お年越し
年度末に年末のお話です……汗
翌日は大晦日。
使用人さん達が休み前に大掃除を済ませてくれていたので、大晦日はお年越しのご馳走づくりだ。
私が住んでた村もそうだけど、この辺でもお年越しにご馳走を食べて年神様をお迎えし、お正月はのし餅を焼いて食べて、のんびり過ごすのが習わしだ。
あとは年神様をお迎えするのに、新米を炊いて神棚にあげるくらいかなぁ……。
井戸とかあちこちに「御幣」って言うのかな? 和紙を切って「紙垂」を作り、細い笹竹の先を割って挟んだものが飾られていて、そのあたりの新年の準備も万端。
お年越しのメニューは、豚すき焼き、茶碗蒸、いなり寿司と太巻き、鶏肉と芋の子入りの煮物、天ぷら、お吸い物、豚ひき肉入りのきんぴらごぼう、ほうれん草のおひたしの海苔巻きなどなど。
すき焼きは牛肉のときもあるけど、豚肉のこともある。カツヤさんは豚肉の方がお好みらしい。家主に合わせるのは当然よね。私も叔父もこだわりはないから。
お年越しの前にお風呂をいただいた。
さっぱりしてお年越しにのぞむ。
叔父さんとカツヤさんは最初からお酒が入って、終始楽しそうだった。
ナツキは何かちょっと緊張している。
「俺、シュウさんに話があるんだ」
シュウとは私の叔父の名前である。
叔父さんが酔う前に、ナツキは目のことを叔父さんに言うことにしたらしい。料理人のおばちゃんも、茶碗蒸の様子を見に厨房に行ってるから、ちょうど良いと思ったんだろう。すごく緊張しているのが分かる。
「オラも2人に話がある」
叔父さんが真面目な顔になった。カツヤさんが「オラが言う」と叔父さんを止めた。
「リウちゃん、お前さんの祖母ちゃんは、オラの妹だ」
カツヤさんが爆弾発言をかます。
え? 今、なんて? いきなり過ぎて言葉が頭に入ってこない。
「シュウくんは、オラの甥っ子だ。だがら、ナツキとリウちゃんは『またいとこ』だな」
はぁ? またいとこ???
ナツキと私が血縁関係!?
「じゃ、じゃあ……」
ナツキは恐る恐るフードをおろして、青い目を叔父さんに見せる。
「キレイな目だなや」
緊張した表情のナツキの目を見て、叔父さんはニコッと笑う。
「オラの母ちゃんも空色の目だがら、大丈夫だぁ」
「んだ。ハルの目が空色だったがら、オラはナツキの目ぇ見て、イノマタの血筋だって思ったんだぁ」
カツヤさんがナツキの様子を見て言った。ナツキは静かに涙をこぼしている。
あぁ、このメンバーの前でなら、ナツキはありのままでいられる。
「父ちゃんも母ちゃんも、おっ、俺の顔がミサキにそっくりだから、じ、自分たちの子だって、思ってるって、仕方なさそうに……。ミサキのことは抱っこしたり、頭をなでたり、でっ、でも、俺が近寄ると困った顔して、抱っこも、頭をなでるのも、おっかなびっくりで……。俺は、ミサキの、オマケみたいなもんなんだなって、そ、そう、お、思って……」
「大丈夫だ。ナツキはミサキのオマケなんかでねぇぞ」
「んだ。ナツキくんの目の色は先祖返りなだげだがら。リウの目だって黒ぐねぇがら、大丈夫だぁ」
料理人のおばちゃんが戻ってきたので、ナツキは涙をグイッと拭いて、またフードをかぶり直して黙々と料理を食べ始めた。
カツヤさんも叔父さんも、そんなナツキの様子をあたたかい目で見守っている。
夜も更けてお腹がいっぱいになってくると、大人たちはお酒を酌み交わしながら話し込み、私とナツキはおばちゃんと3人でお茶を飲みながら落花生をつまんだ。
おばちゃんは近くの神社に初詣に行こうかって話している。朝食後あたりの時間には人気が少なくなって良いらしい。私も行ってみようかなぁと呟いたら、ナツキも行きたいと言い出した。それは珍しい事だったようで、おばちゃんが涙をにじませながら「一緒に行きましょう」と微笑んだ。
そのうち、カツヤさんがそっと席を外したかと思うと、スケッチブックのようなものを持ってきた。中身はカツヤさんが描いた絵で、その中には私の祖母ちゃんの似顔絵もあった。
「こんでぇ、まるっきりリウだべっちゃ!」
「んだがら。リウちゃん見だどぎ、ハルがど思ってたまげだったぁ」
小さい頃の祖母ちゃんの似顔絵は、私にそっくりだった。
「ミサキがそれ見で、祖父さんの初恋の人がど思ったみでぇで。あと、学校でリウにそっくりって気がついて。祖父さんに会わせてみるべって……」
ナツキがミサキさんの思惑を暴露した。
そ、そんなことを考えていたとは……!
「はっはっは! 初恋でなくて妹だったけんとな!」
カツヤさんは自分の妹がイノマタ家本宅の屋敷の奥で隠されるように育てられていることを知っていて、こっそり会いに行って一緒に遊んだりしていたらしい。もちろん、そこにはカツヤさんの母もいて、母恋しさもあったそうだけど。
私の祖母とカツヤさんは6歳違いで、祖母と曾祖母が逃げ出した頃にはカツヤさんも16歳だったから、自分の母をとられたって気持ちはなくて。2人が虐げられていることも知っていたから、逃げ出してどこかで元気で笑っていて欲しいと祈っていたそうだ。
5年前に曾祖母が亡くなったことを告げる。でもたくさんの家族に囲まれて逝ったことを伝えると、カツヤさんは「そうか……」と寂しそうにしながらも笑みを浮かべた。
そんな寂しそうな顔を見ていられなくて、曾祖母との思い出を語る。叔父もそれに加わり、面白おかしく話して聞かせた。祖母と祖父が『なます』で夫婦喧嘩した話なども。
「ハルは、オラの妹は、幸せになったんだなぁ……」
カツヤさんはしみじみと呟いて、フフッと笑った。
そうやって、私たちは新しい年を迎えた。