行商の人たち
数日後、叔父から連絡が来た。またもやコマツ先生から伝言をいただく。叔父との連絡はコマツ先生を通すのが標準仕様になってきたなぁと思う。
伝言の内容は、行商の人が来る日のことと、なんでだかその日にカツヤさんのところで合流ということだった。
実は行商の人には、私が谷から学校へ来るときにお世話になっている。荷物を積んだ箱馬車に乗せてもらって、野宿のときは炊事を手伝い、宿に泊まるときは行商のおばちゃんたちに混ぜてもらって雑魚寝した。おばちゃんたちは私を囲うようにしてくれて、他の普通に黒目黒髪の人たちから見えづらいようにしてくれたのだった。宿代は雑魚寝の大部屋だったから安かったけど、自分の分はちゃんと出した。
でも、行商をするグループがいくつかあると聞いたので、前にお世話になった人たちと今回来る人たちがが同じかどうかは分からない。
そう言えば叔父が「もうすぐナツキの誕生日だっつってたから。なんか好きなもんでも買ってやっかと思って」と言っていた。行商の人たちが持ってきた商品をナツキに見せて、その中から選ばせるとかさせてやりたいんだろうなぁ……。お店に行って商品を選ぶなんてしたことがないナツキだから。
あぁ、確かに谷の人たちならナツキの目を見ても何も言わないだろうけど、ナツキはどうかなぁ……? 長年引きこもってたわけだし。大丈夫だって分かってても、最初の一歩がキビシイかもしれない。ちょっと心配だ。
☆ ☆ ☆
約束の日は土曜日で、屋根裏組の仕事が終わってからイノマタ家の別邸へ向かった。その日、お嬢は本宅に呼ばれていたので今回は私一人だ。
もうすでに行商の人たちと叔父は来ていたようで、庭先に広げられた商品の数々が賑やかに私を迎えてくれた。縁日のような雰囲気が楽しい。
残念ながら、私がお世話になった人たちではなかったけれど、同じ谷出身ということもあって、なんとなく見たことがある人たちが多い。
「おう、来たか。ナツキ、呼んで来ーや。……あ、無理はしなくていいがら」
「いらっしゃい。リウちゃんならナツキも出てくっぺがら。頼むね」
「こんにちは。ナツキ、中ですか? 呼んできます」
カツヤさんに挨拶して屋敷の中に入る。
ナツキはサンルームの大きな窓のところで、外を伺っていた。
「ナツキ、来たよ。外、見に行かない?」
「……いや、いい」
「ウチの谷の人たちだから大丈夫だと思うけど、私も谷からこっちへ来るときお世話になったし、祖母ちゃんたちもココから逃げるときお世話になったって言ってたし。……来たくなったら来て」
あんまり無理強いしてもダメかな……と思って、軽く誘って踵を返した。
「待って。……一緒に行く」
ナツキは意を決したようだ。それでもフードははずせないらしく、目深にかぶっていた。やはり見知らぬ人たちを警戒しているんだなと思った。
「はい、らっしゃい!」
腕輪や首飾りなどのアクセサリーを広げたおっちゃんが景気のいい声をかける。
ナツキはそういう雰囲気に慣れていないらしく、ビクッとしていた。
「わ! キレイ」
ナツキの目と同じような色の石を使った首飾りが目を引いた。
まだアクセサリーになってないキレイな石もあって、自分で組み合わせてアクセサリーにしてもらうこともできるようだ。
「こっちも見てってー!」
隣で色とりどりの布を扱うおばちゃんが声をかけてきた。
ハンカチやリボンなんかもある。レースのリボンは、お嬢が好きそうかも。
「こっちは日持ちのする菓子だ」
羊羹や煎餅、びん詰のジャムなんかもあった。ちょうちょの形の焼き菓子もある。
「玩具は『なじょ』だ?」
『なじょ』もしくは『なんじょ』とは、「どう」とか「如何」というような意味だ。
鮮やかな色使いのけん玉やヨーヨー、ビー玉やおはじきなんかもキレイだ。
「目移りするなぁ……」
ナツキは次から次へと見せられる品物に魅せられているようだ。
叔父は乾物を扱うおばちゃんからスルメを買っている。晩酌用なんだろう。師匠へのお土産もあるのかもしれない。
私は山ブドウのジャムを1瓶買った。あとでこのジャムを使ったお菓子を作って、ナツキとお嬢のプレゼントにしよう。
カツヤさんは高そうな万年筆を2本と、キレイな布を2種類買っていた。万年筆はお嬢とナツキの誕生日に、布は結婚したばかりのナツキたちのお兄さん夫婦に子どもができたらあげるつもりだという。
ナツキは散々迷ってお嬢にレースのリボンを、自分用にスケッチブックを買っていた。お嬢とは毎年プレゼント交換しているから、今年のプレゼントにするそうだ。スケッチブックはカツヤさんみたいに絵を描いてみたくなったらしい。そう言えば、カツヤさんが描いた祖母の小さいころの絵、鉛筆画だったけど上手だったなぁ。
ナツキがスケッチブックを買ったのを見て、叔父は絵の具と絵筆をプレゼントしていた。
「……いいの?」
「もうすぐ誕生日なんだべ? おめでとう」
「……あ、りがとっ」
フードの奥の表情は分からないけれど、途切れつつもナツキがお礼を言った。不機嫌そうな声になるのはナツキの照れ隠しだと知っている。
ナツキの誕生日を祝う人は今まで限られた人だけだったから、本当はすごく嬉しかったんだと思う。
翌日は日曜日ということもあって、叔父も私も泊まっていくことになっていた。ナツキがもうすぐ誕生日だと聞きつけた行商の人たちも一緒になって、その晩は大騒ぎの宴会をしたのだった。