バヂっこ
月曜日、父さんはヌマクラ先生に挨拶すると帰っていった。
☆ ☆ ☆
「あー、リウのお父さん、見たかったな~」
お嬢が口をとがらせる。お嬢は父さんが帰った後で学校に戻ってきたのだ。
「ウノさんにそっくりだったよねー! ウノさんがちょっと渋くなったような感じなの」
「うんうん。目の保養になったよ」
アミとタキがお嬢に説明している。
なんでも週末にイノマタ家本宅で重大発表があると呼びだされていたお嬢。どうやらお兄さんのお嫁さんがご懐妊とのこと。ちょっとしたお祝いをしたらしい。
「お嬢も叔母さんになるんだなぁ」
「若いみそらで……プッ」
カイとノマが想像して吹き出した。お嬢が「んもう!」と不満を露わにする。
「それ言うと、叔父さんは10歳で私が生まれてるから」
お嬢は16歳だけど、叔父は10歳で叔父になったことになる。お嬢より若くして姪っ子が生まれてしまったわけだ。
「私が小さい頃は『叔父さん』って呼ぶと嫌がったから、昔は『シュウ兄ちゃん』って呼んでたよ」
「私も絶対『叔母さん』なんて呼ばせないわ!」
お嬢が気合の入った宣言をする。
「そう言えば、お嬢って『バヂっこ』なの?」
「うん、そう」
『バヂっこ』や『バッヂ』と言うのは『末っ子』とか『末子』という意味の方言だ。
「じゃ、イノマタ家にはお嬢より若い叔父叔母はいねんだな」
ノマが思いついたように言う。
「まぁ、そうなる……ね」
歯切れが悪いお嬢。双子のナツキがいるから、同い年のなら……とか言いたいんだろうけど、ナツキの話題を出すわけにはいかない。双子がいるなら会いたいとか見たいとかみんなが言い出すだろうし、そうなるとナツキの目の色のことがあって会わせるわけにも見せるわけにもいかないし。
難しいねぇ……。
☆ ☆ ☆
部屋に戻ると、お嬢の愚痴が怒涛のように溢れだした。
「本当はナツキだっているのにー! んもう、何よ! カイとノマの莫迦―!」
「うんうん」
私は適当に聞き流しつつ、今日の復習をする。成績維持は重要なのだ。
「でも、やっぱりナツキはお嫁さんには秘密なんだー?」
「……うん」
そうだよねー。お嬢以外の家族、カツヤさんトコで見たことないもん。
「私は教えてもいいと思うんだけど……。でも、お兄ちゃんも両親もナツキには会いたがらないから、お嫁さんもそうなりそうで、そうするとナツキが可哀想かなって……」
私は可哀想って言葉が好きじゃない。どうしたって自分は安全なところから、上から哀れんでいるみたいで、同じ立場にいない感じがしてしまうからだ。
つまりは、そういうこと。お嬢はナツキと同じ立場にいないんだ。
でも、そんなことは私が口をだすことじゃない。
「そっか。会わせてから変にギクシャクするよりはいいかもね」
釈然としないものを抱えたまま、とりあえず無難に流しておいた。
いつかきっと、ナツキを谷に連れてって、目の色を気にしなくていい自由な生活を体験してもらいたいと強く思った。