第26話 血の雨降る六月 (7)
大変長らくお待たせしました。
お待たせした分、8,000字オーバーとなっております。
杖による突きを、同じく構えた杖を払って迎え撃ち理解する。身体能力ではこちらが大きく劣る事を。
突きを弾いて出た感想が、『鋭い』ではなく『重い』だったのです。
弾かれた勢いを更に加速されて、一歩踏み込まれると同時に石突が弧を描いて襲い掛かる。
それを何とか防ごうと、両手で杖を縦に構えて一撃を受け理解する。白兵戦技術もこちらが劣ると。
何せ、互いの杖がぶつかると思った瞬間、予想した衝撃は来ず、まるで蛇が絡みつくかのようにこちらの杖が巻き込まれ、気が付けば跳ね上げられて体勢を完全に崩されてしまったのですから。
そして、こちらの両腕を杖ごと跳ね上げた勢いをそのままに、下から杖頭が掬い上げるように私の腹部に直撃して理解する。LVはこちらが圧倒している事に。
直撃した割にダメージは低く、防御力を『貫通』される事もなく痛みを感じる事はありませんでした。
この世界の戦闘はゲーム的です。
ステータス上の攻撃力が相手の防御力を超えていなければ、当たっても碌なダメージにならず、痛みを感じる事も直接肉体が傷付く事もありません。
言ってみれば、『防御力』という目に見えない鎧を纏っているようなものです。
1ポイントでも攻撃側の攻撃力が防御側の防御力を超えていれば、『貫通』と言ってこの見えない鎧を突破する事象が発生する事もありますが、その発生率は『致命傷』をはじめとした補正と、どれほど攻撃力が防御力を上回っているかによります。
ところが、どれほど肉体を鍛えようがステータスが上がる事はなく、LVを上げる事でしかステータスは変動しません。
それ故、どこの騎士団も基礎的な訓練よりもLV上げを優先します。あ、一部例外もあるようですが……。
とにかく、身体能力、戦闘技術共に劣っているものの、LVはこちらが圧倒しているようなので、防御に徹して持久戦に持ち込めば──
「やはり、そちらの舞台に合わせていては分が悪いですか……」
──勝機もあると思ったんですが……。
腹部に受けた一撃により、ダメージはなかったものの、追撃を受けない十分な間合いが出来る程度には吹き飛ばされました。
そして、戦闘中であるにも拘らず、構えを解いたアイリーンさんにそう声をかけられました。つまりは仕切り直しという事なのでしょう。
「それは、どういう意味でしょうか……」
ですが、こちらは構えを解く事はなく、全方位に可能な限り注意します。
会話中に不意打ちとか、キャストンさんがよくやる手ですから。
「単純な事です。『加護』で劣るのなら、『加護』に頼らず戦えば良いだけの事」
その瞬間、全力で右に跳びました。
根拠があった訳ではありません。前兆があった訳でもありません。
ただ、時折起こる衝動的な勘に従っただけの事。
「あら。今のを避けますか……本当に厄介ですね」
その結果は半分成功で半分失敗でした。
何故なら、先程まで私の立っていた場所には、ぽっかりと穴が開いていたのです。それはまるで、そこにあった土が自ら退いたかのように、穴の周囲を隆起させていました。
そして、私は穴の中に取り残される事はなかったものの、跳び退いた際に隆起した土に引っかかり転倒してしまったのです。
嫌な予感がしたので、そのまま転がり続けていると、やはり後を追うように何らかの魔法で追撃がきました。
無詠唱どころか魔法名の宣言すらなく、何の魔法なのか確認している暇もありません。
転がり続けても埒が明くどころか、追い詰められる一方と判断し、魔力障壁を展開して被弾覚悟で勢いをつけて立ち上がります。
立ち上がる際、地面に手を着けなかった右腕で顔だけは防御していましたが、魔力障壁はその用を為さず、あっさりと貫通。
左脚、腹部、右肘の三箇所に鈍い痛みを感じました。どうやら、こちらの防御力も『貫通』された模様。
しかも、視線の先には、縦に3段、横に20近い礫を浮かべているアイリーンさんの姿。
上段の端にある礫から射出されては中・下段から補充され続け、空いた下段には地面から土が浮き上がり新たな礫を形成しています。
マシンガン……とまでは言いませんが、秒間5,6発は礫を吐き出す勢いです。
当然、こんな魔法はゲーム時代も含めて、これまでに見た事はありません。
キャストンさんかフレアちゃん、或いは彼らの教えを受けたアイリーンさん本人が作った魔法なんでしょう。
どれほどのダメージが発生しているかは分かりませんが、痛みを感じる以上は相応の攻撃力があるはず。
慌てて弧を描くように走って避けます。
すると、こちらの移動速度が上がったためか、集弾率が若干落ちたように思えます。
更には、アイリーンさんはこちらを視線で追うだけで、その場からは大きく動いていません。
この魔法を使用している間は動けないのでしょうか?
