谷へ
行商の人たちと旅立って数日。
ナツキはようやく馬車の揺れにも慣れたようで、馬車酔いもしなくなったところ。
北のノコギリ谷に行くには、内陸の街道を通って山越えをするか、海まで出て海岸線沿いを進むかのどちらかだ。
海岸線沿いの道は、ノコギリ谷の名前の通りに入り組んでいて曲がりくねった峠道が続く。きっと曲がりくねった道はナツキには耐えられないと予想がついたので、内陸の街道を進んでいる。
内陸の街道沿いにも海沿いにも集落はポツポツあるので、行商しながらの旅だ。
行商の間は、私とナツキは目の色を見られないように、馬車の幌の中で大人しくしているだけ。宿に泊まる時にはフードを目深にかぶるなどして、顔を隠した。あとは行商のみなさんに囲まれ、他所の人たちには近づかれないようにしてもらった。みなさんの気遣いに感謝だ。
あ、ナツキの路銀はカツヤさんが出してくれた。私の分は叔父さんの師匠のところでお手伝いしたときのお礼(ないよりは何かの足しになるだろうってミウラさんが言ってくれた)と、屋根裏組で忙しすぎるときに少しだけもらった手当を貯めてた分と、それで足りない分は叔父さんが出している。
行商の人たちの馬車に乗せてもらってるんだから、宿代ぐらいは出さないとね。もちろん、野営とか街道沿いで休憩しつつの昼食のときはお手伝いもする。少しは役に立たないと申し訳ないもん。
☆ ☆ ☆
ある集落でのこと。
その日は春にしては夏のような暑さの日で、みんな慌てて夏物の服を引っ張りだしていた。
ナツキと私、叔父さんも自分の荷物の中から薄手の服を出して着替えた。
行商の人たちは商品を馬車から降ろして並べ始める。
そういうときはいつも、私たちは目の色がバレるとマズいので、馬車の中で待機していた。馬車の幌の出入り口には叔父さんが陣取っていて、もしも誰かが覗き込んでもすぐには私たちが見えないようにしてくれている。
でもその日は暑くて。叔父さんも今まで誰も来なかったから大丈夫だろうと気が緩んでいたのか、井戸水をもらってくると言いおいて馬車から離れた。
そこへ、その集落の男の子が一人来たのだ。
幌の中を覗き込んで、私達に気がつくと話しかけてくる。
「お姉ちゃんたち、行商の人?」
「……うん」
「お姉ちゃんたちは何か売らないの?」
「……見習いだから」
「ふうん、そっか。……でも見習いなら、親方のそばにいないとダメなんじゃないの?」
あぁ、もう、どうしよう。早く何処かへ行ってくれないだろうか。
「暇なんだったら、オレと遊んでよ」
その子どもは諦めが悪かった。
「荷物を見てないとダメだから」
そう断っているのに、しつこく遊ぼうと言ってくる。
目の色を見られるわけにはいかないから、できるだけ幌の外には出たくないのに……。
それどころか、幌の中に入ってこようとする。
「幌の中はダメだよ」
注意するけれど、子どもはやめようとしない。
幌の中は暗いから、しっかり見られなければ大丈夫だろうけど、でも絶対ってことはない。
私は眼鏡があるから、ナツキの目さえ見られなければ、きっと大丈夫だろう。そう覚悟を決めて、子どもを誘導して幌の外へ出た。
「遊んでくれるんでしょ? 何して遊ぶ?」
「荷物を見張ってなきゃならないから、遊んでられないんだ。ごめんね」
なかなか諦めてくれない男の子に焦れていると、叔父さんが戻ってきた。
「冷たい井戸水、もらってきたぞ」
叔父さんの姿を見て、子どもは何処かへ行ってしまった。きっと私の親方が来たから、遊んでたら怒られると思ったのだろう。
……助かった~。
叔父さんがコップに冷たい水を注いでくれた。一口含むと、火照った体に染み渡るようだった。
「あー、うめぇ~」
ナツキもホッとしたようだ。
何事も無くてよかったという安心感と、冷たい水の美味しさに、緊張感がほどけていくのを感じたのだった。




