表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

文芸部に強制体験入部した時のはなし

作者: 駒込

 大昔。高校二年生、八月一日。


 忘れもしない。初めて自分が小説を書きあげた日だ。

 こんなにも昔の出来事を、なぜ今も、はっきりと覚えているのか。

 日記に書いていたせいです。


 文芸部が存在していた。

 限界集落ならぬ、限界部活の筆頭。

 昨年まで所属していた十名が一度に卒業し、新入生はゼロ。

 夏休み明け、残り四名で文化祭の部誌を発行せねばならない危機に陥っていた。


 しかし、顧問をのぞいて、部員は誰もその事実を知らなかった。

 なぜならこの文芸部、集合は年に一度。部誌の中でのみ。

 ペンネームオンリー。原稿は顧問に直接提出。文化祭での販売方法は無人野菜販売所。


 誰が書いたのか分からない。

 匿名性の非常に高い、完全なる幽霊部員システムを採用していた。そして、そのシステムは崩壊した。


 夏休みが始まる前の日のことである。

 ある六人の生徒が図書室に集められた。

 誰もが死んだ目で、机の木目を数えていた。


 顧問、渋谷。


 男子バスケ部副キャプテン、新宿。

 女子弓道部キャプテン、池袋。

 生徒会執行部会計監査、品川。 

 風紀委員長、駒込。

 学年総合成績十位、目黒。

 欠席、恵比寿(昨年ディベート大会準優勝者)


 全員「なんでお前らがここにいるんだよ」という心の声がだだ漏れだった。


 図書委員である目黒をのぞき、文学のぶの字もないメンバーである。

 部/委員会/生徒会活動費の配分戦争で相手を蹴落とそうと骨肉の争いを繰り広げた面子が半分以上。


 この中に、去年、創作者デビューを果たした者が四名いるのだ。信じられないのも無理はない。


 そして集まったのは六名(一名欠席)。

 部員より二人、多い。ここ、重要。


「今年はボランティアが二名入って、六人で部誌を作ってもらうことになりました。今まで部誌を作ってくれた五反田くんが卒業してしまったので、これからは皆さんで協力して作ってもらいます。まず八月一日までに、物語、論文、詩、短歌。感想文はだめですよ。その他ならジャンルは何でもいいので十四ページ書いてきてください。なにか質問はありませんか」


 顧問の渋谷がほがらかに告げる。

 だが、みんな知っていた。


 その二名はボランティアではないことを。

 本日、中間テストが全て返却されていたことを。

 そして中間テスト前に英語の渋谷が、すべてのクラスで宣告したとんでもない内容を。


「実は文芸部、部員不足で今年の部誌発行が難しくなっています。なので今回の英語テストで0点取った人には強制的に寄稿してもらいます。本気です」

『英語/得点分布図 0~10点 2名』


 まちがいない。

 その二人は、ここにいる。

  

 馬鹿その一は風紀委員長の駒込(仮名)だ。こいつは確定でいい。

 はったりで頭を良く見せかけているだけの馬鹿だ。わたしだ。


 本物の文芸部も、実は一人確定している。

 女子弓道部の池袋。彼女は友人である。

 戦争と共産主義と古今和歌集に全力をそそいでいる、ごくごくぶっ飛んだ弓道部であるが、昨年文芸部に入部したとの言質はとっている。むしろ昨年の寄稿文「近代歴史に戦列歩兵が及ぼした影響」が彼女以外の筆だったらどうしよう。


 残るは四人だが、見た感じでは分からない。


 目黒は……文芸部(本物)だろう。

 図書委員で頭よくて物静かな黒髪ストレートの女子が文芸部じゃなかったら、他に誰が文芸部になるというのだ。


 彼女の言った「高得点の取りかた? うーん、ちゃんとテストを見直して、間違ったところを修正すれば満点になるよ」は、まったく参考にならない名言として、いまも心に刻まれている。


 品川とは、生徒会関係の話題で数度会った事がある。大人しい色白男子という印象。

 欠席の恵比寿。彼女は虚弱で実家が金持ちという噂。

 問題は新宿だ。ポジティブなバスケットマンなど別次元の生き物過ぎて、事前情報が少ない。

 そうしていると、新宿が動いた。


「原稿はワードで提出すか?」


 ワードって何やねん。原稿用紙以外の何に書くというんだ君は。

 いや……技術の授業でやったな。エクストラ・ワールドみたいなのを。

(正解:エクセル/ワード)


 当時「インターネット」とはアメリカ国防軍のアーパネットが流出したもの、という認識である。

 PCなどという、そんな高級なものを個人宅で所有しているはずがない。


 彼の質問には何か意図があるのか。

 こちとらタイプライター愛用者。現役でカシャカシャ改行チーンと鳴らすジェシカおばさんの申し子。

 インクリボンの交換は得意だが、漢字の変換は授業以外でやったことがない。


 ワードなどという専門用語を使うとは、もしや新宿は本物の文芸部員かもしれない。パワーフォワードだけでなく、ワードも彼の手中にあるとでもいうのか。


 いや、待て。

 去年もワードを使って書いたのなら、すでに書く作業は経験済み。どういう方法なのか理解していないとおかしい。

 ワードすか、などという基本的な質問が出るはずもない。


 去年の文芸誌はテーブルの上に置かれている。

 中身が手書き文字ではなく、機械文字で書かれたことは一目瞭然。そこからワードという発想にいたり、仕掛けてきたのかもしれない。


 ボロを出したな、新宿。

 貴様も私と同じく、創作初心者か!! 共に底辺を競おうではないか、よろしくね!