「逃げるばかりでは、私に勝てませんよ? 時間稼ぎはこちらも望むところです」
勘に任せて逃げ回っていると、アイリーンさんからそう声をかけられる。
挑発? 向こうも意外と余裕がないのかしら?
それとも、そう思わせるためのブラフ?
「ブリジット、さんを、待って、いる、のかし、ら?」
ほぼ全力で逃げ回っているために、応酬しようにも息が切れ切れです。
「はい。逃げた彼らの追撃……いえ、脱出地点手前での待ち伏せをしてもらうために、私の魔法で上空に打ち上げなければなりませんので」
こちらは通常の魔法を詠唱するどころか、この一週間で必死に覚えた無詠唱の魔法も走る事に集中しているせいで使えないというのに、涼しい顔で礫を連射されています。
二人を同時に相手しなくて済みそうですが、何故そんな事を?
訓練大隊を余裕で封殺する事が出来なかった以上、私を確実に仕留める事の方が大事だと思うのですが?
「二人掛りで来ないのか?とお聞きしたいようですね? 簡単な事です。『うちの家からメイドを掻っ攫っていったアイザックとニール。多分ニールの方が来ていると思うから、骨の2,3本折っておいてくれ』とキャストン様から命じられていますので」
逃げてー! ニール逃げてー!!
「どなたがニール様なのか分からない以上、一先ず皆様の骨を2本折る事を最低限の目標としておりました」
ニールだけじゃなかった!?
あのアイリーンさんが、こんな事を平然と言うなんて、いったい何が?!
「因みに、出発地点に残されていった方々ですが……言動やこちらを見る視線にあの男と同じ物を感じ、非常に不快でしたので少々反省して頂きました。今頃は優秀な治療班の手によって、肉体は元通りになっていると思われます。肉体は」
あ、理由、ありましたね。本当に、ごめんなさい。
「さて、そろそろ作戦は決まりましたか?」
戦闘開始前に彼女が現れた辺りは、罠が大量に仕掛けられているでしょうから、その一帯に足を踏み入れないように時折進路を切り返して走っているために、その都度数発の礫が命中します。
その全てが防御を貫通して直接肉体にダメージを蓄積していきます。
さらには走りっ放しなため、体力が尽きるのもそう遠くはありません。
そして、体力が尽きて足を止めたが最後、蜂の巣にされるでしょう。
となれば──
「『深い霧』!」
「!」
──被弾覚悟で足を止め、頭部にだけは当たらないように両腕で防御して、痛いのは我慢しながら頭の中で魔法陣を構築し、無詠唱で命中率低下の妨害魔法を使う。
何発当たったのか分かりませんが、魔法は成功。
アイリーンさんの立っていた辺りを中心に霧がかかり、お互いに姿が見えなくなりました。
そのおかげで、私がどこにいるのか探るように、礫はバラバラの方向に飛んでいきます。
これで、一息ついて呼吸を整える事が出来ます。
と同時に、私がこの一週間で何とか覚えた無詠唱の魔法を全て晒してしまいました。
流石に一週間では、『水の矢』『水球』『深い霧』の3つを覚えるのが精一杯だったのです。
「え?」
時間のあるうちに、HPを回復させようとステータスを確認すると、驚いた事にHPが減っていませんでした。
あれだけ被弾し、その全てに防御を貫通した痛みを感じていたというのに、まるでそんな事はなかったかのようにです。
通常、防御力の5倍以上ある威力の攻撃を被弾した場合に、肉体を直接傷つける『貫通』が100%の確率で発生します。
まぁ、実際には色々と補正があるので、必ずしも5倍とは限りませんが……。
具体例としては、以前キャストンさんが兄ガウェインの顔面をすぷらった~な事にしましたが、人間は頭部が弱点とされているために防御力が低くなっており、加えて『致命傷』判定も入るので『貫通』が発生しやすくなっています。
特に頸部は防御力の恩恵がないようで、どれほど防御力が高かろうが、首にまともな一撃が入ると非常に危険なため、試合などでは首に寸止めするだけで勝負ありとされるそうです。
右肘など、被弾した箇所を確認してみると、装備の下で素肌が青く痣になっていました。
やはり、『貫通』していたようですが……ダメージが発生しない代わりに100%貫通するようになっているとか?
