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がおる

夏も近づいてきて、だんだん暑くなってきた。

学校近辺は雲の流れから外れるのか、最近は雨がなかなか降らないでいる。


「薬草園のかわいこちゃん達が『がおってる』から、おしめりくらい欲しいよねぇ」


コマツ先生がカウンター越しに話しかけてくるのは、もはや仕様だろうか。

『がおる』というのは『具合が悪い』とか『弱る』というようなニュアンス。『がおった~』と言えば『体調が悪い~』というような意味だ。


「つまりアレですか? 明日も天気が良ければ、薬草が萎れないように水撒きしろってことですか?」

とカイが問いただせば、

「そういうこと~。察しがよくて助かるよ」

と嬉しそうな顔の先生。薬草園のお世話も屋根裏組の仕事の1つだ。

私は暑さで参っていて、とてもコマツ先生の相手をする余裕が無い。定期試験が終わっていて良かった……。


「姪っ子ちゃん、がおってそうだねぇ~。もしかして、この暑さに慣れてないの?」


北のノコギリ谷より暑いこの地域だ。どうやらコマツ先生と同期の叔父も、最初の夏はヤラれていたらしい。叔父というか、私が生まれ育った村は内陸だが割りと標高が高いところにあったし、夏はこんなに暑くなかったから体が全然ついてこないのだ。

ちなみに「叔父」と書けば親の弟で、「伯父」と書けば親の兄を表す。同じ「おじ」って読みなんだけど字で意味が違うって、試験勉強の合間に辞書を眺めてて覚えた。そんな感じで、なんとなく私の雑学がどんどん増えていく……。

いや、今はそれは置いといて。


「体が慣れれば大丈夫だと思うんだけどねぇ。それまでが大変だよね」


急に暑くなった時には、この辺の人でも3日くらいかかるとか。

暑さに慣れてない私なんて、いったい何日かかるんだろう……。気が遠くなりそうだ。


「濡れタオル、『ひてこび』さ当でらい。(あだま)冷やすど(らぐ)になっから」


食堂のおばちゃんがそういうのを聞いて、コマツ先生は手を振って去っていった。

ちなみに『ひてこび』は『おでこ』のことである。



 ☆ ☆ ☆



翌日、朝早めに起きると、やっぱり良い天気。

朝の屋根裏組の仕事を終えて、早めに薬草園へ行き、みんなで水を撒く。

学校がある小さい山のあちこちにはため池があって、こういう時に使えるようになっている。雪解け水や雨水がたまるようになっているそうだ。

近くのため池まで行き、いくつかの木桶に水を汲んでいく。運ぶときは、男子は大きめのを一人1つ、女子は小さめのを一人1つだ。

柄杓で水を撒いていき、まんべんなく行き渡ったところで作業を終わりにし、授業のために校舎へ入った。


「暑ーい!」


朝、涼しいうちの作業だったとはいえ、体を動かせば流石に暑い。

作業着の上を脱いで半袖になり、上着は椅子にかけておく。座学が多い日は制服の人もいるが、基本的に実習があるので作業着で登校する人が多い。

制服は紺のブレザーに白シャツ、夏はブレザーがベストになる。下も紺で男子がズボンで女子はキュロット。

作業着は薄緑でポケットが多い上着とズボンだ。夏は上着を脱いでTシャツで作業することもある。作業によっては半袖だと擦り傷を負うことがあるので、長袖のまま……ということもあり、長袖Tシャツを用意する人もいる。

それはさておき、よく見ると周りの皆も暑いらしく、半袖になっている人が何人もいた。

私は眼鏡をはずして、タオルで顔の汗を拭う。


「あ、リウが眼鏡はずしてる!」


カイが目ざとく見つけて寄ってくる。

危ない危ない。カイが近くに来る前に慌てて眼鏡をかけた。


「あー! 眼鏡はずした顔、よく見たかったのに」


そんな残念そうな声を出さなくても……。


「またはずして見せてー」

「……やだ」

「いいじゃん、ちょっとくらい。減るもんじゃなし」

「……減るもん」


眼鏡をはずした顔が見たいなんて、眼鏡の「枠」がなくなるくらいなもんだから、気にしなくていいのに~。


目の色がバレないか戦々恐々としている私にしつこく食い下がってくるカイ。

その後、私とカイの言い合いは先生が教室に入って来るまで続いて、私はがおってしまったのだった。



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