「そうね。去年と同じようにパソコンが無い人には技術室のパソコンで打ってもらいましょう」


 渋谷が頷き、新宿が見るからにほっとした。


「そうね。去年と同じように」

 

 どういうことだ。

 今の反応はまるで、新宿の心配内容が、パソコンの有無にあるといわんばかりではないか。

 こちとら「何を書けばいいんだ」という不安でいっぱいだというのに、すでに道具の心配をしているとでもいうのか。

 まるでワードで書き慣れたような目をしやがって。新宿、お前は一体何者なんだ。


「……ノンブルはどうするんですか」


 ぼそっとした重たい口調。品川がはじめて口を開いた。

 そうだ。喋ってくれ。喋ってくれねば、私は一体誰をライバル認定すればいいのか、分からない。

 ところでノンブルって何ですか。貴族ノーブルの関係者すか。


「とりあえず、ノンブルはうたなくていいわ。後で集めてふっちゃうから」


 うったり、ふりかけるようなもの。

「ノンブル」という正体不明な謎の言葉は、すんなりと顧問に通じた。

 周りも「おお、それはいい質問だ」みたいな顔をしているので合わせている。

 二人の会話からしてノンブルとは、ワードを使用した際に使う(かも)しれないもの。うつ、ふるもの。文芸誌と何か関わりのあるもの。


 そうか、サインだな!

 ノンブルとはきっと作者名のことだ。


(正解:ノンブル/ページ数のこと)


 ここで謎の文芸用語を使う品川が、一気に文芸部候補トップに踊り出た。

 

  

 男子バスケ部副キャプテン、新宿 △

 女子弓道部キャプテン、池袋 〇

 生徒会執行部会計監査、品川 果てしなく〇に近い△

 風紀委員長、駒込 ●

 学年総合十位、目黒 果てしなく〇

 欠席、恵比寿(昨年ディベート大会準優勝者)未知数


「他に質問はありませんか?」


 数人がちらりと此方を見るが、質問はしない。

 なにも喋らない。それが、今回選択した戦法。

 いかにも「わたし去年やりましたから、質問しなくても知っていますー」という余裕の表情で堂々としていればいい。

 去年、新入生として入った文芸部員たちの面識はない。

 本物の文芸部員、池袋から情報を仕入れ、共同戦線を張っているからこそできる荒業。

 分からないことは、あとで彼女に聞こう。


 品川は私のことを疑わないだろう。

 なぜなら、彼は私が春にオーストラリア研修から戻ったことを知っている。


 新宿は此方を見ず、品川に疑いの目を向けていた。

 目黒は……良い笑顔でこちらを見ている。


「部誌ができるの、楽しみだね!」


 とっさにそうだねと答えたが、目黒の、この反応は何だ?

 何故こちらに話題をふる。

 ただのなれ合いか。それともこちらの反応を引き出そうとしているのか。わざわざ今年の、と言ったことに意味はあるのか!?


「それでは、これ以上質問がないようなので今日は解散します。八月一日の十三時に、また図書室に集合してください」


 こうなってくると、恵比寿と新宿が俄然怪しく思える。


「センセ―、恵比寿さんはどうしますー?」


 池袋が渋谷に聞いた。


「彼女なら流れも分かってるし、大丈夫でしょう。悪いけど池袋さん。時間と場所と締切、彼女に伝えておいてくれる。あ、表紙の件も」


 池袋は全員がはっきり分かる程「ぜったいに嫌だ」という表情を浮かべたまま「はい」と答えた。器用だ。

 私は、なぜか私と同じ、驚いた表情をした品川と目があった。


 流れも分かってるし。ということは、恵比寿はすでに経験者。

 表紙の件。表紙なんてメイン中のメインじゃないか。

 恵比寿は文芸部(本物)、なのか?


 大変失礼な発言になりますが、仲間はやはり新宿か!?


