むつける
最近、ノマが男子の面々から「とーさん」と呼ばれている。
落ち着いていて年寄り臭いから、みんなの「お父さん」って意味…らしい。
最初は男子が呼び始めて、そのうち女子にまで広まってきたのだ。
そんなある日の昼休み。教室にいたら
「とーさん、むつけんなー」
という声が聞こえた。
どうやら男子たちが食堂から戻ってきたところらしい。
ノマは大きくて落ち着いているので、小柄な男子たちに懐かれているというか、集られていることが多いというか。きっと安心感があるのだろう。
私は朝食のときに、残ったご飯をもらっておにぎりにして教室に持ち込んで食べたので、昼食時には食堂には行かなかった。読みたい本があったから時間節約のために移動したくなかったし、今日の昼の厨房手伝いの当番は2年生だったし。
どうも食堂で何かあったらしい。
「お前らのせいだべー」
ノマの拗ねた声が聞こえた。
先ほどの『むつけんなー』というのは『拗ねるなー』とか『いじけるなー』という意味の方言である。
つまりノマは今『むつけている』のだ。
「だってよー、とーさんが毛深いのはホントだべ?」
「背中につむじあるし」
「胸毛も立派だもんな」
寮の風呂で男子たちにはお馴染みの話なのだろう。
「だからって女子が
『とーさんって胸毛どこまで生えてるの?』
なんて話に混ざると思わねぇべ」
「とーさんだって
『胸に生えてるから胸毛で、腹に生えてたら腹毛だ』
って普通に答えてたっけよ」
あぁ、あれか。それはつまり全面的に毛が生えてるから、胸毛がどこかで途切れてるとかそういうレベルじゃないんだね…。
「違うっ!オラは『とーさん』って女子にまで言われてショックだったんだっ」
いつだったか山の神様の郷で見せてもらった図鑑、それに載ってたキリンだかラクダだかのような大きな目でノマが訴える。
ノマって本当に草食動物みたいだと思う。
大きな目が羨ましいような…、いや、そんなことないやいっ。
この目の色が目立たないように、大きな目ではダメなんだー!と自分に言い聞かせる。
「いやいや、教室で他の女子から『とーさん』って呼ばれても平気だったっけっちゃ」
「んだ。なんで今さらなのよ?」
「知らねー…」
「んだから、むつけんなって!」
「……」
とうとうノマは黙りこんだ。
本格的に『むつけ』ちゃったようだ。
ふてくされた様子で、ノマが自分の席に座る。
あー、隣の席でそんな負のオーラを出さないでもらえるだろうか…。
たぶん、アレだな。
アミあたりが『とーさん』って言っちゃったんだな、きっと。
ノマがそっとアミを見てることが多い気がするし。
淡い恋心を抱いてるコから「お父さん」とか言われたくないわな。
ちなみに私は人の目線が気になるので、ついつい他人の視線の先を確認してしまうクセがついたから気がついたわけだが。
特に一緒にいることが多い屋根裏組には、余計に注意深くなってしまうし。
カイがノマに近寄ろうとしてノマの負のオーラに気づいてたじろぎ、私の方に恐る恐る近づいてきた。
「…『むつける』って何?」
私は吹き出すのをこらえるのが大変だった。
中学生の頃、男子が楽しそうに近藤くん(仮)に「むつけんなー」と意味もなく連発していたのを思い出します。
その意味を理解するのに、数日かかりました(汗)