谷からの連絡
行商人のおじさんに眼鏡を頼んで数週間、叔父が夕飯時の寮に現れた。
「眼鏡ができたって連絡あったぞー」
「……いつ届くの?」
さすがに夕飯時の忙しい時間は抜けられないので、片付けが終わるまで待ってもらって、食堂の片隅にお茶を用意して2人きりで話をする。
「10日後ぐれぇかな……。ソウ兄ちゃんが届けに来るって」
「父さんが!?」
「うん。手紙にそう書いてた」
「……仕事はどうするんだろ」
「父ちゃんに預けてくるってよ」
私の父さんは谷の基礎学校で教師をしている。叔父の言う「父ちゃん」は私の祖父ちゃんのことだ。
祖父ちゃんも教師をしている。……人手が足りてるから、今はたまにだけど。
「リウの学校の様子を見たいってだし、イノマタ家の別邸に行ってみでぇってさ」
『見たいってだし』は『見たいって言ってたし』の略のような感じの表現。
私の学校の様子はともかく、イノマタ家別邸って微妙な気がする……。祖母ちゃんを追い出した家の人と見るのか、純粋に親戚と見るのかで態度も変わってきそうだし。
ナツキがいつか谷に行くだろうから、できれば父さんとは仲違いして欲しくない。
「大伯父さんのとこには……?」
「一応、知らせであっから大丈夫」
「父さん、大伯父さんたちとうまくやれるかな?」
「……どうだべなぁ~」
うーん、そうだよね。一概には言えないよね……。
本当は祖母ちゃんが来れたらいいんだろうけど、難しいよね。祖母の目の色のこととか考えたら、谷から出られないだろうなぁ。
それでも、いつか兄妹で再会できたらいいのにと思ってしまう。
「祖母ちゃんが生きてればなぁ……」
「そうだね。『ぴーちゃん』が生きてたら、大伯父さんも嬉しかったかもねぇ」
「伯父さんにとっては『母ちゃん』なんだもんなぁ」
叔父が言う「祖母ちゃん」は私の曾祖母のこと。5年前に亡くなった。
あのときは叔父がかなり落ち込んでいた。叔父は曾祖母のために薬草師になろうと思ったって言ってたから。
山の神の郷では大昔の技術が生きていて、すごい薬を作れる。だけど、今は原料が足りなくなってきていて、薬の量が少なくなってしまった。
そんなわけで、薬に変わる薬草師が見直されて来ている。だんだん薬草師を必要とする人が増えてきているのに、今まで谷には薬草師があまり必要なかったのもあり、まだまだ薬草師の人数が少ないのだ。
本当は薬の原料があればいいのかもしれないけれど……。
私は昔から気管支が弱くて──谷にはそういう子が多い──咳が出始めるとなかなか止まらない。
それでも小さい頃は山の神様から良い薬をもらえたけど、だんだんもらえなくなって。
5年前、曾祖母が亡くなったときは変な気候で気温差にヤラれて咳をしてたら、叔父が薬湯を作ってくれて、ウソのように楽になったのを覚えている。
あれで薬草師ってスゴいって感動して、私も叔父みたいに薬草師を目指そうと思ったのだ。
「まぁ、ソウ兄ちゃんが来てみねぇば、分がんねぇなぁ……」
「そうだね……」
まずは父さんが来てからだ。
ここで、今、考えてたって仕方ない。
叔父と私は気持ちを切り替えて、父さんが来たらまた会おうと約束した。