「駒込どん、いっしょに帰ろうぜい」

「おう、池袋どん」


 池袋に肩を叩かれ、戸惑いがちに図書室を出た。


「駒込どん。一つ言っておくぜよ」


 校舎裏、さびれた弓道場の前まできたとき池袋が真剣な表情でこちらを見た。


「今回の英語のテスト、一人目の0点は私だ」


 正確には-28点だ、と池袋が言った。

 衝撃が走った。


「なっ、お前は文芸部じゃないか!?」

「その通り、私は文芸部だ。そしてもう一人の0点は駒込どん、君だ」

「そうだ。私が0点だ。しかし正確に言うなら-3点だ。そうすると、誰なんだ。増えた一人は。新入部員なのか?」


「二年の途中で増えるものか。品川と恵比寿は文芸部だろう。昨年『小説の書き方』を図書室で借りたメンバーは私を含めてこの三人だ。残る一人は分からない。私も今日見るまで詳細は知らなかった」

「そうすると、目黒さんと新宿くん。どちらかが本物の文芸部員……悩むまでもなく目黒さんだ」


 そうであってほしい才女だ、と池袋が言った。


「しかし前々年度と前年度の部誌を比較し、卒業された先輩の文体と癖を解析し除去した結果、今年残ったメンバーがこれだ」


【ジャンル、恋愛詩】水城湖

【ジャンル、恋愛】相川みりん

【ジャンル、バトル】 轟球


「これは?」

「それと思わしきペンネームだ。最後のはゴータマと読む。どれも、目黒さんのイメージではない」


 なんだその解析は、とは言わなかった。池袋の観察はよく当たる。




 全ての謎が解けたのは八月一日の事であった。


「ノドひろくとって」

「まちが」

 

 不思議な会話が飛び交うなか、唯一分かる「ホッチキス」という単語に私はしがみついていた。

 隣には目黒がいた。

 ギロチンのような恐ろしい裁断機で画用紙の端をがっちゃんがっちゃんと切り落としていた。

 

「私、こういう作業するの初めてだけど楽しいなー」


 夏休み前に見せた笑顔と同じ、輝く笑顔で彼女は言った。

 

「去年はやらなかったの?」


 極めて明るくさらりとたずねた。


「うん、だって去年はいなかったもん」


 去年は、いなかったもん。


「図書委員で貸出作業してたら、渋谷先生が書いてみない? って誘ってくれたんだ。面白そうだから参加したの」


 何という事だ。

 本当に、彼女はボランティアとしてここに来ていたのだ。

 わたしが空を眺めて現実逃避している間に「創作に挑戦してみよう」なる肯定的な感情で自発的に動いたのだ。


「凄いねぇ。いろいろ挑戦して偉いなぁ」

「うん? 駒込さんも今年からだよね。一緒にがんばろう!」



 その爆弾発言に、遠くにいた池袋も固まった。

 彼女は私が部誌初参加であると見抜いたからこそ、積極的に声をかけていたのか?

 だが、どうしてバレた。下手な手は打たなかったはずだ。


 品川は渋谷に呼ばれ、原稿の添削をしている。

 新宿は……どこ行った。トイレだ。良かった、二人とも今の発言は聞いていなかった。


「渋谷先生が、駒込さんも部員じゃないけど寄稿するって言うから、なら私も一緒にって思ったの。0点の人は先生の冗談よね。だって英語くらいで0点取るような人が、まともな日本語書けるとは思えないもん。そうだ、駒込さん、日報がおもしろいって言われてたよ。どんなの書くの? おもしろいの?」


 背後の、しむらうしろーな池袋の視線がすごく怖かったことは、よく覚えている。


「どうかなあ。わたしは目黒さんの小説を読むのが楽しみかなあ。そうだ。オススメの小説とかアッタラ紹介シテホシイナ」


 渋谷ァー!

 目黒に声かけた時点で添削終了してただろうー!!

 だがナイスフォローとは言わないぜティーチャー。


 目黒は悪気なく喧嘩をふっかけるタイプという、知りたくなかった情報を胸に、心の中で滝のような汗を流していた。


「駒込さん、ちょっと」


 ちょうど渋谷に呼ばれ、私は席を外した。


「この話、おもしろいんだけどねー。協賛募って印刷するわけだから、証拠と死因をカニバリズムで消しちゃう部分はぜんぶ訂正してもらえないかしら。あと、こういうことを簡単にできるって方法も書いたら真似しちゃう人がいるでしょう。ここも困るから消してね」

「つまり全没ッスね」


 八月一日。

 はじめて書きあげた小説が背骨から折られ、二度と書くかと叫んだ日である。

 ちなみに、新宿はトイレに行ったまま逃走し、軽音部にいるところを発見した。


【結果発表】

 結局20ページもってきた、新宿 文芸部(能力バトル)

 なろうのどこかにいるかも、池袋 文芸部(小論文/戦記)

 部長として連絡網考えてた、品川 文芸部(スポーツ恋愛)

 誰かファニュ翻訳頼む、駒込 ボランティア(推理)

 天然のナイフが鋭い、目黒 ボランティア(青春恋愛)

 完全に来る気なし、恵比寿 文芸部(詩)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] テストで0点って、むしろどうすればとれるんだと、そこから突っ込んでしまったお話でした。 キャラのお名前が山手線の駅名だったので、なんとなく、ロマサガ2っていう古いゲームを思い出しました。 …
[良い点] 面白かったです! 全没……お疲れ様でした。うん、でも、高校の部誌でそのトリックはさすがに「やべぇな」って思いましたwww むしろ英語0点が気になりすぎるんですけれども! 純真な目黒ちゃ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