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おしょすい もしくは おしょしい

どうしようどうしようどうしよう……。

ダラダラと背中に冷や汗をかきながら頭をフル回転させる。

眼鏡を取ったら、目の色がバレちゃう。黒目が普通の世の中で、私の灰色の目は異端だ。バレたら学校にいられなくなってしまう。それは避けたい。

でも、下手に地域の有力者に逆らったら、消されてしまうんじゃあるまいか。もうそれは、自分という人間が元からいなかったかのように、痕跡すら残さずに。

この状況を帰る何か、何かないか、何か……。

ナツキさんの様子をジーッと見て、目深に被ったフードが目に入る。


「えーっと、ナツキさんがフードをとって見せてくれたら、私も眼鏡をとりましょう」


どうだ! この交換条件ならどうよ!? ……いや、私には何の得にもならないけど。それに傷跡とかアザとか、ナツキさんが隠しておきたいものによっては、酷く失礼なことだと分かってはいる。だが、私にとってもこの眼鏡はそのくらい重要なんだって、伝わってくれたらいい。

ナツキさんはギクリと固まって、私の顔をジーッと見てきた。低い唸り声さえ聞こえた。


「~~~~~っ! 眼鏡とったらフードもとる」

「フードとったら眼鏡もとります」

「~~~~~~~~~~~~」


聞こえてくるのはナツキさんの声にならない唸り声だけ。真剣な睨み合いである。

どのくらいの間、睨み合っていたのか。しばらくそうしていると、ミサキさんとカツヤさんが戻ってきた。


「突然席を外してしまってすみません」

「いえいえ、おかまいなく」


ナツキさんと私の間にあったピリピリした空気を、カツヤさんが粉砕してくれた。


「ナツキが一人でお客様の応対してくれるなんて珍しいね」


確かに、人前でフードを取らないような人は、お客さんをおもてなしなんてできないだろう。私と2人きりになったってことは、普段のナツキさんから考えれば珍しいことなのかもしれない。

しかし、ミサキさんとカツヤさんの2人が戻ってきたことで、ナツキさんは私の眼鏡のことは諦めてくれたらしい。


「たまにはね……」


そんなことを言って、私にはもう興味が無いとばかりにナツキさんは部屋を出て行った。


「ナツキは、いっつもなら他所(よそ)の人には『おしょす』がってわがらねぇんだけんとね」


カツヤさんが方言バリバリにそういうと、ニヤリと笑った。わー、なんかお茶目な感じ。

『おしょすい』もしくは『おしょしい』とは『恥ずかしい』という意味の方言。ナツキさんは恥ずかしがり……なのかな?

それにしてもカツヤさんは普段は方言バリバリの人なのかもしれない。一応、地域の有力者一族って立場もあって、それなりの話し方をしてたんだろう。

思わずフフフっと笑ってしまった。気を許してもらったようで、ホッとする。


その後、カツヤさんからは学校の様子など尋ねられ、屋根裏組の仕事の話をすると興味深そうに聞いてくれた。

思いのほか話が盛り上がり、お昼ご飯までご一緒してしまった。


「いやぁ、おもしぇがった。また来てけらしぇ」

「お祖父様、ウノウラさんにも都合があるでしょうに」

「いえいえ。屋根裏組の仕事がなくて、カツヤさんのご都合がよければ、また来ますね」


そう言ってイノマタ家を辞する。

帰りはミサキさんはお屋敷に残るとのことで、私一人のために馬車を出してもらった。

馬車に乗り込むとき、ふと上を見上げたらナツキさんらしき人の影が2階の窓に見えた。来た時と違ってサッと隠れることもなく、じっとこちらを見ている。なんとなくナツキさんにも会釈して、馬車を出してもらった。



 ☆ ☆ ☆



寮に戻ると、アミとタキが私の顔を見て駆け寄ってきた。


「どうだった?」

「イノマタさん家、すごかったんじゃない?」


そう言えばタキの下の名前ってミサキだったっけ。聞いてみれば、タキとイノマタさんは同じクラスだから、ミサキだと紛らわしいので苗字で呼び合っているそうだ。

イノマタ家の話はしない約束だけど、屋敷の立派さとか出された食べ物の高級感とかくらいは語っても良いよね?


「広いお庭に花壇があって、その他に薬草園もあったよ。あとね、お茶うけの羊羹がかたいの! 小豆の密度が違うっていうか。クロモジで切るのにかなり力が必要だったよ! それから、お昼ご飯には松茸ご飯が出てきた! びっくりしたよ~」


お昼ご飯の豪華さには参りましたよ、ホント。茶碗蒸なんて、うちじゃ『お年越し』くらいにしか食べないわー。まさにお年越しのご馳走って感じだった、普通の週末なのに! さすが有力者一族サマだと思った。


「へぇ~。……で、何か言われたの?」

「わざわざ学校の創設者一族に呼ばれたでしょ。何の用事だったの?」


あ、そういうの、心配してくれてたのかな?


「えっと、私の家族のこととか、屋根裏組の仕事の話とか聞かれたよ」

「家族のことって?」

「両親とか、じーちゃんばーちゃんの名前とか」

「それだけ?」

「うん。元気かってことと、名前だけしか聞かれなかったよ」

「はぁ……。もっとなんか深刻なことかと心配しちゃったわー」

「いや、なんか、屋根裏組の話が面白かったらしくて、また来いって言われた」


ナツキさんのことだけは言わない方がいいと判断して、それ以外の当り障りのないことだけを話す。


「リウが何か嫌なことされたり言われたりしてないか心配だったさー」

「イノマタさんの名指しだったんでしょ? 何があったかと、けっこう心配してたのよぉ」


私も不安だったけど、ナツキさんのことさえなければ、概ね楽しい時間を過ごさせてもらったと思う。今朝までのあの緊張感は何だったのかと拍子抜けしちゃった感じだ。

ナツキさんとの睨み合いが一番疲れたかも。


「うん、私も緊張してたみたいで、アミとタキの顔を見たらホッとしちゃった」


立ち話もなんだからと、リラックスするためにアミとタキの部屋に移動することに。コマツ先生からもらったハーブティーをいれ、3人でしばしおしゃべりに花を咲かせたのだった。



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