水ごね
夏休みが終わって、日常が戻ってきた。まだまだ暑い日が続いているけれど。
救いは、食堂のお手伝いで野菜の水洗いや食器などの洗い物をしているとき。井戸水が冷たくて気持ちいいのだ。
「水がしゃっこくて気持ちいいねぇ~」
「んだ。水ごねしたぐなるよな」
一緒に野菜の水洗いをしていたノマとしみじみ話す。
ノマはこの近くの街出身だし、私の祖母と曾祖母が使ってた方言がよく通じるから、すごく話しやすい。言葉に気を遣わなくていいし、ちょっとした細かいニュアンスが通じるのって、なんだかホッとする。
『水ごね』とは『水遊び』とかそんな意味。けど川なんかで泳ぐとか水遊びするとかじゃなくて、『こねる』から来てるらしいその言葉の通り、手でパシャパシャ遊んじゃう感じだ。
私は小さい頃、『水ごね』が好きだったそうで。山の神様の郷には『スイセントイレ』という水が流れるトイレがあるのだけど。小さかった頃のある日、山の神様の郷にいる大叔父さん(祖父の弟)のところへ季節の挨拶に連れて行かれたときの話だ。いつの間にか大人の目を盗んで、私がそのトイレで『水ごね』していたことがあったらしい。大きくなってから、その話を聞いた弟たちに「えんがちょ」と言われたっけな……と遠い目になる。
『スイセントイレ』は山の神の郷にしかないから、うちの村以外では話せないけれど。
その後は黙々と野菜洗いに没頭し、キュウリやナス・トマトを洗い終え、食材を切る作業に入る。
今夜はナスの肉味噌炒めとマカロニサラダらしい。デザート代わりにトウモロコシを茹でて半分に切ったのを出すようだ。
「『とみぎ』、なんか種類違うんでねぇべか」
「農場で品種改良しながら植えてるヤツだがら、一種類の数が少ねえのよ」
農場長が追加の『とみぎ(トウモロコシ)』を持ってきたのか、疑問に答えてくれた。
なるほど、沢山の種類を少しずつ植えて品種改良に使ってるのか。
農場長が持ってきた大きなカゴの中を見れば、黄色いの、黄色と白の粒が混じったようなの、白いの、黒っぽい粒が混じったようなの。トウモロコシのが何種類か混じっているのが分かる。
「オハグロは固めだから、茹でるの長めにな~」
白っぽい粒と黒っぽい粒が混じったトウモロコシは「オハグロ」と呼ばれている。
甘みが少なめのオハグロは、あまり数がないようだ。品種改良の重点は『味』なんだろうなぁ。世の中には色にこだわっている人もいるとかで、もっと遠くのところでは七色の粒のトウモロコシがあるんだとか聞いたことがある。話だけ、だけど。
少しの間ぼんやりしていたけれど、トウモロコシはもぎたてを茹でないと味が落ちていってしまう。
農場長が持ってきた追加のトウモロコシの皮を焦って剥く。大鍋で塩茹でして、半分の長さに切った。
お皿に1つずつ並べていると、食事に来た人たちが主菜・副菜・ご飯・みそ汁とトレーに載せていき、最後にトウモロコシを選んで持っていく。
「白いの、甘いよな~」
「うん。でも俺、白いのはベタベタした甘さで嫌だ」
「オハグロ、むつむつとした食感が好ぎなんだよなぁ」
そんな男子たち。女子は甘いのが好みのようで。
「黄色と白のヤツ、割りと甘いよね」
「白だけのもお菓子みたいだよねー」
そんな会話が聞こえた。
一段落ついたところで屋根裏組も半々に分かれて食事を摂る。
半々に分かれるのは、まだ食事に来る人がチラチラといるからだ。
「リウの『とみぎ』の食い方、変わってるよなぁ」
「へ?」
私は固めに茹でたのをとっかかりとして指で2列くらい食べてしまってから、下の前歯で食べていくのが好きだ。そうすれば粒の皮が残りづらくて、トウモロコシの芯もキレイになるし。
「普通、下の歯だげで食べなぐね?」
「私は顔が汚れるから、指でとって食べるほうが好き~」
「オレは顔が汚れるとか気にしてねえから、上と下の歯両方でムシャムシャ食べちゃうな」
「アタシは上の歯で食べるよ」
あぁ、指で全部むしって食べるのもいいよね。
カイの食べ方だと粒の皮が残って、残骸の見た目が悪くなるから好きじゃない。
そういえば、昔はタキのように上の歯で食べてた気がする。いつの間にか今の食べ方になってたけど。
「リウって、たまに左利きだよね」
「あ、分がる! 『はっと』摘みは左だっけよな」
言われてみれば『はっとう』の生地は右手でも摘めるけど、左手の方が使いやすい気がする。
みんな、よく見てるなぁ。
……と考えて、ちょっとヒヤッとする。
眼鏡の奥をジーっと見られたら、きっと目の色が黒じゃないってバレてしまう。
今のところ、目の色なんて黒でしょって思い込みもあってか、ジーっと覗き込まれるなんてことはないみたいだが、私自身に興味を持たれて、よく観察されるようになったらヤバいかもしれない。
あんまり変わった行動はとらないようにしないと! けど、自分が当たり前って思ってたことが、他の人には当たり前じゃないこともあるからなぁ……。
私は頭を抱えたくなったのだった。