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おふるめぇ

3月も終わりになる頃、ミサキさんのお兄さんの結婚式があった。

ミサキさんとナツキのお兄さんは、私たちの7つ上だそうだ。間にお姉さんがいたらしいけど、分家へ養女に行ったらしい。

そんなわけで、ミサキさんは結婚式の前日からお手伝いに行った。

私は、屋根裏部屋で一人になれる時間ができて、ホッとしていた。

ホッとしていたのだが……。


いくら兄の結婚式だからといっても、ナツキがそれに出席できるはずもなく、それなのにカツヤさんは祖父だから出席しなくてはいけなくて。

ナツキの凹み具合が半端ないとのことで、なんでか私が呼ばれた。

まぁ、ナツキの存在が隠されている以上、私くらいしかナツキついてられないってことは分かるけど。

結婚式の前夜、ナツキが結婚式に出席できないことになんだか納得いかない気持ちでいたら、「明日の朝、餅が届ぐべがら、受け取ってナツキさんと一緒に食べてけで」とカトウさんからお願いされた。


この辺では結婚式のことを『ご祝儀』とか『おふるめぇ(お振る舞い)』と言うのだが、『ご祝儀』はおめでたいことの意味で、『おふるめぇ』は餅を振る舞うことからきているんじゃないかと思う。

おめでたい時の餅はこしあんの「あんこ餅」だ。

結婚式や披露宴に出席する人は、朝、式に出席する前に結婚式がある家に行ってお餅を食べてから一旦着替えに戻るか、式の始まる前に準備をして早めに行ってお餅をご馳走になる風習がある。それ以外の式に出席できない小さい子や足の悪い年寄りなどがいる場合には、それらの各家までお重に入れた餅を届けるのだ。


ナツキがポツリと言った。


「俺、ミサキのときも、こんなかなぁ……」


双子の片割れのミサキさんが結婚するときも、ナツキはこんな風に一人で過ごすのだろうか。

それを思うと、なんだかモヤモヤした気持ちになる。

いくらミサキさんがナツキを受け入れてても、それだけではどうにもならないことだってある。

だいたいナツキのお兄さんだって、2~3回くらいしかナツキと会ったことがないという。親戚なら、全然会ったこともないだろう。あんまりだ。

私はナツキになんて言ったらいいか分からなくて、気の利いた一言も言えない自分に嫌気がさした。


「そのときも、一緒にいてくれるか?」

「……そのときどうなってるか分かんないけど、近くに住んでたら、一緒にいてもいいよ」


私は学校を卒業したら薬草師になる。その頃には叔父が薬草師見習いを終えて一人前になっているはずだから、一緒に谷に帰って、叔父を師匠として見習いになるつもりでいる。叔父も、あの谷で薬草師をするためにがんばっているのだ。

ミサキさんが結婚する頃、私がどこにいるか、まだハッキリしない。叔父が見習いを終えていれば谷に行くし、終えてなければ叔父と一緒にミウラさんのとこでお世話になってるかもしれない。

だから、ちゃんと約束はできないけど、そのとき近くにいたら、ナツキと一緒にやりきれない気持ちで過ごすのもいいだろう。それで、ナツキの気持ちが少しでも救われるのなら。



 ☆ ☆ ☆



次の日の朝、イノマタ家の本宅からお重が届いた。小さめのお重が2つと折が2つ。

普通ならあんこ餅くらいなのだけど、1つのお重にはあんこ餅、もう一方にはエビ餅が入っていた。さすがにご祝儀だけあって、エビ餅の沼エビは普段食べてる沼エビの倍くらいの大きさで立派だった。ご祝儀だからってのもあるけど、きっとイノマタ家の矜持とか威信とか、なんかそういうのが入ってて、できるだけ立派な沼エビを用意した気がする。

折の方は、きっと披露宴で出される料理なんだろう。そういう料理が入っていた。

一応、家族だからという気遣いがあるのかな? そうじゃなきゃカツヤさんかミサキさんが、雰囲気だけでもナツキと共有したいと気を遣ってくれたのかもしれない。

てか、折のお料理、私の分まである???

いやいやいや! 申し訳なさ過ぎるー! 私にまで気遣いなんて要らないのに~。

そう言って騒いでたら、「マタイトコなんだし、いいじゃん」とナツキ。

……今一瞬、マタイトコって言葉が上滑りして、脳みそが意味を理解するのを拒否しちゃったよ。

そういえば親戚でしたね、あなたと私。ミサキさんには秘密だけど!


朝ご飯は食べてしまっていたので、お餅と折はお昼ご飯としていただいた。

カトウさんが茶碗蒸しとお吸い物を作ってくれて、おめでたい席の雰囲気をさらに盛り上げてくれた。そのせいか、ナツキの気持ちも浮上してきたようだ。感謝である。

まだ少しナツキが心配だったけど、急に屋根裏組の仕事を抜けてきちゃったから、その日の夕方には寮へ戻った。

夜には、カツヤさんは無理だけど、ミサキさんがイノマタ家の別宅へ来て泊まるって言ってたから、きっとナツキは大丈夫だろう。


この世の中が、目の色なんて気にしなくていいようになったらいいのに……。

そう思いながら、ミサキさんがいない屋根裏部屋で、久しぶりにリラックスした私だった。



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