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着どころ寝

眠りから覚めた瞬間の、ナツキさんの目を見てしまった私は、驚きに硬直していた。


ナツキさんの目が青い。

黒目黒髪が普通の、この世の中で。

それは彼が隠したかったこと。

だから彼はいつもフードを目深に被って、顔の上半分がよく見えないようにしていた。そして、お客の前にはなるべく出ないようにしていた。それが何故か、私の前には出て来ていたのだけれど。


「今見たことを忘れろ!」

「……無理です」

「忘れろよ!」

「無理です。でも、誰にも言いません」

「……誰にも言わないって、本当にか?」

「当然です」

「本当に言わないんだな!?」

「はい」

「絶対だぞ!!」


言えるわけがない。私だってナツキさんと同じ、黒い目じゃない人間だ。なのにナツキさんは私が信用ならないらしくて、何度も何度もしつこいくらいに口止めをした。

どうしよう? 彼に信用してもらえるように、自分も同じだって眼鏡をとって見せるべきだろうか……?


「絶対、絶対、言うなよ! ミサキにも、祖父さんにもだ!」


そこまで? あの2人はナツキさんの家族で、血縁で、きっとナツキさんの秘密を知っている。私が見てしまったことを言ってもいいと思うんだけど、違うのかな???

だいぶ躊躇って、私は一大決心をする。


「大丈夫、言いません。その代わりに、私の秘密も教えます」


決心した割に緊張感がすごくて、声が震えてしまう。私は意を決して、ナツキさんに眼鏡をとって見せた。明るい中では薄っすらと色づく特別製の眼鏡を。

明るい光の中で、眼鏡をとった私の目の色はきっと隠されていない。黒ではない、灰色の、私の目。

ジッと私の顔を見たナツキさんは、気がついて、息を飲み、固まった。


「……お前」

「誰にも内緒ですよ」

「……」


私もナツキさんも視線を外せない。ジッと見つめ合う。


「……その代わり、私も言いません」

「……わかった」


そのときドアが開く音がして、私は慌てて眼鏡をかけた。ミサキさんが入ってきて私たちを認める。


「話し声が聞こえたから。……ここにいたのね」

「ナツキさん、日向ぼっこして『着どころ寝』してたようです」


『着どころ寝』というのは『うたた寝』のこと。寝間着にも着替えずに、そのままその場所で寝ちゃったって感じだろうか。


「起きたのならお茶にしましょ」


3人で連れ立って移動する。

その後は何事もなかったようにお茶をした。

いつもと違うのは、ナツキさんが最後まで席を外さなかったこと。

見送りのとき、ぶっきらぼうに小さい声で「次はいつ来るんだ?」と聞いてきた。


「では、また来週に」


私はナツキさんだけでなく、カツヤさんにも聞こえるように挨拶をして、イノマタ家を辞した。



 ☆ ☆ ☆



寮に戻ってアミとタキと他愛無い話をしながらも、私はナツキさんのことが頭から離れなかった。


カツヤさんとナツキさんが住んでいるあの屋敷は、イノマタ家の本宅ではなく、カツヤさんのための別宅なんだそうだ。ミサキさんは本宅に自分の部屋があるそうで、私をカツヤさんに紹介したくてあの屋敷に連れて行ったのだという。ナツキさんは「親とは気が合わないから祖父さんのところにいる」と言っていた。

ミサキさんも「ナツキは両親よりもお祖父様に懐いているから……」と言っていたし、両親と合わないというのは本当なんだろう。

たぶん、ナツキさんの目の色が原因なんだ。この世の中では黒とか焦げ茶目とか、暗い色でない目は異端だから。

でも、カツヤさんは青い目のナツキさんを受け入れている。

カツヤさんのような人が私の祖母にもいれば、祖母は今でもこの土地で暮らしていたのだろうか……。けれどそうだとしても、きっと家の外に出ることは難しかっただろう。

ナツキさんも、あの屋敷の中だけで生きている。外にはもっとずっと広い世界が待っているのに。ナツキさんの世界は、あの屋敷だけだ。

私の祖母はあの村では平気で家の外に出られる。畑へ出かけたり、山へ山菜を取りに行ったりもする。普通に近所の人と井戸端会議をして、目の色を隠す必要もない。あの村では色素の薄い人など珍しくもないのだから。


祖母とナツキさんと、どちらが幸せなんだろう。


そんな考えが私の頭の中をグルグルと回っていた。いや、もちろん、幸せなんて人それぞれだから、本人以外には分からないけれど……。


「リウ、リーウー?」


タキの声が聞こえて、私は考え事に沈んでいた意識を戻した。


「どうしたの? 難しい顔して」

「んーん、なんでもない。ただ、定期試験が近いなぁって……」

「そうよね~。今度はどんな試験があるのかなぁ……」

「特に薬草学が問題よね」


アミが憂鬱そうな声を出す。

前回の試験は、番号のついた薬草の葉っぱを見てその薬草の名前を解答欄に書いたり、すり潰された薬草を食べてその薬草の名前を答えた上でその薬草の効能を上げさせられたり、なんかもう大変だった。……さすがコマツ先生が考えた試験。性格が出てる……と思う。


「先輩に聞いたらさ~、去年はリンゴのスライスを顕微鏡で見て、品種を答えるとかあったらしいよ」

「それ作物学?」

「うん、そうみたい」

「今年はリンゴの欠片を食べて品種を答えるとかありそうよねー」


一筋縄でいかない先生が多いからなぁ……。

ナツキさんの問題は考えても仕方ない。今は試験のことを考えよう。

私は気持ちを切り替えた。



眼鏡は黒目の人には死守ってことで……(^_^;)

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