あばいん
元旦。元日の朝だ。
冬の遅い日の出の頃、いつもなら朝食の時間だけど、今日は初詣に行く。
料理人のおばちゃん──カトウさんというそうだ──とナツキと私の3人で……と思ったら、叔父もついてくるという。
「伯父さんも『あばいん』」
そう言って叔父がカツヤさんを誘ったけれど、自分が行くと目立ってしまうからと断られた。地域の有力者だもん、目ざとい人は見つければ寄ってきちゃうんだろうな……。
『あばいん』というのは『行きましょう』という意味の方言。『あべ』『あんべ』といえば『一緒に行こう』という意味で、『あばいん』というのはもっと丁寧な言い方なのだ。
いつものようにフードを深く被ったナツキは、今までこんな風に外に出たことがないのだという。誰かに見られた時のことを考えているのか、何度もフードを引っ張って気にしている。きっと緊張感がものすごいんだろうなぁ……。
カトウさんに案内してもらって、4人で連れ立って歩く。
チラチラと雪の降る冷たい空気に、新しい年の空気が宿っているようで、身が引き締まる思いがした。
神社の参道には献灯の提灯が連なっていたけれど人影はなく、本当に穴場の時間のようだった。これならナツキも気を張らずに済む。
お参りをして、来た道を戻る。
ここまで誰にも会わなかったせいかナツキは緊張感も薄れたようで、もの珍しそうにあちこちを眺めていた。ずっとお屋敷の中にいて、人に会わないように過ごしてた彼には、何でも新鮮に見えるのかもしれない。
帰り道、一度だけ人とすれ違った。ナツキは人影を見た瞬間に硬直していた。
すれ違った人はカトウさんと顔見知りらしく、子どもさんと一緒に初詣に行くところだったようだ。簡単に新年の挨拶をして、子どもさんに引っ張られて行った。
その人たちが去った後、詰めていた息を吐き出したナツキ。何事もなくて、良かった。
お屋敷に帰り着くと、ナツキは脱力してしまったようで、ソファに突っ伏してしまった。
「お餅、何個食べるー?」
「あんこ2コ、納豆2コ、おつゆ1コ」
「オラはあんこ1コ、納豆1コ、おつゆ2コ」
「ナツキは?」
「……祖父さんと同じ」
「足りる?」
「……足りねがったら自分で焼ぐ」
初めての外出で、いきなり『がおって』いるようだ。
言われた数と、自分とカトウさんが食べる分ののし餅を出して焼き始める。
火鉢に網をのせて、まずはあんこ餅の分から。あんこは年末に多めに作っておいたやつ。少し水を足してかき混ぜながら温める。カトウさんはおつゆの鍋を火にかけて、納豆を『かまし』始めた。おつゆ餅のおつゆは『ズイキ』入りだ。美味しいものではないけど、コレが入ってないとお正月って感じがしない。
朝ご飯と昼ご飯を兼用したような食事をして、昼からはのんびりする。
「そう言えば、ミサキさんには私の目のことは言わないで欲しいんだけど……」
「なんで?」
「学校でバレたくないので、知ってる人は少ないほうがいいかなって」
「んだね。……したら、俺の目のことをリウに知られたって分かられない方がいいべなぁ。『なんで目のこと教えた?』って聞かれたら、説明しづらいから」
「あぁ、んだがも知れねぇな」
叔父やカツヤさんも同意したので、ミサキさんには私たちとの血縁関係も内緒ってことになった。
うん、親戚だって知られて、ミサキさんに私の実家に行きたいとか言われても面倒だもんね。
そう言えば、私とカツヤさんの関係ってなんて言うんだろう?
「リウの祖母ちゃんの兄だがら、大伯父……だべなぁ」
叔父が考えながらそう教えてくれた。
あ、そっか。山の神の郷に住んでる私の祖父の弟も「大叔父」だもんね。漢字で書くと違うけど、読みは一緒。
ちなみに山の神の郷に住んでる「大叔父」は髪も目も黒くない人だ。山の神の郷でスイコウサイバイってのを研究してるらしい。祖父は髪も目も黒いけど、大叔父と祖父たちのお母さんと一緒に逃げてきたんだって言ってた。
山の神の郷には目か髪の色素が薄い人なら住むことができる。うちの村では、色素が薄い子は基礎学校が終わったときに、山の神の郷に住むかどうか選択を迫られる。普通に村に住んでもいいけど、色素が薄いと他所から人が来たときは隠れないといけないから、ちょっと大変だ。山の神の郷は隠れ里だから、他所の人が入り込むことはないし、そういう意味では何の心配もなく暮らせる。
私は薬草師の資格が欲しかったから、無理を言って村の外に出してもらった。本当は色素が薄い子は村の外に出ちゃいけないことになってて、家族みんなから反対されたし、村長にも止められたけど、がんばって説得して、たくさん勉強も手伝いもして、なんとか許してもらった。私の両親はうちの村で生まれ育ったのもあって、反対もそんなじゃなかったけど、祖父母の反対は強固だった。祖父も祖母も色素が薄い子に対する世の中の普通の人たちの反応を知ってるから、すごく心配したんだと思う。それでも、最後には私の希望を叶えてくれたけれど。
イノマタ家へ来るようになって、ナツキの暮らしぶりを見て、祖父母が心配してたことを本当の意味で実感した。黒い目と髪しか見たことがない人たちは、色素が薄い目とか髪とか受け入れられないんだろう。カツヤさんみたいに受け入れてくれる人もいるけど、そういう人は少数派なんだと思う。
今年はナツキにとって、今までとは何か違う年になったらいいなって思った。




