くられる
「あーっ! 先生にくられる~!!」
タカノハシくんの声がデカい。朝食前の厨房に響き渡っている。……うん、目が覚めるよね。
コウが思わず「ケンジ、声がデカい。あと『くられる』って何だ?」とツッコんでいる。あ、タカノハシくんてケンジって名前なんだ。
「あ、ごめん。『くられる』ってのは『怒られる』って意味だ」
「お前、何したんだよ」
コウとケンジくんが小さめの声で話しながら味噌汁用の豆腐やわかめを切っている。さすがに話の内容までは聞こえてこないから、ケンジくんが何をしたのか気になるし、私が聞くのを忘れなければ後でコウに聞いてみよう。
1年生の屋根裏組は、コウとケンジくんともう一人男子がいて、女子はサッちゃんとあと2人で、全部で6人だ。……私はあんまり関わったことがない人の名前を顔を覚えない。目の色のこともあって、目立った人を覚えるとか、関わる人はできるだけ少なくするとか、そんな風に過ごすようにしてたってのもあるかもしれない。
あ、あと、カツヤさんのこととかナツキのこととか、コウにもちゃんと話さないとなぁ……なんて少しぼんやりしてたら、焼き魚が少し焦げてしまった。ま、まぁ、少しだけだし、全員分じゃないから大丈夫!
☆ ☆ ☆
「で、話って何?」
夕飯の後、少し食堂に残ってコウと話をする。
食堂には食後のお茶を楽しんでいる人もいるけど、人数はそんなに多くないし、離れた場所にいるから離しは聞かれなくて済むだろう。
「えーっと、お嬢の、イノマタ家の話だけんとも」
「あぁ、この学校の創設者一族だかっつう大金持ち」
「うん。……そのお嬢のお祖父さんが、うちの祖母ちゃんのお兄さんなんだと」
「……はぁっ!?」
いや、びっくりするのは分かるけど、声大きいし。
「コウ、声大きすぎっから」
眉を顰めて指摘すると、コウもマズいと思ったのか、済まなそうに口を片手で覆って、大きい体を縮こまらせた。
「んだがら、うちの祖母ちゃんの目の色のことで、あの家にいられなくなって、ぴーちゃんと祖母ちゃんは逃げたんだど」
「……あぁ」
コウは嫌そうに顔を歪めた。うちの谷では私や祖母のような黒じゃない目は普通にあることだって受け入れられてるから、谷の外ではそうじゃないのが納得いかないんだろう。
「イノマタ家は名家だから、変なのがいるって噂にでぎねがったんだべぇ」
「うちの谷に来るってことは、いられなぐなるってことだとは思ってたけんと」
「内緒だけど、お嬢には双子の『しゃでっこ』がいんだぁ。その『しゃでっこ』の目が青いのよ」
「……」
「んで、産んだ本人でさえ産んだって思いたくないんだか、その『しゃでっこ』だけ祖母ちゃんの兄ちゃんとこに預けられでで」
「……」
「たまにオラもその家さ行ぐんだけっと、『しゃでっこ』の目の色見て祖母ちゃんのこと思い出して、親ですらそっぽ向いた『しゃでっこ』のごど、可愛がってけでんだ」
「……」
私が話すことを、コウは黙って聞いていた。
「父さんもシュウ叔父さんも、その家には行ったことあるし、事情も知ってっから」
「……分がった」
「あと、その大伯父さんがいま体調崩してて、夏休みはなるべく大伯父さんについててやりでんだぁ」
「うん」
「お嬢には、オラの目の色のこともあって、親戚だってことは内緒にしてっから。知ってんのは大伯父さんとお嬢の『しゃでっこ』だけだがら」
今度の週末は、屋根裏組の仕事が終わったら、コウと一緒にイノマタ家別邸へ行くことにした。
たぶん、叔父も顔を出すと思う。
カツヤさんの体調が、少しでも良くなってくれるといいなぁ……。




