ。右手にあった筈の蛍光棒は既にイサメの手中には無く、変わりに何かが破壊される音が聞こえた。


「なっ──!?」


音の方を見てみると、女性スタッフの拳銃が破壊されていた。


それに意識を取られている間にイサメはステージに乗り上げ、目にも止まらぬ速さで女性スタッフの懐に潜り、腹部に膝蹴りを入れた。


泡を吹きながら腹部を抑えて踞る女性スタッフの後頭部に、容赦なく拳骨を落とす。


女性スタッフが気絶した事を確認したイサメは何事も無かったかのように姿勢を正して歩を進め、鳴滝ポルポの前に屈みそのまま治療を始めた。



「……だ、ダリア……何が起きてんだ?」


「え、知らん」


俺も兄ちゃんは状況に付いて行けてない。常に状況が変わり続けていて、何も把握できてない。


「ダリア、取り敢えずやる事は決まってるぞ」


と言って、兄ちゃんが俺の背中を叩いてくる。


「え、何?」


「負傷者の治療だ。それは今やらないといけない。手伝え」


流石兄ちゃんだ。頭の切り替えが早い。


そうだな。現在の状況を把握する事より、確かに人命の方が大事だ。俺治療魔法使えないけど。


銃で撃たれた負傷者は皆最前列の観客達で、撃たれた場所を抑えて踞っている。


最前列まで階段を駆け下りて行くと、俺達と同じ考えをした人がいたらしく他の観客達が負傷者の手当てを行っていた。


「ダリア、入場の時に貰った紙袋ん中にタオル入ってただろ」


「あ、うん。確か入ってたね」


「ちょっと集めて来て」


「了解」


兄ちゃんに指示されてあちこちに投げ捨てられた紙袋からタオルの回収を始める。すると突然、背後から小声で話を掛けられた。


「……ダリア様、申し訳ありません」


後ろを見ると、イサメが俯いて肩を落として立って。うわ、いきなり話掛けて来ないでよ。気配が無さ過ぎて背筋がビクッてなったよ。


「……あ、あれ。鳴滝さんの治療してなかった?」


「応急処置だけですが終わりました。他の方々の治療に入る前に、どうしてもダリア様に謝罪を……」


「え? 謝罪?」


「はい。今回の事件……早期解決を目指しましたが、ダリア様を危険に晒す様な状況にしたのは我々の実力不足にございます……」


「あ、いや、でもさ、危険を省みないで悪人を倒してくれたんだし。……もしかして、出入り口にいたスタッフも君が?」


「それはコロネ殿です」


マジかよ。あれコロネがやったのか。あんな静かに攻撃できるんだな。


「それと……まだ事件が解決した訳ではなく、今ナイト殿が全力で対応している最中でして……」


イサメの声がどんどん小さくなっていく。何をそんなに縮こまるのか不思議でしょうがない。寧ろ誇っていいだろ。


てか“事件が解決してない”ってワードが気になるぞ。その言い方だとまるで、まだ他にも仲間がいる、みたいに聞こえるな。


「そういえばナイトいないな。どうしたの?」


「ナイト殿ですか? ナイト殿なら───」



 ☆



「───そこのあなた、ちょっと良いかな?」


ライブ会場から少し離れた噴水の設けられた場所で、私はベンチに腰掛けた目付きの悪い男性に話を掛けた。


男性は読んでいた雑誌を乱暴に閉じ、睨むように顔上げる。


「……誰だよ、あんた?」


「私? 名乗る程じゃないわよ」


私の返答が気に食わなかったのか、男性は雑誌を叩き付けておもむろに立ち上がり、私の顔を覗き込んできた。


と言っても、今の私はヘルムとマントで全身を覆ったスタイルだから、プライベートが脅かされる心配はない。


しばらく私の顔を覗いていた男性はベンチに座り直し、足を組んで雑誌を開く。


「噂は聞いた事あるぜ。あんた、ヤマタノオロチを討伐した奴だろ? しかもヴィジランテで請ける仕事は全部A級以上なんだってな」


おっと。もしかしたら結構有名人になってるのかしらね? 知名度なんかに興味は無いけど。


「で、俺になんか用かよ?」


「ええ。あなた、今回の事件の主犯でしょ? 大人しく同行してほしいのだけれど、“渡辺カロス”さん」


「……そうかあんたか、俺をコソコソ嗅ぎ回ってた奴は」


殺気を帯びた表情を雑誌の陰から覗かせ、私に敵意を剥き出しにする渡辺カロス。


どうやら私の予想はビンゴしたみたいだ。渡辺カロスの発言がそれを裏付けている。


今日出現した暴徒達は皆、共通して誰かに操られている節があった。……いや、操られていたというより、騒動を起こすぐらいに精神を不安定にされていた。


神経衰弱のゲームで私にケチを付けてきたおっさんに然り、ライブで暴動を起こしたスタッフ然り、全員の精神が削られていたのだ。


で、微量ではあるが暴徒達には魔法の糸が垂れていた。これは魔法の影響下にある事を意味する。


暴徒達を見掛ける度に慎重にその糸を手繰って捜査をすると、今私の目の前にいる渡辺カロスが主犯だという事が分かった。


渡辺カロスの目的がなんなのか分からない為に動向をずっと観察していたが、流石にスタッフ達の暴徒ぶりを目の当たりにして黙っているわけにはいかない。


だから、これ以上被害が拡大する前に渡辺カロスを捕らえに来た次第だ。


渡辺カロスが主犯なのは揺るぎない真実だが、2つだけ疑問が残る。


1つは、渡辺カロスが今1人だという事だ。


私が観察してた時には、渡辺カロスの他に2つの反応が見られた。2つとも渡辺カロスより強い反応だった。これの行方が気になる。


「あなた、仲間がいたんじゃなかった?」


「あ? ここで待機してろって言われたから待ってんだよ」


「ふーん」


ふむ……やはり不自然だ。


こいつらは私の逆探知に気付いてた。つまり私がその内現れる事を視野入れていはずだ。なのに仲間を1人にしておくだろうか? 


まさか、わざと渡辺カロスを1人にして私を誘ったのか? もしくは渡辺カロスを囮にして逃げたとか?


