巣立ち……?
カツヤさんは『ぴーちゃん』の墓参りをして、祖母ちゃんと思い出話や積もる話をして、ナツキの暮らしぶりを眺めて数日過ごし、そして帰っていった。
ナツキは少しうるうるしていたけど、唇を真一文字に引き締めてカツヤさんを見送った。
少し前までずっと屋敷の中で過ごしていたナツキは、世間知らずだし人擦れもしていなくて、頼りない『しゃでっこ』みたいな存在だったのに、今は村の中でたくさんの人と接して成長したのか、凛々しくなってきたと思う。年齢相応になったということか……。
そんな様子にドキッとさせられて、翻弄されることもある。でも、まだまだ、ナツキの経験値は足りないと思うし、情けないところもたくさん知ってるから、私の中ではナツキは『しゃでっこ』のまんまだ。
☆ ☆ ☆
最近、ナツキは山の神の郷に連日通っている。温室で移植した植物の世話をするためだ。
ちょっと前までは、いつも私にくっついて歩いていたのに、里帰りをしてきてから自信がついたのか、一人で出歩けるようになったのは喜ばしい。
村から山の神の郷までは、獣道のような山道を歩いて小1時間かかる。屋敷にいた頃は少し走っただけで息切れしていたのを思えば、ずいぶん体力がついたなぁ~と感慨深いものがある。
必然、私は一人で店番をすることが多くなった。
「俺、山の神の郷で暮らそうと思う」
ある日、我が家での夕飯の席でナツキはそう言った。
目や髪の色が黒じゃない人間なら、誰でも山の神の郷で暮らす資格がある。ナツキも、私も、祖母ちゃんだって。
大概、基礎学校を卒業する15歳になると、山の神の郷に行くか村で暮らすか選択するのが習わしだ。けれどナツキは最近この村に来たばかりだから、しばらく様子を見て好きな方を選べばいいと村長から言われていた。
「そうだね。温室の世話に通うのは大変だから、村より郷で暮らしたほうがいいかもね」
ここ数日考え込んでいたナツキの様子を知っていて、叔父さんがナツキの出した結論にふんわりと微笑んだ。
『イノマタ家別邸』という狭い世界で暮らしていたナツキが、やっと不特定多数の人と接することに慣れ、こっちに来てから頼りにしていた私と離れて、私がいない場所でも大丈夫と結論を出したのだ。私にも否やはない。
「薬草のいいのができたら、顔を出すよ」
「楽しみにしてる」
山の神の郷では、祖父ちゃんの弟である大叔父さんの家で一緒に暮らせるように、祖父ちゃんが話をしてくれることになった。
大叔父さんの奥さんは数年前に亡くなったけど、大叔父さんの娘さんである父の従妹にはヨウと同い年の男の子がいて、ナツキと気があったのか、よく温室について行って一緒に植物の世話をいるという。
「山の神の郷に行く前に、俺、海が見たい」
家での夕食が終わって、叔父さんとナツキが暮らす家(店の2階が住居だ)へ帰るとき、玄関を出たナツキが呟いた。
「うん。一緒に見に行こう」
山の神の郷に入ったら、あまり郷の外に出て来られなくなるから。見に行くなら郷へ行く前だ。
なるべく、谷の外の人に見つからないようなルートで海を見に行きたい。
下調べは必要だろう。
私は祖父ちゃん秘蔵の地図を引っ張りだして、海へのルートを探すのだった。