届いた眼鏡
10月に入ってすぐの土曜日、父さんが来た。
「リウ、久しぶり! 元気だったか?」
「うん。父さん、久しぶり!」
私を見て破顔する父の後ろで、叔父が苦笑しているのが見えた。本当は2日ほど前にコチラに来ていたのだそうだが、平日は授業があって私も忙しいだろうから……と叔父のところにいたらしい。
「これ、頼まれたものとお土産。みんなにも分けてあげなさい」
「ありがとう!」
大きな風呂敷包みを渡された。
中身は私の眼鏡が予備を含めて2コ、それと果物のジャムが大きめの瓶に3種類。リンゴと洋梨とブドウのようだ。ジャムを使ったお菓子でも作ってみんなに配ろうか……それともヨーグルトかパンに添えて出せばいいかなぁ……と考える。
「ウノ……シュウくん、そちらがお兄さん?」
コマツ先生が叔父をいつも通り呼ぼうとして気がついて言い直した。
「ソウ兄ちゃん、俺の同級生のコマツ。リウの副担任だよ」
「どうも、リウの父です。いつもお世話になっております」
叔父に紹介されて父さんが挨拶する。
その様子を見てたら、横から袖口を引っ張られた。
「ねぇねぇ、リウのお父さんってウノさんにそっくりね! リウとも似てるけど」
「リウはお母さん似なの?」
アミとタキが興味津々といった様子で寄ってきた。お嬢は今日はイノマタ家本宅へ呼ばれていて、寮にはいない。
なんか2人のキラキラと輝く目が眩しいわー。
「私は祖母ちゃん似なの。父さんと叔父さんは祖母ちゃんと祖父ちゃん半々くらいかなぁ」
「へぇ~! そうなんだ」
私が母さん似なのは爪の形と耳たぶだけだったりする。顔も似てても良いと思うんだけど、こればっかりは仕方ない。
「ウノさんってコマツ先生と同い年だから26よね。お父さんは何歳なの?」
「えーっと、確か今年38だよ」
父さんと叔父の間には叔母が2人いて、2人とも谷の下流の方へお嫁に行ってて従弟妹もいる。
「若いねぇ!」
「私んちなんて45だよー! 髪の毛も薄くなってきてるしさ~。全然違うねぇ」
タキが興奮状態になるのを宥めながら、父さんの様子を伺う。
コマツ先生はともかく、本当は担任サマとお話できれば父さんも満足なんだろうけど……。
実は私の担任は、2年生になってヌマクラ先生になっていた。あの「愛のジョリジョリ」学年主任である。
ヌマクラ先生は愛妻家なので、土日はきっちりお休みする。……普通のことだけど。コマツ先生は独身だし、暇があれば薬草園のかわいこちゃん(薬草)たちを愛でている人なので、いつでも学校か寮の敷地内にいる。ある意味残念なイケメンさんだ。
☆ ☆ ☆
あのあと、父さんは食堂のおばちゃんや農場長、寮監さんにも挨拶し、一緒にお昼ご飯を食べた。
そして、今は父さんが谷から乗ってきたという小さな荷馬車でイノマタ家別邸へ向かっている。
馬の手綱は父がとり、その隣りに私、荷台に叔父が乗っている。
「新しい眼鏡、どうかな?」
「うん、良いんでないか? パッと見、目の色分がんないし」
私が後ろを向いて叔父に眼鏡を見せると、叔父は色んな角度から眺めて目の色を確かめている。
新しい眼鏡はフレームが肌の色に近いベージュ系。顔に馴染んでいると言えなくもない。
山の神様の特別製の眼鏡は、明るいとうっすらレンズが色づいて目の色を誤魔化してくれる。私くらいの灰色の眼なら大丈夫だけど、祖母ちゃんのような水色とかナツキのような青い目は誤魔化しきれないだろう。
「その……ナツキくん『てだが』? 『なんじょ』たの?」
『てだが』は『って言ったか』というような表現。
どうやら父さんはナツキがどんな人柄かってことを聞きたいみたいだ。
「ん~、屋敷から出ないように、目の色がバレないように暮らしてっから人見知りだけど、悪い子ではないよ」
「伯父さんとナツキの片割れ以外は、あんまり屋敷にも来ねえしなぁ」
「使用人さんはいるけど、料理人のおばちゃん以外にはあんまり姿を見せないようにしてるみたい」
「……そうか」
父さんは何か考えこむようにしていた。
ナツキと……と言うより、父の伯父であるカツヤさんとの対面がどうなるのか気になる。
祖母ちゃんを追い出したイノマタ家の人と考えればいい気持ちにはならない。でも、カツヤさんは関わり合いにならないように家の人から言われただけで、カツヤさん本人は自分の妹を嫌ってはいなかったってことを考えれば、そんなに嫌わなくて良いとも思う。
私は、ウチとイノマタ家にそんなつながりがあると思ってなかったから、先入観なく交流してたけど。
イノマタ家別邸が見えてきて、私は不安に胃が痛くなってきたのだった。