まで
今日は田植えを終えた後の苗床だった「箱」をキレイに洗う作業が屋根裏組の仕事だった。
底面に小さな穴がポツポツあいた「箱」。稲の苗を取り出した後、その穴には土が入り込んでいるので、用水路に流れる水の中でタワシを使って洗っていく。ザッと洗っただけでは土が取りきれなかったりするから厄介だ。
「『までに』洗えよ~」
農場長から声がかかる。
『までに』というのは『丁寧に』という意味の方言だ。
タラタラと作業して時間ばかりかけていると、「なに『までに』やってだのー?」と揶揄されることもある。
穴から土を追い出すためにタワシで叩くように洗う。陽射しがあたたかくて、水もぬるんでいるから作業していて気持ちがいい。ヒバリの鳴く声も聞こえる。
「なかなかキレイにならないわー」
お嬢が愚痴をこぼす。
うん、お嬢はコツが掴めてない。仕方ないけど……。まぁ、やってるうちに分かってくるんじゃないかな?
私は傍観することに決めた。
あんまり手を出すと、本人のためにならないしね。
それにしても、自分が生まれ育った村は山間の谷だったから、こんな広い田んぼはなかったなぁ……としみじみ思う。
谷川の下流の村へ行けば、ちょっとばかりの平地に少し広い田んぼがあったけれど、大概は谷の斜面に作られた棚田だった。
小さな田んぼが並ぶ棚田は、畦にバッケやヨモギが生えて、よく採りに行ったものだ。
田んぼごとに積まれた「箱」を洗ってはリヤカーに積み込む。1つの田んぼが終わると次の田んぼへ移動するのだ。
次の田んぼに移動して用水路に箱を入れると、用水路で泳いでいたメダカが逃げて行ったり、泥の中にいたドジョウが逃げ出したのか泥の土煙が水に漂ったりする。一瞬、ドジョウを捕まえたくなったが、今は作業があったと我慢する。
その日の『たばご』はしょうゆ餡の団子だった。農場長の奥さんが手作りしたらしい。
素朴でホッとする味だった。
「あー、うめー!」
「んだべ? ウヂのかあちゃんが『までに』作ったがらよ」
農場長は奥さんにベタボレらしい。
ご馳走さまでした!




