はっとう
今夜のメニューは『はっとう』らしい。
最後の『う』は要るか要らないか微妙なくらいの長さで、『はっと』でも通じるけど、ちょっと伸ばした感じが正解だと思う。
…というワケで、大量の小麦粉をいくつかのボールに分けてこねているところ。
『はっとう』は地方によっては『とってなげ』とか『ひっつみ』とか言われる料理。
小麦粉をこねて作った生地を手で薄く伸ばしてちぎって醤油仕立てのおつゆで煮た汁物。
私はほうれん草と油揚げだけの『はっとう』も好きだけど、寮のは育ち盛りの学生に食べさせるだけあって、鶏肉・にんじん・きのこ・ねぎ・ごぼう…など具だくさん。
いや、具材はみそ汁にしちゃうようなものならなんでも大丈夫なんだが。
屋根裏組の先輩たちが、具材になるであろう食材を切っているので、そうなのかなって予測。
カイは『はっとう』が初めてらしくて、イメージすら掴めてない様子。
ノマも粉の水加減が分からなくて、四苦八苦している。
女子3人は家での手伝いで作ったことがあって、それなりになんとかなっている。
ところで、タキは『とってなげ』、アミは『ひっつみ』で通じた。
「最初にボールに粉を入れて、水を適当に入れて」
「…こんくらい?」
「で、菜箸でちゃちゃちゃっと混ぜて」
「…うん」
「粉全体に水が行き渡ったら、今度は手でこねるんだよ」
私が自分のやり方でカイに説明する。
「手でこねて、表面がなめらかになって、手にくっつかない程度になれば良いと思うよ」
水分が多めだと思ったら粉を足せばいいし、粉っぽいと思ったら水を足せばいいのだ。
こね終わったら、かたく絞った濡れ布巾をボールにかぶせて、生地が乾燥しないようにして寝かしておく。
生地を寝かしている間にだし汁で具材を煮て醤油で味を整え、いい頃合いになったら生地を手に持って、少しずつ伸ばしながらちぎって鍋に投入して茹でていく。
このとき生地が手にくっついてしまうなら、お椀に水を入れておいて少しずつ手につけて生地が伸ばしやすいようにする。
初めての経験にカイはすごく時間がかかった。
「みんなみたいにうまくできない」
「心配すんな、カイばり(ばかり)でねぇから」
言われて見てみれば、ノマの手つきも大変そうだ。
男子は家であまり料理の手伝いはしてこなかったんだろうな…。
まぁでも、確かに『はっとう』摘みは初心者には難しいかも。
手だけで薄く伸ばすのが難しいし、ちぎるときに小さい破片になってしまうからだ。
『はっとう』が煮えた分から、係がどんどん器に盛り付けていく。
時間が経てば『はっとう』が汁を吸ってのびてしまうのだ。
寮で食事を摂る人数が多いので、どんどん盛ってどんどん食べてもらう。
食事時の厨房は戦場と化す。
「スイトンみたいだけど、なんか違うのな」
カイが一口食べて首を傾げる。
カイの住んでいたところで食べられていたスイトンは、小麦粉を水で溶いて、匙で煮立った鍋に流し入れる感じらしい。
『はっとう』と見た目は似てるけど、何か違うもののようだ。
ちなみに食堂はセルフサービスになっていて、トレーを持った学生たちが進みながら小鉢に入った副菜や皿に載った主菜を受け取っていく方式。
もちろん、屋根裏組は厨房の中にいるので、食事にありつけるのはみんなが食べ終わる頃…ということになる。
それまでは目が回るような忙しさで余裕がないのだ。
今、食堂には屋根裏組と、専門課程の先輩方や先生方数人しかいない。
専門課程の先輩や先生方は、各専門課程の研究の進み具合の都合だったり、家畜の出産なんかに立ち会ったりで食事の時間がずれ込むことも多い。
「はっとう残ってっから、食べでけらい。鍋、開けたいから」
と食堂のおばちゃんが声をかければ、食べ盛りの食欲魔神たちは丼を持っておばちゃんの元へ集まる。
そういえば「鍋を開ける」ってのも方言なのかなーと、食後のお茶を飲みながら、のんびりリウは思った。