【閑話】憧れのお姉さま
今年、私は運命の出会いを果たした。
植物農業学校に入学した私は佐々木恵美。運命の人は屋根裏組の先輩、鵜浦理宇さん。
彼女は私の癒やし、憧れのお姉さま。
そんなお姉さまと同室である猪股美沙希さんは、私のライバルだ。お姉さまを独り占めさせてなるものか!
だいたい、美沙希さんは授業のみならず、お姉さまと部屋で一緒に過ごす事ができるというのに、お風呂の時間までお姉さまを独占するなんて許せないっ! 私がお姉さまに抱きつくと絶対に邪魔してくる。なんなのよー!!
☆ ☆ ☆
お姉さまとの出会いは、初めてこの学校に来たときだった。
屋根裏組は入学式のだいぶ前から雇用契約のようなものを結んで、3月の終わりごろから仕事を始める。そのために私は3月下旬に寮に来た。学校に入学できるのが嬉しくて、張り切りすぎて、予定より2日ほど早く着いてしまったくらいだ。
初めて来た寮の玄関。早く来すぎたせいか、どこへ行ったらいいかの貼り紙もなくて、下駄箱はどこかしら……なんてまごついていた。そこへ割烹着のおばさまが通りかかったので挨拶する。寮の食堂の関係者だろうと思ったので。
「こんにちは~」
「こんにちは。あらあら、オガゾウリ、ハガイン」
え?
今、なんて言ったの? オカゾ……???
言葉の通じない世界に迷い出てしまったのかと冷や汗がにじみ出る。でも途中までは理解できる言葉だったのに、後半は何と言ったのか全然わからなかった。
呆然としていたところへ、お姉さまが通りかかったのだ。
「こんにちは。今のは『室内履きをお履きなさい』って意味だよ」
なんと!
あの意味の分からない言葉はそういう意味だったのだ! すごい! 私なんて聞き取ることすらできなかったのに!
「食堂のおばちゃん、すっごい訛ってるから。慣れたら大丈夫だと思うよ」
……あの意味不明の音の羅列に慣れるなんてことがあるんだろうか?
不安になったけれど、お姉さまの微笑みを見ていたら大丈夫って気がしてきたのだった。
あのときお姉さまが通りかからって、私は助けられた。
それだけではない。何かしら困っていると、さり気なく助けてくれるのだ。野菜の皮剥きのコツとか、水仕事で荒れた手肌に効く薬草が配合された化粧水とか。男の先輩からちょっかいを出されて困ってたら、さり気なくかわしてくれたりとか。
カッコいい! 私の憧れのお姉さま。そして意味不明のおばちゃんの言葉を教え、謎を解いてくれる私の癒やし。
猪股先輩には勿体無いわ!
絶対、絶対、独り占めなんかさせないんだから!!!
でも、この頃気づいたの。
猪股先輩だけじゃなく、網先輩や瀧先輩、それと甲斐先輩に野間先輩まで、さり気なくお姉さまを守っているのよ!
さすがお姉さま! 男女問わず、慕われているのですね! それでこそ私のお姉さま!
私もきっと、お姉さまのように後輩をさり気なく助け、男女問わず慕われる人間になってみせます!
『おか』もしくは『おが』は床の上のこと。
『おか草履』で『スリッパ』の意味になります。