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山道

「あ、カモシカ……」


 山の中をナツキと歩いていたら、カモシカと目があった。

 いや、目の端に見えた動く黒い姿に、最初は人かと焦ったのだったが、よくよく見たらニホンカモシカで安堵の溜息が漏れた。

 一応、谷の川沿いを行けばなだらかな地面に道が作られていて、歩くのには楽ではある。けれど、川沿いには集落もあり、谷の外から来る黒目黒髪の人も少なくはないから、ナツキの青い目が見咎められると面倒だと考え、ほとんど歩く人がいない山の中を歩いているのだ。

 昔にあった出来事から、谷と谷を隔てる高台(山)の上の方は、誰も来たがらないのだから。


 ナツキが海を見たいと言ってから数日後、私とナツキは海へ向かって歩いていた。

 出かけることを告げたら父さんが渋ったので、『バヂっ子』のヨウがついてきてるけど。


 山の中では、カモシカ以外にもタヌキの親子がゆったりと歩いていたり、キツネが飛び跳ねていたり、ウサギが走り去って行ったりするのが見られた。さすがに人が来ない山の中だけあって、動物たちがのびのびと暮らしているようだった。キジやリスなんかもチラッと見ることが出来たし。

 それでも動物より植物に気を取られてしまうのは職業病だろうか。


 山の中を歩きまわっていると、お嬢と一緒に課題の薬草を探しまわった、あの試験のことが思い出される。

 今、隣りにいるのはお嬢とそっくりな容姿のナツキで、目の色だけが違うのだけど。


「ふふっ」


 不思議なもんだなぁ……と笑いを零せば、ナツキが「なんだ?」と聞いてくる。


「学校にいた頃、お嬢と薬草を探しまわって、こんなふうに山の中を歩いたなって思って」

「……そうか」


 懐かしい人物の話に、ナツキの目元が和んだ。


「この辺でお昼にすっぺし」


 適当に座れそうな倒木を見つけて、そこに腰を下ろす。

 たぶんウチの村から海まで、途中で一泊はしないといけないだろう。一応、野営ができるように準備してきているし、保存食も持ってきている。

 けれど、今日の昼ご飯くらいは、朝に調理してきたお弁当を食べたっていいだろう。保存食は半端無く固いから。それと途中の山の中で、食べられる木の実も幾つか収穫しているので、それは今は食べないで保存食のあとのデザート代わりにした方が良いかもしれない。


「リウは海を見たことあんの?」

「んー、ちっちゃい頃に一回。ヨウはちっちゃすぎて覚えてないくらい前だよ」

「えー? 俺、海に行ったことあんの?」

「あんの、あんの。ホントにちっちゃい頃だけどね」


 私の目の色も黒じゃないから、本当に小さい頃に一度だけ海に連れて行ってもらった。ヨウはまだよちよち歩きで、コウと私は砂遊びをしたり、貝殻を拾ったりした。コウは覚えてるかどうかってくらい。

 人気のない浜。そこは穴場だったらしい。

 今回、私たちが目指しているのもその浜だ。ウチの村がある谷の2つ隣の谷の横の小さな入江。

 間にある谷には集落も少ないから、場所を選べば高台から下りて通り抜けることも可能だ。それにその入江なら、人目を気にせずに海を眺めることができるだろう。


「今日はできるだけ東へ進むよ」

「うん」


 私たちは獣道すらないような山の中を、ひたすら東へと進んだのだった。




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