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夏はずんだ

叔父のところでのお手伝いは楽しかった。

薬草師を目指す私に、今現在何が足りないのか分からせてくれた気がする。

目標がしっかりできたのも良かったと思う。


師匠とその奥さんとの別れがちょっと寂しかったけど、「またおいで」と言ってくれて嬉しかった。

次の長期休みもお邪魔させてもらおうと心に誓った。



 ☆ ☆ ☆



学校の寮に戻ると、帰省した人が増えていて、ちょっと閑散としていた。

屋根裏組の仕事をこなしながら、夏休みの課題も進めていく。

昨年までと全然違った充実した夏だった。



 ☆ ☆ ☆



さて、この地域では正月に限らず、食べたいときに餅をつく。この辺の人はみんな餅好きだ。

お盆にも餅が並ぶ。特に夏と言ったら『ずんだ餅』だ。

大豆の若いの(枝豆)を採ってきて鍋でゆで、すり鉢に豆を弾いてすりこ木で潰していく。最後はすりこ木ですってなめらかにし、砂糖で味付け。隠し味に塩を入れ、餅に絡みやすいように少し水を加えてのばすのだ。

でも、この辺だと餅を一種類だけ作るってことはなくて、あんこ餅とおつゆ餅は必ず作る。おつゆ餅というのは雑煮と考えていい。あとはエビ餅だったり納豆餅だったり生姜餅だったり、食べたいものを作る。

ただ、ずんだ餅がある場合には、あんこ餅は省略されることもあるけれど。

なぜあんこ餅とおつゆ餅は必ずかと言うと、餅を食べるときはあんこ餅を最初に食べ、もうおしまいってときにおつゆ餅を食べて終わりにするからだ。その間は何餅を食べてもいい。ただおつゆ餅を食べたら、その人はもう「ご馳走様するんだな」と認識されるのだ。


寮の食堂でも、お盆の最中にみんなで餅つきをして、ずんだ餅・くるみ餅・納豆餅・エビ餅・おつゆ餅などを作った。家畜の世話があるため、誰かしら寮に残ってはいるものの、食べる人数があまり多くない夏休み中だけあって、餅の用意もあまり大変ではなかった。

くるみ餅はクルミをずんだと同じようにすりつぶして……以下同文。

エビ餅は沼エビを使う。桜エビくらいの大きさ。エビを炒ってお酒を加熱してアルコールを飛ばし、醤油で味付けしたエビに餅を絡めるだけ。

おつゆ餅は大根と人参をせん切りにして、だし汁で煮て醤油で味付けする。お正月ならコレに『ずいき』というイモノコ(里芋)の茎の干したのを入れる。

餅に具材をのせるというより絡めるという感じなので、エビ餅や納豆餅なんかもお酒のアルコールを飛ばしたり、だし汁を使ったり、汁多めって感じにする。

大鍋に味付けして準備した納豆やずんだに、つき終わった餅を親指と人差し指で丸く切りながら入れていき、もう一人が具材と絡める。食べるときは大鍋からそれぞれ食べたいだけとって食べる形だ。

いや、最初はみんな「ずんだ」だろうから、2コくらいずつ皿に盛って置いておいて。他のもそんな感じだけど、おかわりは希望の個数があるから、お手伝いの屋根裏組が「何個食べますかー?」と聞いて、盛り付けますけどね。

親指と人差し指で切るくらいの大きさだから1コ1コが小さめで、けっこうな個数がお腹に入ってしまうのがオソロシイ。


「おう、今回は生姜餅とかふすべ餅はないのか?」

「ないですよ~。納豆とエビで勘弁して下さい」

「エビはイカイカついからちょっと苦手だけんとな。1つずつもらうか」


『イカイカつい』というのは『チクチクする』という意味の方言。

生姜餅は干しシイタケのだし汁にもどした干しシイタケの細切りを入れ、生姜を利かせた醤油味の餅。

ふすべ餅は大昔はドジョウとか使ったらしいけど、今は鶏挽き肉とごぼうのすったのを炒って、だし汁で煮て醤油で味付けしたもの。

農場長さんは辛めの味付けをご希望のようだ。


「夏はやっぱりずんだですよね~」

「ずんだ、おかわりですか?」

「うん、3コちょうだい」


コマツ先生はずんだばかり食べている。意外と甘党なのかも。


「コマツくん、ほら、ばっこばりだけんとアンコもあっから」


食堂のおばちゃんが残ってた小豆で少しだけあんこ餅を作っていた。屋根裏組のまかない用だって言ってたけど、「ちょっとだけだけどアンコもあるよ」とコマツ先生にこっそり声をかけている。学生の頃から知ってるだけあって、おばちゃんはコマツ先生に容赦もないけど可愛がりもする。


「それ、みんな(屋根裏組)のお楽しみでしょ? ……でも、せっかくだから1コだけ」


断らんのかーい! 一瞬、断るのかと思ったのに。さすが甘党だ。



 ☆ ☆ ☆



一段落ついて、屋根裏組のみんなで休憩時間。

おばちゃんから特製のあんこ餅をもらって、お茶にする。


「粒あん最高~!」

「オレはこしあんがいいなぁ」

「私もこしあん」

「あたしは粒あんかなぁ」


私も粒あんがいい。こしあんのあんこ餅は、食べてる間に気持ち悪くなってしまうのだ。なぜだか分からないけど。


「俺さぁ、近所のご祝儀の時の振る舞い餅でこしあんのあんこ餅食べるの苦手でさ」


この地域では結婚式のときに餅をつき、結婚式や披露宴に参加する人に餅を振る舞うし、近所や親戚の家にお重で餅を届ける風習がある。……私はこの辺出身の曾祖母から聞いたことがあるだけだけど。


「俺の結婚の時は粒あんがいいって言ったら、

 『そういうもんでねぇんだ!』

 って聞きつけた父ちゃんから(おご)られだー」


おめでたい時はこしあん、普段は粒あんであんこ餅。そんな感じだ。

決め事って理屈じゃないんだよね。昔から受け継がれてきたものだから、そういうものだって体に染み付いているっていうか。

お正月のおつゆ餅の『ずいき』だって、小さい頃はなんでこんな黒くて美味しくないもの入れるんだろうって思ってたけど、今ではお正月のおつゆ餅には『ずいき』が入ってないと物足りないって感じてしまうし。そういうものなんだろうと思う。


「あんだだぢ、ずんだ余ってるけど食べで()けで~。時間経つと固くなってしまうがら」


ずんだは夏の定番だから多めに作ったんだよね。けど、多すぎたかな……?

他の餅は食べきってなくなってしまったか、農場長が持って帰っちゃったらしい。


夏定番の味を堪能しながら、夏休みももうすぐ終わりだなぁと思った。



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