稲刈り
頭を垂れた稲を刈って、ある程度の量になったら数本の稲で束ねて、その場に置いていく。
置かれた稲の束は、あぜ道の『ほんにょ』と呼ばれる棒のところへ運ばれて干されていく。
『ほんにょ』は直径10cmほどの木の棒をあぜ道に突き立て、30cmくらいの細い横木を括りつけたものだ。下の方は膝くらい、上の方は胸くらいの高さに横棒が括りつけられている。
『ほんにょ』から左右に出っ張った横棒。その横棒に稲の束を左右それぞれに1つずつのせ、その上にクロスするようにまた左右に1つずつのせ「井」の形にする。またその上にも稲をのせ……という感じで、『ほんにょ』のてっぺんまで来たら、最後の1束は半分に割って『ほんにょ』をてっぺんで挟むようにする。
稲の束をクロスさせるとき角度に気をつけると、稲穂がキレイに螺旋状になる。螺旋でなくとも、稲穂が重ならないようにするのが肝心なのだが。
例によって、本日は1年生全員での稲刈りである。今日は朝から、春に田植えをした田んぼに来ていた。
私は腕の力がないのか鎌の切れ味が悪かったのか、稲が上手く刈れなくて『ほんにょ』に稲を干す係に任命された。
隣りの田んぼをよく見れば、タキも『ほんにょ』に稲を干す係になっている。
なんとなく、どっちがキレイに稲を重ねられるか……なんていう対抗心が湧いてくる。
つい、ムキになって稲穂が螺旋状になるように工夫してみたり、タキより早く『ほんにょ』1本を終わらせようとがんばってみたりと、作業に没頭してしまった。
「『たばご』にすっつぉー!」
学年主任のヌマクラ先生の休憩にする旨の声が聞こえ、みんな広めの農道に上がっておやつをもらう。今日はジャムパン・クリームパン・あんパンの中から好きなのを1コ選ぶのだそうだ。
ジャムパンは楕円、クリームパンは3ヶ所くらいにちょっと切れ目が入ってて、あんパンはこしあんが芥子の実で粒あんがゴマらしい。……くっ! こしあんと粒あんが混じってるなんて罠だ。
「えー? 困る、1コだけって選べないよ~! ……
ど・れ・に・し・よ・う・か・な
か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り
へ・の・へ・の・も・へ・じ
鉄砲打ってバンバンバン!」
タキが平たい箱に入ったパンを指差しながら、お馴染みの「どれにしようかな」をする。
「えっ!? 『神様の言う通り』の続きは
『赤とんぼ白とんぼ』じゃないの??」
「いや、オレのとこは『へのへのもへじ』はなくて
『鉄砲打ってバンバンバン、も一つオマケにバンバンバン』だったぞ」
「なになに? うちんとこは
『なのなのなすびの柿の種』だったし、はじめの方は
『天の神様の言う通り』だったよ」
「へぇ~。場所によって違うのか!この辺では
『こんこらしょーのすっとんとん』だぞ」
周りにいたみんながタキの「どれにしようかな」にツッコミを入れて、最後にノマがこの辺りで使われる「どれにしようかな」を教えてくれた。
『ところ変われば……』って言うけど、本当に地域によって違うんだ―! と感心した。
ちょっと騒いで盛り上がったものの、その後は無事にそれぞれが選び終えた。作業で疲れた体を甘いパンが癒やしてくれる。私はジャムパンを選んだ。
青い空が気持ちいい。
「植物系の『作物』の方に進むと、食品加工もあるらしいの。私、食品加工に興味あるから、2年生になったら植物系に進もうかなぁ」
「あっ、知ってる! ジャムとか作ったりするんだよね」
「ジャムは魅力的ー!」
女子の声がどこからか聞こえてきた。やっぱり女の子は甘いものに目がないよね。
「姪っ子ちゃんはウチに来るよね~?」
ふと気がついたらコマツ先生が横に立っていて、上から私を覗き込んでいた。キレイなお顔で素敵な笑顔。周りにいた女子がキャー! と黄色い声をあげた。なんで、こんな無駄にキレイな顔なんだろう、この人。
コマツ先生は薬草が専門だ。私は叔父のように薬草師を目指そうと思っているから、当然コマツ先生の研究室とかに行かないとダメなんだろうなぁ……。
「ふふふ、楽しみ~」
何か含みのある笑顔に背筋が冷える。コマツ先生のそういうところ怖いから、できれば近寄りたくないんですけど。
「コマツ先生がいるってだけで、躊躇しちゃいますね……」
「えー? ひどいなぁ。ボクってばいい人だよ~」
そういう言動が信じられません。
……とは言え、叔父の同期でもあるし、大丈夫だとは思うんだけど。
2年生になるのが不安になってきた秋だった。