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ピンチ到来!?

土曜日の朝、食堂の後片付けを手伝っていたら、強引美人のミサキさんが迎えに来た。


「そろそろ出かけられるのかしら?」

「あ、そうですね。もう少しで終わるので……」

「じゃあ、その辺に座って待ってるわね」


ミサキさんは私服で、白い丸襟ブラウスにベージュのキュロット、ピンクのカーディガンを羽織っていた。

なんか品が良さそうな感じ。……っていうか、美人が着れば何でもステキに見えるって本当だな。

そんなことを考えていたら、なんか落ち込んできた。私は背が高くて手足が長いので、紳士物の方がサイズが合うから、あんな可愛い感じにはならないのだ。


「お待たせしました」


食堂の手伝いが終わり、手伝い用のエプロンを外したら出かける準備は完了だ。

どんな格好をしたらいいか分からなくて、とりあえず学校の制服を着ている。無難な選択だと思う。


「じゃあ、行きましょうか。……表に迎えが来てるから」


寮の玄関口に立派な馬車が来ていた。ちゃんと屋根もあるやつだよ! ……と言っても2人乗りの小さいもので、馬は1頭だけだけど御者さんもいる。

うん。住んでる世界が違う感じ。こんな立派な馬車、初めて見たよ。いつもせいぜい荷馬車に乗る程度だったからなぁ。私なんて場違いなんじゃないだろうか。

呆然としていたら、御者さんが踏み台を置いて乗りやすいようにしてくれた。


「お先にどうぞ」


ミサキさんが促すので、恐る恐る乗り込む。座席にクッションも置いてあって、至れり尽くせりだ。

布を渡されてどうすればいいのか戸惑っていると、ミサキさんが膝に布を広げたので膝掛けだったのかと思い至る。慌てて自分も膝掛けを広げた。


「出しますよ」


御者さんがそう言って馬車を出した。

思ったより乗り心地がよくて──と言っても普段は荷馬車だから比べたらダメなんだろうけど──感動している間に大きな門構えのお屋敷に着いた。

えっと、ミサキさんって寮に入らなくても通える距離なんじゃない? と思ったけれど、うちの学校は家畜の世話が割り当てられることがあって、そのせいで全寮制だから仕方ないなと考えなおした。いくら創業者一族と言っても、その辺はえこ贔屓できないんだろうし。


「ここがお祖父様のお屋敷なの」


そう言って、御者さんが用意してくれた踏み台を使って馬車を降りるミサキさん。私もそれに続いた。

お屋敷は2階建てで、門から玄関までの距離もそれなりにあり、広い敷地にびっくりした。

花壇には様々な植物が植えられていて、花の盛りは見事なんだろうな……と思わされた。庭の一角には薬草園があるようだった。さすが、うちの学校の創設者一族サマ!

お屋敷は大きくて、何部屋ぐらいあるんだろう、掃除が大変そうだな……と考えながら眺めていたら、2階の窓に人影が見えた。でも、こちらに気づいたのか、すぐに見えなくなった。


