ばっけ
「ばっけ、採ってきてけらいん」
と食堂のおばちゃんから頼まれた。
ただ今、学校の裏山の坂道をみんなで登っているところ。
「バッケって何? 想像もつかないんだけど……」
と訝しがっているのは少し伸びた坊主頭の少年カイだ。
「バッケはバッケだべ」
と当然のように答えるのっぽのノマ。
「カイって、ずーっと南の方の出身だっけ?」
と聞き返すのは、波打つふわふわ頭のアミ。
「おばちゃん、天ぷらにしてくれるって言ってたよ。
バッケの天ぷら、美味しいよね~」
と嬉しそうに言う中性的でキレイな顔のタキ。
「え? バッケって食べ物なの?」
「食べたことないの?」
「春先にしか食べられないし、苦手な人は苦手だもんな~」
「私もバッケ味噌は苦手だけど、天ぷらは好きだよ」
口々に話す面々。
私は目立ちたくないので、黙って斜面を登りながらみんなについて行く。
食堂のおばちゃんが言う『ばっけ』とは、この辺りの言葉でフキノトウのことだ。
この時期にしか食べられない、春先の楽しみ。
私もバッケの天ぷらは大好きだ。
明日は学校の寮の入寮式があって、近くに住んでる学生は明日の朝来るんだろうけど、今夜には遠くの新入生や一時帰宅していた在校生も寮に入る。
おばちゃん的には歓迎の意味を込めて、今が旬の『ばっけ』を天ぷらにして夕食に出そうとしているのだ。
「みんなの分となるとたくさん必要だよね~」
「カゴ2つは採らないとなぁ」
「余ったら屋根裏組におすそ分けとかあるといいな」
「……で、バッケって何よ?」
誰もカイの疑問には答える様子がない……。
「フキノトウのことだよ」
私はつい口を挟んでしまった。
ポカンとした顔で私の顔を見るカイ。
……しまった。
目立つようなことしたくなかったのに。
「そっか、バッケってフキノトウなんだな!
ありがとう、リウ」
破顔したカイに両手で握手を求められる。
げ!
そんなに近寄らないでー!!!
慌てて顔を覗きこまれないように俯いて、ササッと握手を済ませた。
「リウって恥ずかしがり屋なのか?」
カイが不思議そうに言うので、困って俯いたままでいると
「お年ごろの女子に無闇に触ったらダメよ~カイ」
「そうそう。気をつけなさいね」
とアミとタキの女子2人組がからかうように言った。
「何? カイって女子に触るの好きな人?」
とノマが言えば
「はぁ? 感謝の気持ちだろ! ただの握手だし。
触るってなんだよ!いかがわしいことしたみたいに!」
と真っ赤になって大きな声を出すカイ。
ともかく、カイが離れていったので少しホッとする私。
バレてないよね?
見られてないよね?
「それより早くバッケを集めないと」
と言い出せば、みんなもそうだなと動き出した。
あぁもう。
特別製の眼鏡と長めにした前髪で隠してるけど、よくよく見られたら気が付かれてしまうだろうってことに不安が募る。
みんな、黒髪に黒目。
黒でなくても焦げ茶とか暗い色なのに、私の目は灰色だ。
私のばあちゃんが水色の目をしてるから、そのせいなのかもしれない。
私の生まれた谷の集落には、先祖帰りなのか色素が薄い目や髪の人が他所の土地から逃げ込んでくる。
ばあちゃんも他所から逃げ込んできた一人だ。
『お前は目が細いから、ニコニコして目を細めてたら大丈夫』
なんて言ってくれたけど、ビックリして目を見開いちゃったら意味が無いよね。
目の色がみんなと違うってバレたら、ばあちゃんみたいに逃げないとダメになっちゃうんだろうな……。
せっかくじいちゃんが山の神様にお願いして特別製の眼鏡を作ってもらったのに、たった数日でダメになっちゃうなんて情けなさすぎる。
もう目立たないようにしなくちゃ。
私は決意を新たにした。