しゃでっこ
行商の人たちも参加しての宴会は、それはそれは賑やかだった。
ナツキの誕生日を祝うと言いながら、ただ飲んで騒ぎたいだけかもしれなかったが。それでもナツキの目を見ても気にしない彼らのおかげで、ナツキも本当に楽しそうだった。
彼らが酔う前に私の眼鏡のことをお願いしておいたが、酔った様子を見ると明日の朝もう一度確認した方が良さそうだと思った。
「ナツキさん。アンタが谷に行きたいなら、馬車に乗せてくよ」
「……いずれはお願いしたい。なぁ、ナツキ?」
行商人さんがナツキを誘うと、カツヤさんが答えた。ナツキもいつかは谷に行きたいが、それは今ではないと頷いている。
「谷に行くなら、リウと一緒がいい」
ナツキが小さく呟いた。
確かに、知り合って間もない人ばかりに囲まれる旅よりは、私みたいなのでも知り合いがいた方が心強いもんね。
「うん。いつか一緒に行こう」
そう私が言うと、ナツキはコクンと頷いた。
「私が谷に帰るのは、学校を卒業して、叔父さんが一人前と認められてからだから、叔父さん次第だね」
「ありゃ、そんではオラの責任重大だべっちゃ」
叔父がおどけたように言うと、周りも笑いに包まれた。
フードをとって顔をさらしたナツキも笑っている。
いいなぁ、こういう雰囲気。
目の色を気にしなくていいし、ありのままでいられるのは、とても寛げた。
私はいつの間にか眠っていたようで、気がついたら客間に寝かされていた。
「あ、もう朝だ……」
窓の外が明るくなっている。
朝ご飯を食べたら、学校へ戻ろう。屋根裏組の仕事があるかもしれないし。
朝食にはまだ早い時間だったので、庭に出てみる。
行商の商隊は庭にテントを張っていて、行商人さんたちはそこで寝ているようだった。まぁ、おばちゃんたちは宴会していた大座敷に雑魚寝してたけど。そっちの方が女性は安全だしね。
イノマタ家別邸の庭は広くて、馬車で玄関に乗り付けられるくらいの道がある。だから縁日みたいな出店も広げられたし、テントも張れる。
「おはよう」
「あ、おはよう」
小さい声が聞こえて、振り返るとナツキだった。今朝はフードをかぶっている。
行商のおじさんたちを起こさないように、そっと歩きながら小さい声で話す。
「昨夜は楽しかったね」
「うん。俺、あんなに大勢の前でフードをとったの、初めてだ」
「そっか」
「お前の谷に行ったら、あれが普通になるんだな……」
「うん。目の色が黒じゃない人いっぱいいるから、誰も気にしないよ」
「……そっか」
ナツキは少し考え込んでいた。
谷に行きたいけれど、迷う気持ちもあるんだろう。親しい人たちとの別れもあるわけだし。
「おう、坊っちゃん方、おはよう! 朝飯食ったか?」
行商人のおじさんが声をかけてくれる。大座敷で寝ていたおばちゃんたちが起きてきて、厨房を借りて朝食を作るらしく、一緒に食べようと誘ってくれた。
「坊っちゃんの目の色は、俺の『しゃでっこ』と似ててな。ちょっと懐かしい気持ちになったよ」
「そうなんですか」
『しゃでっこ』と言うのは『弟』という意味の方言。おじさんのお父さんはこの近くの街出身だとか。
そのおじさんの弟さんは山の神の郷の方に住んでいるらしく、おじさんは行商をしているからなかなか会えないらしい。
「山の神の郷と言えば、私の眼鏡、よろしくお願いしますね!」
「あぁ、大丈夫だ。任せてくれ」
確認が出来てホッとした私は、厨房へ手伝いに行くことにした。
その後、ナツキは行商のおじさんたちと話し込んでいたようで、朝ご飯の頃にはだいぶ仲良くなっていた。何を話してたのか聞いたけど、「男同士の秘密だ」と言って教えてくれなかった。
朝食後、私が学校へ戻ると言うと、商隊の人たちも学校へ行って御用聞きをするとかで、箱馬車に乗せてもらえることになった。
ナツキは商隊の人たちとの別れを惜しんだけれど、おじさんたちは他の商隊の人にもたまにイノマタ家別邸に来るように言っておくからと、笑って別れた。
ナツキの世界が広がっていく。
私は心の奥があたたかくなるのを感じた。