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いずい

「おはようございます」

「おはよう」

朝、食堂のおばちゃんの手伝いをしに厨房に入って挨拶を交わす。


「あら、『ばが』出はってるよ」

「あ、出はってましたか。『いずい』と思ってたら…」


『ばが』というのは『ものもらい』という意味の方言。『いずい』は何と言ったらいいのか、違和感があるとか、居心地が悪いというか。『目がいずい』と言ったら『目がなんか変な感じ』って意味合いになる。微妙なニュアンスが伝えづらい。

『靴に石ッコ入っていずい』とか、ぎゅうぎゅう詰めに座らされて『ご飯食べるのにいずい』とか、そんな感じで使うこともある。


しかし『ばが』か…。まいったなぁ。目のあたりをしげしげと見られるのはマズい。よく見るために眼鏡をとられてしまうとか、ゾッとする。勘弁願いたい。


「おはよう、リウ。『バカ』になったって?」

「いやいや出来物ができて、まぶたが腫れたって意味だから」

食堂のおばちゃんの言葉を聞きかじったのか、カイがぼけてノマが突っ込んだ。

まぁ、カイは方言が分かってないから素なんだろうけど。

「本当だ、腫れてるね」

「痛くないの?」

アミとタキも会話に混ざってくる。

「痛くはないから大丈夫。それより朝食の準備しないと」

あまり覗き込まれるとマズい私としては、大したことはないと言って話をそらす。

食事時の食堂は戦場だ。昨日のうちに下ごしらえされているとはいえ、いろいろやることは多い。

竃に火を入れて、羽釜でご飯を炊いて、大鍋にみそ汁を作って。今朝は焼き魚らしいので、魚も大量に焼かなくてはならない。副菜はひじきの煮物だそうだから、もどしたひじきと昨夜切っておいた野菜を軽く炒めあわせて…。職員も合わせて300人分くらいだから量も多い。食べ盛りの男子も多いため、ご飯とみそ汁はおかわりが自由にできるように多めに作らないといけないし。

出来上がった分から銘々皿に盛りつけて、一人分ずつ受け取りやすいように並べていくのだ。

朝食と夕食は通いの「お姉さま」たちもいないので、屋根裏組の全学年がみんなで手伝うことになっている。

ちなみに「お姉さま」と言わずに「おばさま」などと口を滑らせるとあとが怖いので注意が必要だ。年齢の話題がデリケートなのは世の常だと思う。


朝食の食器洗いが半分ほど終わると、通いの「お姉さま」たちがチラホラと集まってくる。

「あんだだぢも食べてしまって、早く学校行がいん」

と言われて「お姉さま」たちと仕事をかわる。

先輩方の半数はみんなの朝食が始まる前に食べてしまっているので、そのまま片付けを手伝っている。先輩方は要領がいいというか、あうんの呼吸で代わりばんこに先に食べる組と後から食べる組に分かれて済ませてしまうのがスゴい。私たち1年生もそのうち要領がわかってきて、ああいうふうになれるのかなぁ。

てか、そんなふうになれるまで、私の秘密がバレなきゃいいなぁ…。



 ☆ ☆ ☆



世の中の大概の人は、目の色や髪の色が黒じゃない人がいるなんて知らない。

たまに…というか極まれに先祖返りだか何だかで、色が変わった子どもが生まれる。一般的に原因が分からないし、そういう人間を見たこともないから、産んだ母親のせいにして責め、生まれた子どもは隠されて育てられるか、育てられない時は母親と一緒に外に出されるそうだ。

私の祖母は目の色が変わっていた。水色の目なんて、黒い目以外を知らない人たちから見れば驚きしかなかっただろう。

祖母の兄は普通に黒い目と黒い髪だったから、祖母だけが何故…と。祖母の母(曾祖母)は不貞を働いたとか何か悪いものに祟られたとか身に覚えがないことで責められ、祖母と二人で屋敷の奥で隠されるように生活させられた。

祖母を産んだことで、夫や姑から手のひらを返すように酷く当たられた曾祖母は、祖母が10歳位になるまでは耐えていた。しかし屋敷に入り込んでいた行商の人から「北のノコギリ谷」の話を聞いたことで逃げ出すことを決意する。

その行商の人というのは、実は「北のノコギリ谷」の人だ。谷の中には色の変わった人もそれなりにいるけど黒目黒髪の人も多くて、そういう人たちは外に出て行って祖母のような子どもがいないか探っている。いれば警戒心も顕な親たちに信頼されるよう振る舞って、信頼されたら谷の話をして、逃げ場所があることをそれとなしに伝えるのだ。

祖父の場合は、祖父の弟が髪と目の色が変わっていたので、兄弟一緒に逃げてきたらしい。祖父は黒目黒髪…というか、ちょっと焦げ茶色だけど許容範囲の色だ。父の兄弟姉妹は祖父の色を受け継いだ。っていうか祖母の髪は黒だから、目の色が祖母から遺伝しなかったってことだけど。

本当なら私のような色の変わった子は谷の外に出されないはずだった。

でも、どうしても叔父のような薬草師になりたくて、勉強も家の手伝いもして、学校へ行かせてくれってお願いし続けた。

祖父母は谷の外の世界の厳しさを実体験として知っているから、ずっと反対していた。でも最終的には目の色のことがバレないように…ということを約束して、谷の外に出してもらえた。バレたら即行で谷に戻らなきゃ行けないって条件付きで。


いつか叔父が薬草師の見習い期間を終えて谷に戻ったら、私は叔父のもとで谷で薬草師見習いをして、ちゃんとした薬草師になって、谷のみんなを元気にしたい。

曾祖母の体調不良に気づかなくて、何もできないままに死んでいくのを見ていた無力な子どものままではいたくない。


とにかく、この『ばが』が治るまで、行動には気をつけないと…!



 ☆ ☆ ☆



教室へ入ったら、みんなはまぶたが腫れてることに気がついて寄ってきたけど、一通り騒いだら気が済んだようで、あとは何も言ってこなかった。

叔父の同級生でもある副担任のコマツ先生が何か言いたげにずーっと見てるのが気になるけど、気にしない。気にしないったら気にしない。

コマツ先生の近くに寄らないように気をつけて過ごすのだが、今日は薬草園でのスケッチ。指定された薬草数種類のスケッチと観察して気がついた特徴を書き出すというもの。コマツ先生が薬草園に散らばった生徒たちを見て回っているので、不自然に避けるわけにもいかず。非常に心臓に悪い時間を過ごした。


「ウノウラくん、あとで職員室に来てね~」

今日の課題であるスケッチ数点を提出したとき、小さな声で言われる。

無事に終わった~と安心してたのに、なななな何でー!!!



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