「お祖父様! この方よ」


ミサキさんが声をかけた方を見ると、ミサキさんのお祖父さんらしい人が庭の奥から歩いてくるところだった。庭仕事をしていたのか、ツナギを着ている。

うちの祖母ちゃんよりは年上かな? 真っ白な髪の毛。昔は美男子だったんだろうなって雰囲気。

お祖父さんは私を見た瞬間、驚いたように目を見開いた。


「はじめまして。ウノウラリウと言います」


自己紹介をして、なるべく丁寧にお辞儀した。


「はじめまして。イノマタカツヤ、ミサキの祖父です」


カツヤさんは挨拶をしながら、私の顔を探るように見た。

なんだろう? そんなに見つめられると居心地が悪いんだけど……。


「お祖父様、お客様を立たせたままでは失礼だわ。中に入ってお茶にしましょう」

「……そうだな。ナツキも呼んでやりなさい」

「え? でも……」

「では、着替えるついでに私がナツキを呼びに行くから、お前はお茶の用意を頼む」

「はい。分かりました」


ナツキさんという人も呼ぶらしい。でも、何故かミサキさんが躊躇したようだった。カツヤさんが呼びに行くと言ったら、渋々了承したようだけど。


「ウノウラさん、これからここで見たことは他言無用に願いますわ」

「はぁ……」


なんだろう、ここで見たことを他の人に言ったら消されちゃうんだろうか。有力者だもん、秘密裏に人一人消すなんて簡単にできそうで怖い……。


屋敷の中はフッカフカの絨毯が敷かれていて、土足で踏み込むのが躊躇われた。玄関にマットが敷いてあって、それで靴の汚れをキレイにしても申し訳ない感じが否めない。

応接室には立派な革張りのソファが置かれていて、一枚板の分厚いローテーブルは見事としか言いようがない。置物とか絵とか、派手さはないけど落ち着いた感じの、良いものを選んで置いているようだった。

使用人の方がお茶の道具がのったワゴンを運んで来たけれど、すぐに退室した。ミサキさんが湯のみを温め、急須に茶葉を入れている。

なんとなくミサキさんの手元を見ている間に、着替えたカツヤさんが部屋に入ってきた。

カーディガンにスラックス。地味な感じだけど、さり気なく良い品のようだ。


「ナツキ、入りなさい」


ちょっと強い口調で、ドアの外に話しかけている。ナツキさんがそこにいるのだろう。

ナツキさんって人見知りか何かなのかな?

少し待っていると、フードを目深に被った男の子が渋々といった感じで入ってきた。

フードのせいで鼻から下しか見えないけど、ナツキさんはミサキさんにそっくりな気がする。


「ちょっと訳あってフードが外せないけど、ミサキの双子の兄のナツキです。ミサキともどもよろしく」


言葉を発しないナツキさんに代わって、カツヤさんがそう言った。

まぁ、顔に傷跡があったりアザがあったり、そういうのを人に見せたくない人もいるし、仕方ないよね。


「よろしくお願いします。……ミサキさんて双子だったんですね」


ちょっと驚いてそう言うと、ミサキさんが苦笑した。


「そうなの。でも学校では内緒にしてね。珍しがられると鬱陶しいから」

「はぁ、分かりました」


確かに男女の双子とか珍しいもんね。

そう言う間にミサキさんは人数分のお茶を用意し、お茶うけに羊羹を出してくれた。


「どうぞ」

「いただきます」


カツヤさんがすすめてくださったので、遠慮無くお茶をいただく。

ふと視線を感じると、ナツキさんがジーっと私を凝視しているようだった。フード被ってるから分かりづらいけど!

しかし、この羊羹、密度がスゴいな。クロモジで切るのも一苦労するくらい。お高いんだろうな~。


「ところで、リウさんはどこの出身ですか?」

「北のノコギリ谷の1つです」


ノコギリ谷は名前の通り、ノコギリの刃のような地形で、谷と山が交互になっているところだ。


「失礼ですが、ご両親のお名前は?」

「ウノウラソウとアヤです」

「お祖父さんとお祖母さんはご健在ですか?」

「はい」

「お名前をうかがっても……?」

「祖父はヒロシ、祖母はハルと言います」


身元確認なのか、家族のことを知りたがっているみたい。

そう思ったけれど、祖父と祖母の名前を聞いたところで、カツヤさんは絶句してしまった。


「ちょっと失礼……」


そう言って、部屋を出て行った。どうしたのかな?


「お祖父様はお祖母様が亡くなってから、ちょっと涙もろいのよ。ちょっと様子を見てくるわ」


私の祖父母が健在だと知って、羨ましいというか、ご自分の奥様を思い出されたのかも。

ミサキさんがカツヤさんの様子を見に行った。

さっきから一言も発しないナツキさんと2人きりになってしまい、なんとなく気まずい。


「……なぁ、アンタ」


何と言っていいか分からず、黙ってお茶を飲んでいたら、ナツキさんが声をかけてきた。

渋々といった感じで部屋に入って来たから、私とはしゃべらないのかと思っていたので驚いた。


「はい?」

「眼鏡とってみてくれ」


えー!? 目の色、バレちゃうじゃないかー!

でも、すっごい威圧感。ナツキさんの真剣な感じが怖い。

有力者だって言うし、逆らったら消される???

どどど、どうしよう~。



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