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たばご

本日は学校の田んぼの田植え。

授業の一貫として、1年生総出で田植えである。

小さい山の中腹にある学校から田んぼがある麓まで坂道をゾロゾロと下る。

良い陽気の中、ひばりが空高く鳴いていて、初夏のような陽射しに心が浮き立ってくる。


田んぼに着くと、農場長や専門課程の先輩たちが1年生にも田植えしやすいように準備をしていた。

学年主任のヌマクラ先生から注意事項を聞き、苗を受け取る順番待ちをしていたら…。


「え…?」


気がついたら、田んぼに落ちていた。

後ろ向きだったから息はできたけれど、やわらかい泥に半分埋まった状態では、起き上がるに起き上がれない。

少し広めの農道で、焦った男子たちがこっちを見ている。

どうやらふざけあっていた男子たちに押されて、田んぼに押し出されてしまったらしい。

背中を押されて「倒れる」と思った瞬間、咄嗟に右手をつこうとして泥に手をついた。そこから回転して背中から泥に埋まってしまったようだ。


「お前ら何やってんだ!おだってんでねーぞ!!!」

ヌマクラ先生が大きな声で男子を一喝。

既に田んぼに入っていた専門課程の先輩たちにすぐに指示を出し、私を田んぼから拾い上げてくれた。


「お前ら、あとで愛のジョリジョリな」

ヌマクラ先生はふざけていた男子にそう言い置いて、私には

「寮に行って着替えてこい。あぁ、特別に風呂に入れてもらえ。風邪引くなよ」

と言ってコマツ先生に付き添いを頼んでしまう。

「いえ、一人で行けますから…」

と断ったのだが、

「特別に職員用の風呂の用意をしてもらうんだから、寮監さんに説明するところまでは付き添ってもらえ」

と言われれば、確かに私一人では説明するのも大変かもしれないと納得してしまう。


大まかな汚れを落として寮に入り、コマツ先生が寮監さんに説明している間に自分の部屋から着替えを持ってくる。

寮の部屋は基本的に同じ学年の2人部屋だが、屋根裏組も例外ではない。

但しアミとタキが一緒の部屋なので、私は1人で部屋を使っている。


職員用の風呂場で汚れてしまった作業着を脱ぎ、洗い場でお湯をかぶる。

髪の毛も泥まみれで、乾き始めていたせいか汚れを落とすのに時間がかかってしまった。

なんとかキレイに泥を落とし人心地ついた。

思いのほか体温を奪われていたようで、湯船に浸かって体を温める。

あの男子たちは気持ちが良い天気にはしゃぎ過ぎちゃったんだろうな。ヌマクラ先生から『愛のジョリジョリ』の刑に処されるとは…。まぁ、真面目に順番待ちしてた私の被害を考えたら、自業自得だから仕方ないかという気にもなる。


『愛のジョリジョリ』というのはヌマクラ先生の必殺技のようなものだ。ただし男子限定。

少し剛毛気味のヌマクラ先生は、ヒゲを剃っても数時間後にはちょっとヒゲが伸びてきてしまう。その状態で頬ずりをすると『愛のジョリジョリ』になるわけだ。

確かに女子に『愛のジョリジョリ』をしたら、ちょっとアレかもしれないから男子限定の技なんだろうけど。

ふざけてた男子たちよ、ヌマクラ先生の『愛』を存分に受け取るが良い。そう考えて、少し気分がスッとした。


「お風呂、ありがとうございました」

「災難だったね。湯冷めしないようにね」

お湯から上がって着替えて寮監さんに挨拶すると、気遣いの言葉をもらった。

確かに思わぬ災難だったわ…。顔面から泥に入ってたら、眼鏡をはずさないといけない事態になって、そしたら変わった目の色とかバレてしまって、みんなから変な目で見られて…と考えて寒気がした。

よかった、背中から落ちて。不幸中の幸いだ。

洗濯物は後で片付けることにして、急いで田んぼに戻ることにする。


丁度、休憩に入るところだったようで、

「『たばご』にするべ」

とヌマクラ先生に農場長さんが声をかけていた。


『たばご』とは『一服する』という意味の『煙草』から来た方言で、農作業中のおやつを意味するらしい。

「らしい」と言うのは、私の祖母は屋敷の中に隠されるようにして育てられたため、そういう方言を耳にすることがなかったせいだ。祖母の話を聞いて育った私は、そういう方言があると聞かされてなくて知らなかったのも無理はない。


「戻りました」

「あぁ、さっぱりしていがったな。『たばご』が終わったら、あと少しだけんと田植えしろよ」

ヌマクラ先生に挨拶したら、『たばご』のお菓子を配る専門課程の先輩方に手伝いを頼まれた。

今日の『たばご』は『雁月』のようだ。

黒いのと白いのを1切れずつ配るように言われた。


「リウ、大変だったね~」

「うん。でもサッパリしたから大丈夫」

「あの、ごめんな」

「俺ら、おだぢ過ぎてだみたいで…。ごめん」

タキと言葉を交わしていたら、男子が気がついて謝ってきた。

「田んぼに落ちた時はビックリしたけど、キレイになったから大丈夫だよ。でも2回めはないようにしてね」

「うん、わかった」

「ほんと、ごめんな~」

「反省してるなら、雁月で手を打ってもいいよ」

アミが口を挟んだ。いやいや、ヌマクラ先生から『愛のジョリジョリ』くらう予定の男子から雁月を奪うのはやめてあげようよ。甘いものって、寮生活じゃなかなか口にできないし。

「ううん、いいよ、気にしないで。次から気をつけてね」

「えー、リウってば甘いって~」

アミは可愛い顔して、けっこう辛辣だよね。


「ところで、このお菓子、蒸しパンなの?」

タキが不思議そうな顔をして雁月を眺めている。

「黒いのは普通の蒸しパンっぽいけど、白いのはねっとりしてる感じ。歯にくっつくから気をつけてね」

どっちも蒸しパンの一種なんだろうけど、食感が全然違うのだ。

黒いのはフワフワで、白いのはねっとりしてる。

白い雁月はアミも知らなかったようで、ビックリしていた。

そうか、白い雁月って、この地域限定のものなのか。

ウチでは祖母がよく作ってくれたから、違和感なかったよ。


『たばご』のあと、残りの田植えを無事に完了して、みんなで寮に戻ったのだった。



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