不安
桜の花が終わった頃、冬に戻ってしまったのかと思うような寒い日が2~3日続いた。
かと思えば、急に汗ばむ日和になって、梅雨になったらまた肌寒くなった。
気温が乱高下したせいか、カツヤさんが体調を崩したとお嬢が心配そうに言う。イノマタ家から連絡が来たようだ。できるなら、お嬢に様子を見に行って欲しいと。
カツヤさんとお嬢の両親はナツキのことで仲違いをしていて、折り合いがよくないらしい。で、カツヤさんの体調が悪いと別邸の使用人さんから本宅へと連絡がいった。カツヤさんの実子であるお嬢のお父さんが心配して、お医者様を呼んで別邸へ送り込み、カツヤさんを診ていただいたそうだ。
まぁ、結論としては風邪のようなもので、大したことはないらしい。でも歳が歳だし、気温差に体がついていけなくなってきているので、油断は禁物とのこと。
「心配だね……」
「うん……」
薬草師になるべく勉強している私たちだけれど、資格があるわけじゃないから勝手に薬草を処方するのは憚られる。未熟者が変な処方をして、体調を悪化させる可能性だってあるし。せいぜい、食欲が増進するとか血行が良くなるなんて香草茶を作って渡すくらいだろうか。
「香草茶かぁ。……うん、いいかも」
「何種類か作ってみる?」
「そうだね。その時の気分や症状で飲んでもらってもいいかもしれないし」
そんなわけで、コマツ先生に相談しつつ、2人で香草茶のブレンドを考えた。
お嬢は週末の屋根裏組の仕事が終わると、夜だけイノマタ家別邸に行き、翌朝帰って来た。そのときにカツヤさんに体の調子を聞いてきてもらったので、症状に合うような香草の組み合わせを考える。
体が冷えるときは血行が良くなるようなもの、咳が出始めたら咳を鎮めて呼吸が楽になるようなもの、食欲が無い時には食欲を増すようなもの。
とりあえず3種類。コマツ先生にも味見してもらって及第点をもらったので、それをお嬢がカツヤさんへ届けに行った。カツヤさんは喜んでくれたらしい。
私は私で、叔父に手紙を書いた。カツヤさんが体調を崩してるって。
叔父は仕事が休みになったら様子を見に行ってくれると言っていた。あと少しで薬草師見習いを卒業できそうな叔父なら、きっと何か、カツヤさんの体調を劇的に変えてくれるんじゃないかって、そんな期待をしてしまう。
まぁ、お医者様に一度診てもらっているなら、お医者様から言われた薬草を処方するのがせいぜいなんだけれど。
この世の中では、お医者様はとても貴重で、診てもらうのも高額なお金がかかる。
だから一般的には薬草師に相談して、症状に合う薬草を処方してもらうのが普通で、お医者様に診てもらうなんてお金持ちにしかできないことなのだ。
ぴーちゃん(曾祖母)が亡くなったときも、こんな風に気温の乱高下が原因で風邪をこじらせたのが最初だった。
屋根裏組の仕事が忙しい時期、家族でもない私は、なかなかカツヤさんに会いにはいけない。本当は親戚なのだけど、祖母の目の色の事があって、親戚ということを内緒にしているからだ。
もどかしい思いを抱え、カツヤさんの体調は低空飛行のまま、夏休みを迎えようとしていた。