そもそもこいつらの動機はなんだ? 愉快犯ってわけじゃなさそうだけど。聞いてみるかな。


「一つ聞くけど、なんでこんな事件を起こしたの? 目的は?」


「さあね。てか教えるワケねぇだろうが。バカかテメェ」


うん確かに。


動機については自分達で調べるしかないようだ。間接的にではあるがダリア様に危害がいっているから、調べておくに越した事はない。


とにかく、ダリア様に危害が及ぶ大事を起こしたこいつはさっさとぶん殴った方がいい。てかさっさとぶん殴ってライブ会場に戻りたい。


「まあいいわ。取り敢えず大人しく付いて来てくれると助かるんだけど」


私が丁寧に言うと、渡辺カロスはケラケラと笑いながら大手を叩いた。


「ハハハ! 冗談キツいわ~。せっかく務所から出れたってのに大人しくするかよ」


「あら? 私にはヤマタノオロチを討伐した実績があるんだけど、それでも大人しくしてくれない?」


「あ? するワケねぇだろうが。例えあんたがクラスレジェンド並みの実力だろうが、俺はもっと強いんだからよ!」


渡辺カロスが勢い良く立ち上がると、彼の数珠の様な腕輪が妖しく光出した。それを見て、私のもう1つの疑問が解消された。


私の見立てでは渡辺カロスはLv.36。しかしこいつからはそれ以上の反応が見られていた。多分あの数珠が関係している。持ち帰った方が良さそうね。


丁度いい。あの数珠を調べればこいつらの動機も掴めるだろう。


「ああそうだ」と何かを思い出したのか、渡辺カロスが片眉を上げる。


「イクリプスって知ってるか? 俺に手を出したら危ねぇと思うぜ?」


「イクリプス……?」


なんだったか……傭兵の集団だった気がするけど、興味が無さすぎて記憶に無い。


まあ取るに足らない連中だろうが、頭の片隅に置いておこう。


てか、渡辺カロスのにやけ面が気持ち悪いからさっさとぶん殴ろう。さっさと数珠を回収してこいつは軍に突き出そう。


そう結論付け、魔法を紡ぐ。


「《クリアランス=バリアー》」


周りの人に被害が出ないように周囲に障壁を展開。で、


「《クリアランス=ストレージ》」


収納空間から金属バットを取り出す。流石に大戦斧だと軽く振っただけで死んじゃうかもだしね。


「はっ! そんな得物で俺に勝つってか!? 笑わせんなよ!」


なんか渡辺カロスに挑発されたので、思いっきり金属バットで脇腹を殴ってみた。



「がっ───!!?」



呆気なくぶっ飛んだ。



障壁にぶつかり、スーパーボールみたいに私の所に跳ね返って来る。


まだ意識があるので今度は背中目掛けてバットを振り、また跳ね返って来たのでトドメにと頭をぶん殴って地面に叩き付けた。


渡辺カロスはピクリとも動かなくなった。確認の為にバットで頬をグリグリしてもみても反応が無い。威勢は良かったけど直ぐ終わってしまった。



「んーーーっ!! 終わった終わった」


軽く背伸びをし、渡辺カロスから数珠を頂戴して身体を持ち上げて担ぐ。


さて、軍に持ってこう。騒ぎを嗅ぎ付けて近くまで来てるみたいだしね。



 ☆



ファミリーレストラン。その窓際の席で外を眺める一組の男女の姿があった。


一方はボサボサに伸びた紫色の髪と虚ろな目を持つ薄着の女性。

