あめる
梅雨の時期。さすがに雨が多い。
最近は屋根裏組の仕事が忙しくて、なかなかナツキに会いに行けないでいる。
お嬢もそこはちょっと不満らしいが、本宅へ行かなくてもいいということで相殺されているようだ。
イノマタ家の本宅には今ご両親とお兄さん夫婦が住んでいるらしい。
ご両親はナツキを腫れ物に触るように扱うし、お兄さんもナツキにはあまり関わろうとしない。お嫁さんにはナツキの存在を話してはいるようだが、ひどい怪我をして見た目が良くなくて引きこもっているとか他人に会いたがらないとかそんなことを言っているそうだ。
そういう家族の態度がお嬢の気に障るのだろう。カツヤさんはそんな息子夫婦たちのナツキへの態度をある程度しかたないと思ってはいても、それでも憤りがないわけではない。なにせ自分の母と妹は、そういう人たちに追い出されたようなものだからだ。
今は雨が小降りになる時を待って、牛舎で待機しているところだ。ついでに牛舎の掃除なんかもしているわけだが。今日は牧場の柵を修理する予定なのだ。このところの雨で土がゆるみ、柵が傾いているところがあるのだ。そのままにしておくと牛や馬を放牧できないため、急いで作業をする必要がある。もちろんこれは応急処置的なもので、梅雨が終わったらきちんとした柵を作りなおすことになっている。この時期はこんな風に小雨決行の作業が多いので、雨合羽は必需品となっていた。
「いや~、カッパの中って蒸れるなー」
「んだ。『あめる』わー」
カイがぼやいてノマが返す。
『あめる』と言うのは『腐る』というか食べ物が『悪くなる』という意味の方言だ。
ノマは蒸れて腐りそうだと言うのである。
「ノマが『あめた』ら、臭くなる前に埋めてあげる~」
「そうそう。蒸れてる段階で臭くなってそうだし」
アミとタキが便乗して話を大きくする。
「やーめーてー!」
「や、や、遠慮しねえで~」
ノマが困った顔をするのが面白くて、私も便乗してみた。
雨で不愉快そうだったお嬢も笑顔になった。
「リウ~! 『なった気して』んなよー」
ノマが『むつけて』しまった。
『なった気して』と言うのは『調子に乗る』とかそういう意味である。偉くなったような気がして、態度が大きいとか、そういうところから来ている方言かもしれない。
『おだった』のは私だけではないのだが、なぜだか私の言葉で『むつけ』られる事が多い。とどめを刺したような感じになるからだろうか……。
やっぱり自分は、そういう話には便乗しないほうがいいのかもなぁ……と反省するのだった。
☆ ☆ ☆
牛舎の掃除が終わったけれど雨の勢いが弱まらなくて、豚舎や鶏舎、厩舎も掃除してしまい、その日はそれで作業終了となった。柵はまた次の週末にするか、平日であれば専門課程の先輩方と農場長や家畜系の先生たちで済ませるかもしれないという話になった。
「ご苦労さんだったな~」
農場長がそう言って七輪で餅を焼いて、しょうゆをつけてのりを巻いてくれたのを『たばご』として出してくれた。
焼いた餅にしょうゆと海苔の香りが相まって、美味し過ぎる! シンプルな味付けであっさり食べられるのも良い。
しかし、農場長はのし餅を常備しているのだろうか……?
出産ラッシュの時期には泊まりこみもあるというから、そういう時の非常食なのかもしれない。
当初の予定と違ってしまい無駄足を踏んだような気になっていたけれど、こういうご褒美があるのなら、それもまたいいかぁと思ってしまうのだった。