おだづ
「煎餅だよー」
ちょっと育ち盛りには軽めの昼ご飯のあと、私は叔父からもらった煎餅を出してきた。
この煎餅は、私の両親の代わりに入学式に列席した叔父がくれたもの。
クッキータイプの厚焼き煎餅で、落花生がゴロゴロ入っている。
私の父の弟である叔父は、この学校から近い街で薬師見習いをしている。
父と叔父の間に2人の叔母がいて、叔父は末っ子のせいか私と10歳ほどしか歳が違わない。
私がまだ小さかった頃、当然若かった叔父は私と同じ家に住んでいて、この学校に入るときに家を出た。
…そう、叔父はこの学校の卒業生で大先輩に当たるわけだ。
入学式当日、叔父が保護者席にいるのを見て、薬草学のコマツ先生が
「おまっ、なんでここに…!?子どもいたのか???
まさか隠し子!?」
と大騒ぎした。
なんでも叔父とコマツ先生はこの学校の同期だそうで、けっこう仲が良かったらしい。
「お前と同じ25で、こったな大っきな子どもがいるわけねぇべ!!!」
興奮すると方言丸出しになる叔父が大声を出して、みんなの視線が集まる。
叔父は身内の私が言うのもなんだが、切れ長の涼やかな目元に観音様のような整った顔立ちをしていて、スラッとした体つきで、黙っていればステキなお兄さんなのである。
黙っていれば…だが。
「んだらなんで保護者席さ座ってんのよ!?」
コマツ先生も方言で応える。
「姪っ子の入学式だもの、兄ちゃんの代わりに来ただけだべ!」
入学式が終わって、記念写真の撮影をしようかってときに騒ぐものだから、他の保護者の皆様や先生方も注目し始めた。
「ありゃ、ウノでないか。久しぶりだなぁ」
「ホントだ。ウノ、元気だったか?」
「あぁ、ウノウラ リウって、ウノの子か?」
面白がる先生方。
「何かだってんの!
んだがら子どもでなくて姪っ子だってば!!!」
真っ赤な顔になった叔父は、学生時代『ウノ』と呼ばれていたらしい。
「おだってないで、早く整列してください!」
普段は穏やかな写真屋さんが困ったように大きな声で指示を出したのは、今年の入学式の語り草になっている。
『おだつ』というのは『ふざける』という意味の方言だ。
「リウの叔父さん、コマツ先生と並ぶと眼福だったわねー」
タキが煎餅をかじりながらシミジミと語った。
「あのステキなお顔で方言丸出しなのが、ギャップがあって印象的だったわぁ」
アミも遠い目で、あの日のことを思い出しているようだ。
「うちのクラスの入学写真、一部で高値で取り引きされてるってよ」
「あぁ、コマッちゃんとリウの叔父さんが写ってっからだべ?」
…なんだ、その話。私、知らないんだけど。
「俺の母ちゃん『この写真は家宝にする』とか言って、父ちゃんが涙目になってた」
はぁ、さよですか。
ちなみに私とノマとカイの3人が同じクラスで3組。
タキは4組、アミは1組に所属している。
2年生になったらそれぞれの専門分野を選択して、また細かくクラスが分かれることになる。
コマツ先生はウチのクラスの副担任だ。
叔父が入学式で目立ったせいで私も先生方から認識され、廊下や授業などでよく声をかけられるようになってしまった。
しかも学生時代の叔父はコマツ先生と2人で羽目を外すことがあって、寮では伝説の存在になっている…という話もある。
男子が言うには、寮の大浴場で伝説の2人が羽目をはずした結果、現在でも古株の寮監であるイワブチ先生が
「お前たちの成長をつぶさに見るのだー!」
とか言って、入浴時間帯は男子の脱衣場に張り付いているらしい。
つまり、同じバカをやらかすヤツが出ないように…ってことみたいだけど、監視されてるっていうのも気分がよくない。だから『成長をつぶさに…』的な話にしてるんだとか。
…寮監の先生の手を煩わせるとは、何をやらかしたんだ叔父さん。
というか、私の目立たないで済ませよう作戦が、とても厳しい状況になってるのは気のせいじゃないよね???