たろし
冬休みの終わりには、また食堂で「餃子」が出されて、長期休みのイベントを無事に終えた。
1月の下旬には再び授業が始まり、忙しい日々に戻っていく。
とは言え、冬の間は農場や薬草園の手伝いもそれほどはなく、週末は土日のどちらかでイノマタ家へお邪魔し、カツヤさんとナツキとカトウさんと過ごした。ミサキさんはご両親のご機嫌が芳しくないそうで、月1回来れるかどうかだと言っていた。
☆ ☆ ☆
冬休みが終わる頃、雪が降った。
いつもは薄っすらと積もる程度なのに、その日は珍しく10cmほど積もった。寮の前の道を雪かきする。薬草園や農場へ通じる道も屋根裏組へお仕事依頼された。
「『たろし』出来でだな~」
「本当だ。ずいぶんめんこい『たろし』だねぇ」
『たろし』は『垂氷』から来ていて、『つらら』のことである。
ノマが屋根から下がる『たろし』を見つけた。この辺はあまり雪が多くないので、『たろし』もそんなに大きくならない。うちの村は山奥だったから、けっこう大きな『たろし』が出来て、たまに落としておかないと軒下を通りかかったときに危険だった。でも、今見てるくらいの大きさなら当たってもそんなにダメージはないと思う。高い場所にできてるわけでもないし。
「うりゃー!!」
カイが『たろし』を落として遊んでる。……よく見たら、1本口に咥えてるし!
「カイ、美味しい?」
「うん!」
元気な返事だ。カイって、ときどきお子様になっちゃうよね。
☆ ☆ ☆
他愛もない、屋根裏組の日常の話。
カツヤさんは楽しそうに聞いてくれる。でも、ナツキは面白く無いみたいで、なんでかふくれっ面。
「ナツキ、『むつけてる』?」
「……別に」
外で活動してる話とか、ナツキにはダメだったかなぁ……。ナツキ、人目を気にして外には出られないから。
けど、イノマタ家の広~い庭の奥の方なら大丈夫なんじゃない? 滅多に人が来ないトコ。
「ナツキ、ここって温室あるんでしょ? 見てみたいんだけど」
庭の端っこにある温室。カツヤさんの趣味なのかここの庭には薬草が多くて、温室にも珍しい植物があるらしい。ナツキもサンルームでよく植物の世話をしてるから、きっと温室は楽しめると思う。
「ナツキ、案内してけで」
カツヤさんがナツキに私を案内するよう頼む。ナツキは渋々といった感じで立ち上がった。
今日はカトウさんの他の使用人さんもいるからか、フードは目深に被ったままだ。あのキレイな青が見られないのは、なんだか残念。
温室は、庭に出なくても行けるらしく、お屋敷の奥の方へ連れて行かれる。
ナツキを外に連れ出したかったんだけど、失敗したなぁ……。でも、気分転換にはなるから、いいかぁ。
「ここだ」
ナツキがそう言ってガラス張りの扉を開く。温室は全面がガラスでできていた。明るくてあったかい。
温室の中は思いのほか暑くて、植物に囲まれているからか、ナツキはフードをとった。光の中に青い目が出てくる。
そこには様々な植物があった。山の神の郷の図鑑でしか見たことがない真っ赤な花、ハイビスカスって言ったかな? 他にも見たことがない花がたくさん咲いていたし、香辛料の木があったり、ずーっと南の地方で栽培されている野菜が植わっていたり、それを教えてくれるナツキの顔も輝いていた。
「んふふ」
「なんだよ……」
思わず顔がニヤけてたみたいで、ナツキが訝しがる。
「なんでもないよ」
ナツキが楽しそうとか言ったら、きっとまたふくれっ面になっちゃうもん。ナツキってば『おしょすがり』だからね。
あとね、ナツキのキレイな顔が思う存分眺められて、ただただ嬉しい。いっつもフードに隠れてるんだもん。ニヤニヤが止まらないわー。
ミサキさんにそっくりなのに受ける印象が違うのは、ナツキの表情があんまり変わらないから。他人と接することが少ないナツキは、表情筋の動きが必要最低限と言えばいいのか……。対してミサキさんは表情が動き過ぎっていうか、キレイなんだけど、それが意識できないほどの百面相なのよね。この双子、面白い。
温室を見た後は、厨房に行ってカトウさんから『雁月』の作り方を教わる。
「ナツキは黒いのと白いの、どっちが好き?」
「……黒いの。白いのは歯に『ねっぱる』から食いづらい」
『ねっぱる』は方言なのかしら? 『くっつく』って意味だけど。
そうか。でも、今日教わるのは白い方なのよね。ナツキの好みは考慮されません。でも、ついでに黒い方も作っておこうか。
「じゃ、私は白いのを習うから、ナツキは黒いの作って」
「え? 俺も作んの???」
「うん。作って、食べ比べようよ」
白い方は米粉なら牛乳を入れて、小麦粉なら水で作る。ねっとりした食感が面白い。それが苦手な人は苦手かも。黒い方は黒糖を使ってフワフワの蒸しパンって感じ。
クルミをのせて蒸し上げる。
北のノコギリ谷だと黒い方が主流。うちは曾祖母と祖母がこの辺出身だから、白いのもたまに食べてた。懐かしいおやつ。白いのはこの辺でしか食べられてないのかも。
曾祖母から習っておけば、カツヤさんに食べさせて上げられたのかな……なんて考える。
出来上がった雁月を食べ比べて、やっぱりナツキは白いのが苦手って言うから、なんだか笑ってしまった。




