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どんぶく

イノマタ家訪問から1ヶ月、だんだん寒くなってきた。

あれから、なぜかミサキさんに懐かれたようで、学校でよく話しかけられるようになった。寮でも暇があれば寄ってくる。なんなら屋根裏組の仕事を手伝おうかという勢いだ。なぜだ。私のどこが気に入ったというのか、さっぱり全然分からない。

農繁期も過ぎ去り、土日の屋根裏組の仕事も少なくなったので、ときどきイノマタ家にお邪魔してカツヤさんと話をする。ナツキさんは相変わらずフードの下からじっと私の顔を凝視しながらお茶を飲み、しばらくすると諦めたように自分の部屋へ帰っていく。何がしたいのかナゾだ。

ミサキさん曰く、ナツキさんが客人の前に姿を現す事自体珍しいことらしい。でも私が行くと毎回出てくるので、気に入られたんじゃないかと言う。……いや、ないって。あんな睨みつけてるような雰囲気で気に入ってるとか、ありえないでしょ。

イノマタ家に行くと、ときどき料理担当のおばちゃんから料理を教わる。ミサキさんも一緒だ。

ミサキさんは料理をしたことがなかったらしく、包丁の持ち方からして危なっかしい。見ているこっちがドキドキする。


「『包丁(ほいじょ)』を持つときは、もっと肩の力抜かねばわがねよー」


『ほうちょう』を『ほいじょ』というのも方言なんだろうな。


「リンゴの皮を途中で切らねえように剥いでみで」


ミサキさんは練習としてリンゴの皮剥きを言い渡された。あとでジャムにするらしいので、私も皮剥きに参戦する。

私としては8等分くらいに割って、それから芯をとって皮を剥くのが楽でいいんだけど、ここはミサキさんの練習に付き合ってまるごとのリンゴをクルクル回しながら皮を剥いた。


「親指を添えて、『ほいじょ』を動かすんじゃなくてリンゴの方を回すといいっけよ」


何個か剥くと、ミサキさんも少し長く皮をつなげて剥けるようになった。

リンゴを何等分かに切って芯をとり、5mmくらいの薄切りして鍋に入れる。ジャムを煮るのはおばちゃんに任せて、私たちはクッキーを焼くことにした。クッキーのレシピなら私も分かっている。

さすがに包丁を使わない作業は危なげなくこなしていくミサキさん。クルミ入りのと干し果物入りのと普通のの3種類を作った。けっこう上手に焼けたので、午後のお茶のときにカツヤさんにも食べてもらおうということになった。


「寒ぐなってきたねぇ。『どんぶく』出してあったべか?」

「『どんぶく』なら出してありますよ~」


カツヤさんは寒そうに部屋に入って来て、ミサキさんに『どんぶく』の在り処を聞く。

『どんぶく』とは『綿入り半纏』と言えばいいのか。地域によっては『はんちゃ』と呼ばれるものである。寒い時期には必需品だ。

ミサキさんが少し席を外して『どんぶく』を持ってくる。黄色の地に黒の格子のよくある柄の『どんぶく』だった。

『どんぶく』を羽織ったカツヤさんはホッとしたようだ。あったかいんだろう。


「年とったせいか寒がりでねぇ」

「あったかいお茶をどうぞ」


ほうじ茶にクッキーでお茶の時間だ。


「ナツキは?」

「そういえば、部屋にもいなかったんです。どこへ行ったんだか……」

「探してきましょうか?」


だいぶイノマタ家に慣れてきた私も捜索に加わった。


「私は2階を見てきますから、リウさんは1階をお願いします」


2階はプライベートな部屋も多いからミサキさんが、1階は私が見て歩くことになった。

和室や茶の間などにも姿が見えないなぁと思いつつ、サンルームと言われる大きなガラス窓のある部屋に来た。

誰かがその部屋のソファに座っている。ナツキさんだろう。

近寄ってみると、ナツキさんは日当たりの良いそのソファで気持ちよさそうに眠っていた。フードが後ろに落ちてしまっていて、ミサキさんにそっくりな、でも髪の毛の長さが違うからナツキさんだと分かる寝顔を凝視してしまう。

アザも傷跡もない、キレイな肌。眉毛のカーブも鼻の形も顎のラインや唇の形も、すべてが絶妙で見とれずにはいられない美しさ。

ミサキさんも黙ってジッとしていれば、すっごい美人さんなんだけどなぁ……。包丁を持たせて料理させると、もう大変に残念すぎて、動いている間はその美しさが気にならない不思議。

気持ちよさそうな様子に声をかけようかどうか迷って、風邪をひかないように毛布か何か……と思って周りを見渡すと『どんぶく』が目に入った。カツヤさんのと色違いの青い格子柄のそれをナツキさんにかけてあげる。そうすると、人の気配に気がついたのか長いまつ毛が震えた。ゆっくりと瞼が開く。


「……ん」


私は動けなかった。黙ってナツキさんの顔を見つめる。

目を開いたナツキさんは少しの間ぼんやりとしていたけれど、ふと気がついて私の顔を見て固まった。

大きく目を驚きに見開いたあと、ババッとフードをかぶり直し、慌てて顔を隠す。


「……見た?」


私は声も出せずに首を縦に振る。

見てしまった。

きっと、彼が隠したかったものを。


「忘れて!」


いや、忘れられないよ、こんなの。

どうしよう、彼は隠したかったに違いないのに、私は、見てしまった。


ナツキさんの目が青いのを。



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