と-ぜん
「『と-ぜん』だ~」
ナツキが呻いている。今日はカツヤさんが本宅へ行っているらしく、ナツキは一人で別邸にいた。
『と-ぜん』と言うのは、『とぜん』と『とーぜん』の間くらいの長さで音を伸ばす感じで、意味は『退屈』とか『ヒマ』とかそんな感じの方言である。
「徒然」が元なのかもしれないが、「徒然」は気分的に「つれづれ」と読みたい。
「ナツキ~。来たよー」
呻くナツキをこっそり見ていた私とお嬢は、扉の影から顔を見せた。
「っ!?」
ナツキは声も出せないくらい驚いていて、つい忍び笑いが漏れた。ナツキ、驚きすぎ!
勝手口からこっそり入ったから、来たことに気づいてなかったんだろうな。
「今からプリン作るから、できたら一緒に食べっぺし」
「じゃ、あとでね~」
お嬢と私は厨房へ行って、プリンを作った。牛乳に卵に砂糖。学校では甜菜糖も作っていて製品化されているので、買おうと思えば買えるのだ。
プリンを蒸し焼きしている間にクッキーの生地を作っておく。
しかし、プリンを蒸し焼きする加減がけっこう難しい。茶碗蒸なんかも蒸しすぎるとすが入っちゃうのと一緒だね。
平らな容器に雪を突っ込んだ水を入れ、出来上がったプリンを器ごと浸けて冷やす。
家の中は暖房で暖かいから、冷えたプリンも美味しいと思う。
プリンを冷やしている間に、クッキーの生地を伸ばして型抜して、天板に並べてオーブンで焼いていく。
「ナツキー! そろそろお茶するよー」
もうすぐ出来上がるというタイミングでナツキに声をかけた。
「んー。いま行く」
気のないふりの返事だけど、しっかりスケッチブックを抱えているあたり、やる気満々って感じ。思わず笑みが零れた。
お嬢がほうじ茶を淹れてくれた。
クッキーとプリン、どっちから食べるか迷ったけど、せっかくだから温くならないうちにプリンを食べてしまおう。
ナツキが私に倣ってプリンを食べ始める。
「うん、うまい」
「んだべ?」
お嬢がもっと褒めろとばかりに微笑む。いや、ニヤッと笑ったというべきか。
プリンを食べ終わり、クッキーをつまみながらスケッチブックの絵を見せて貰った。
温室の花、お嬢やカツヤさんの顔、カトウさんもいる。そして、私の横顔。
いつの間に描いたんだろう……とビックリしていると、「やっぱり想像で描いたのはダメだな」とナツキがこぼす。
そっか、しばらく来られなかったから、実物を見て描いたんじゃなく、思い出して描いたのか。道理で美化されてると思ったよ。
「んだらば、実物見て描いでけで」
そう言ったら、素直に頷いてナツキは鉛筆を手にした。
ジッとしてた方がいいのかと思ったら、普通にしてていいと言われたので、お嬢とお茶を飲みながら『話しかだり』する。他愛もない、学校の日常の話。農場での作業とか、薬草園でのコマツ先生の奇行とか。
夕日が映える頃、ナツキの絵も描きあがった。
見せてもらうと、最初の絵より私らしい雰囲気で、目が生き生きしているような印象の絵だった。
「上手くかけてるね」
「んだべ?」
お嬢が褒めて、ナツキがもっと褒めろと言わんばかりにニヤッと笑った。
さっきのお嬢とそっくり! さすが双子だな、なんて、当たり前のことを思って笑ってしまった。




