ぎゃらご
春のあたたかな日。
稲の種まきを終え、苗代以外の田んぼにも水を入れ始めた頃。
ザリガニなどが田んぼの畦に穴をあけていないか見て回るのが、この土曜日の屋根裏組1年の仕事だった。
もちろん学校の田んぼなので、穴があいていたらふさがなくてはならない。
植物農業学校というだけあって、畑作から稲作、畜産に酪農、薬草・果樹など、専門に学ぶことができる…ということは、実践する場も用意されているということだった。
「あ、ぎゃらご」
背の高いノマが用水路を見て言った。
「ぎゃらご???ナニソレ、食えんの?」
入寮して1ヶ月足らずなので、カイはまだまだ方言初心者だ。
「んー、びっきの子ッコ」
「は? びっき???」
…うん、それじゃカイには通じないと思うよ?
案の定、カイは疑問符が頭の中を埋め尽くしている感じだし。
見せた方が早いかも。
「コレ」
「あー、カエルの卵!」
「んだ、ソレがぎゃらご」
「え? 何、びっきがカエルで、ぎゃらごがカエルの卵のこと!?」
「んだんだ」
実物を見て納得したカイ。
ノマもカイに慣れてきたのか、返事が訛ってきてる。
「えー、なんかカエルとか苦手なんだけど…」
アミはカエルに限らず、虫とかも苦手そうな気がする。
「そう?見てる分には何もしないし、触れって言われないかぎり気にはならないかなー」
タキは見るだけなら動じないのか。
「リウはどう?」
アミが小首を傾げた。
「えー、アマガエルくらいなら触っても平気かな…。ウシガエルとかは無理」
「うん、ウシガエルは俺も無理」
とノマが会話に混ざる。
「ウシガエルはオタマジャクシの時からでっかいよねぇ」
「んだがら!」
この場合の『んだがら』は「激しく同意する」って意味なんだけど、カイに通じてるかなぁ…?
あ、あの顔はイマイチわかってない表情だな。「だから」の続きを待ってるっぽい。
待ってても続きはないぞ、カイ。
「あ、エビガニの殻だ。この辺、よく見てみた方がいいかも」
「エビガニ???」
「えっと、ザリガニの方言」
ノマの方言が連発するので、つい補足してしまった…。
目立たないようにしようって思うのに、いつも失敗してしまう。
「あ、そっか。エビガニって雰囲気あるな」
カイが納得した声を出す。
まぁ、眼鏡の奥を覗かれなきゃ大丈夫…だよね?
「うん。殻があるってことは、この辺にいたってことだから、穴があるかもしんないし」
ノマの言葉にカイも頷く。
その辺りを重点的に見て、ノマの予想通り水が流れ出てる穴があったのでふさいだ。
「今日のお昼、何かなー?」
「おばちゃん、油麩丼って言ってた」
「え?親子丼じゃなくて??? 鶏肉ないの?」
「おばちゃんと寮監のお姉さんと2年の学年長の先生が、最近体重が気になるお年ごろみたいでさ」
「あー、みんなを巻き込んでダイエットってヤツ?」
「うん。土日は家に帰る人が多くて寮に残る人が半分くらいになるから、うるさいこという人も少なくなるし」
アミって、何気に情報通な気がする。どこから情報を仕入れてくるんだろう。
カイとタキとノマは肉がなくて悲しそうだ。
油麩というのはお麩を油で揚げたもの。
コレを鶏肉の代わりにして親子丼風にしたのが油麩丼だ。
けっこう食べごたえがあるんだけどなぁ。
育ち盛りには物足りないよねぇ。
ちなみに私は肉より魚派。アミは小柄なせいか、食が細い。
「あとで叔父さんからもらった煎餅出すから、食後の休憩のときお茶しよう」
とみんなの気をとりなすために言えば。
「叔父さんからもらった煎餅って、厚手のクッキータイプのヤツ?」
「うん、そう。落花生入りのヤツ」
「リウ!ありがとう」
「楽しみだー」
よかった、みんな浮上したみたい。
アミもお菓子は別腹みたいで、嬉しそうだし。
そのあとは明るい気持ちになって、残りの見回りを済ませたのだった。