一方はバンダナを目深に被り口角が異常なまでにつり上がった男性。


2人の眺める先には、渡辺カロスを肩に乗せて遠ざかって行く赤装束の姿があった。


「……柩さん柩さん、マズくないすか? あんなのいるなんて予想外だよ」


「確かにヨソウガイでしたねぇ。まさかあの『閃紅』がいたとはオドロきです」


「最近現れたのとんでもない二人組の片割れっすよね。あいつ何者なんすかね?」


「推定Lv.44のヤマタノオロチを討伐。あとA級以上の難件をかなりの数をカイケツしているそうですよ。クラスレジェンドの筆頭候補としてもっぱらのウワサです」


「ほー、そいつはとんでもねぇ」


獄は感心したように言い、ドリンクを飲み干す。


柩と獄、2人には渡辺カロスを助けに動く事は決してなく、心配する素振りも全く見せない。


理由は単純。2人にとって渡辺カロスはただの捨て駒だからだ。


渡辺カロスを本気でイクリプスに勧誘した訳では無い。血が上りやすく口が軽い渡辺カロスは団員になる資格はない。


用が済んだら切り捨てる。

危なくなったら切り捨てる。

囮にする為に切り捨てる。


トカゲが尾を捨てるように。


「柩さん、尋問とかされてイクリプスの名を出されたらどうするんすか?」


「世間じゃイクリプスなんて都市伝説みたいなもんなんですよ? 誰も渡辺クンの世迷い言に耳を貸しませんよ」


「それもそうっしたね」


「……それにしても、まあ複製品とはいえ、あの古代遺産を奪われたのはイタデしたねぇ」


「団長にどやされっかなぁ?」


「大丈夫でしょう、想定内ですので。それに渡辺クンがユウシュウだったから実験結果も良好です。任務は無事にオワリです、パチパチパチ」


柩は無邪気な拍手をし、会計の為にレシートを摘みなんとなく注文欄に目を通した。


「獄クン、相変わらずよく食べますよネ。あーあ、無料だからってタバスコを飲むんじゃありませんよ」


「経費でおねがしゃーす!」


「いやが3つでいやいやいや。自腹ですよ、払ってクダさいよ」


「ちぇ」


「ほら、小石を蹴るマネなんかしないで早くカエりますよ」



会計を済ませてファミレスを出ると、柩は妙な違和感を感じた。


可笑しい。もう奴は、『閃紅』の通り名を持つ赤装束は居なくなっているのに、視界にいない筈なのに、目が合った気がした。


背筋が凍り付いた。


「獄クン……」


「どうしたんすか? そんな顔して」


「『閃紅』が介入してきたら厄介になりますよ」


普段から人を小馬鹿にしたような笑みを絶やさない柩が、今だけは無表情になっていた。


柩───彼女はイクリプスの中でも一線を画す存在。その彼女が笑みを止めた。


獄はこの顔を初めて見たかもしれない。と同時に、事の重大さを理解した。


獄は恐る恐る聞いてみる。


「……団長以上に強いんすか?」


「どうでしょうかねぇ。ワタシじゃあ多分ムリでしょう」


「おーおーそいつぁ恐ろしいや。警戒する奴は『拳帝』と『鋼鉄』だけだと思ってたんすけどねぇ。まだ王都にヤバい奴がいたんすね」


「でもまあ……」


次いで、柩は「ニシシ」と口元に不気味な弧を描く。


「オモシロくなりそうですねぇ」

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