北のノコギリ谷
内陸を行商し(私とナツキは裏方のお手伝いをしただけ)ながら北上し、東側の山地を越えると北のノコギリ谷だ。
北のノコギリ谷と言うのはザックリとした地域を指す地名で、ノコギリ谷には幾つもの谷が存在する。
私が生まれ育った村はノコギリ谷の中でも一番内陸まで入り込んでいる大きな谷にある。それの一番奥の山側にひっそりと存在する村。さらに山の中には「山の神の郷」と呼ばれる色素が薄い人たちが暮らす隠れ郷もある。
「色素が薄い」と言っても、目か髪の色が薄ければ山の神の郷に移り住むことはできる。
だから私も一応、その資格はある。色素が薄い子は、15歳になると普通に村に住むか神の郷に住むか選ぶように言われる。私は薬草師になって村の人達の役に立ちたかったから、村に住むことを選択した。
谷に流れる川の下流に行くほど、黒目黒髪の人が多い。あ、私が生まれ育った村がある大きな谷以外の谷には色素が薄い人はほぼいないから、この谷の特徴かもしれない。
谷以外の人が来るのは、ほとんど海から。だから、色素の薄い人ほど山の方に隠れるように住んでいる。山越えは大変だから、山側から谷に入ってくる人はいないと言っても良い。
山越えの途中に集落とかないしねー。
それに馬車も通れるような道とはいえ、谷までは一本道ではなく、何度も分かれ道があって迷いやすいようになっている。行商の人たちには抜け道が口伝で伝えられてるらしい。
それだけ、谷に入りづらいようになっているのだ。
☆ ☆ ☆
ノコギリ谷の人たちは、谷底の狭い平地に田んぼを作り、斜面に畑と家を建てて暮らしている。
もちろんノコギリと言われるくらい、谷と山が繰り返されてノコギリみたいな地形ではある。だけど、山の上の方、高台に住んでいる人はいない。
大昔は高台に住んでる人もいたというが、西の山を越えて悪い風が吹いてきて、高台に住んでた人はみんなどんどん病に倒れていった。
それで谷底の方へ逃げたんだけど、今度は海面がだんだん上がってきて、谷が海になってしまいそうになって。高台に行けば悪い風、谷底へ行けば海。にっちもさっちもいかなくなりそうなときに、山の神様が人々の苦しみを嘆いて他に全体を高くしてくれたのだという。
海が引いていって、人々はまた谷底で暮らせるようになったそうだ。
それに、西の山も高くなって、悪い風が山を越えるときに薄まるというか、悪いものがあまり谷まで入り込まないようになったそうだ。
あ、その悪い風は、空の凄く高い上の方を通って吹いていて、内陸の盆地にある集落にはあまり影響がなかったらしい。
高台に住んでる人たちが病に倒れたのは、悪い風の通り道に近い場所だった所為だったんだと思う。
☆ ☆ ☆
ナツキは谷に来て、のびのびと過ごせるようになった。
周りに黒目じゃない人が多くて、自分だけじゃないって安心したんだと思う。
山の神の郷に行ったら、目だけじゃなく髪の毛の色が黒くない人も多くて、ビックリしたみたい。
祖母ちゃんもナツキに会えて、カツヤさんの話を聞いて嬉しそうにしていた。
とりあえず私の「またいとこ」として、私の家にすむことになった。けど、叔父さんが薬草師の店を開く家が決まったら、そこに引っ越すらしい。
私も叔父さんの弟子としてその店に通うから毎日でも会えるし、納得している。叔父さんの料理は怪しいから、食事はうちに来るみたいだし。
少しずつナツキが谷に馴染んでいって、自由に、そして幸福になったらいいな。