それなら確かに『加護』なんて関係ない事になりますが……そんな事ができるのでしょうか?
いずれにせよ、彼我の戦力比は再考察が必要で、加えてそんな事を考えながら戦えるほど、私は戦巧者ではありません。
戦場は平地で、遮蔽物も前衛もいない上に周囲には罠もある。
そんな環境下では、長い詠唱が必要な魔法は使えず、かといって無詠唱では相手に一日の長がある……。
となれば──
「大いなる水よ。我が前に集いてその顎を開き、激流を以って立ち塞がる全てを押し潰せ。『水竜の息吹』!」
──霧で視界を塞いでいる今の内に大きいのを叩き込んで、流れをこっちに奪うしかない!
あとは出たとこ勝負!
そもそも勝ち目なんてないんですから、形振り構っていられません。
長射程・高威力・直線・持続時間長めで、発動中は薙ぎ払うように効果範囲を広げられる『息吹』系の魔法。
本物の『竜の息吹』に比べると射程や効果範囲は狭いんですが、威力だけは高い魔法攻撃力によって本物以上です。
そんな『水竜の息吹』の魔法を詠唱すると、直径2mほどの円柱状の水流が重力に逆らって宙を貫く。
その水流で霧に覆われた一体を薙ぎ払うと、何かを壊したような音が響き、狙いが定まらず散発的に射出され続けていた礫も止まりました。
これで勝った……なんて事は当然ないはずで、どこから何が来るか……とりあえず、背後だけは特に気を付けて──
「『水の矢』!」
──なんて考えていたら案の定背後で物音がしたので、振り向き様に無詠唱で魔法を叩き込んだところ……。
「な!?」
目の前にあったのは地面から迫り上がってくる土壁だけで、予想していたアイリーンさんの姿はありませんでした。
更には左右からも土壁が迫り上がってきたので、囲まれる前に慌ててバックステップで脱出しようとしましたが、またも背後で迫り上がってくる途中の土壁に引っかかり、転倒してしまいました。
せめて頭を打たないように後頭部を守ろうとしましたが、思った以上の高さから落ちてしまいました。
どうやら、土壁を作るためなのか、周囲の地面が沈下していたようです。
痛みに思わず呻いていると、ふと影がさしたので何事かと眼を開けると、そこには──
「ひ?!」
──巨大な何かを振りかぶったアイリーンさんの姿がありました!
急いでその場から転がって避けると、すぐ傍でドォンとお腹に響く大きな音が轟きます。
アイリーンさんが振り下ろしたのは、その身にそぐわぬ巨大なハンマーでした。
よく見れば、柄は先程まで使っていた杖のような謎の素材で出来ており、槌頭は土を押し固めてできた石のように見えます。
考えても答えの出ない事は後回しにして、即座に立ち上がりこちらも杖を振りかぶって接近戦に持ち込みます。
これほど巨大なハンマーならば、取り回しに苦労するはず。その間合いの更に内側に張り付いて攻め続けるしか勝機はありません。
そう判断したのですが、どうも様子がおかしいです。
一撃二撃と杖を打ち付けるも即座に体勢を整えられ、三撃四撃と杖を振るっても苦もなく防がれてしまいました。
それはまるで、巨大なハンマーなど持っていないかのように軽やかに……。
「どうしました? それで終わりですか? では、こちらからも!」
疑問に思い、攻勢が緩んだ一瞬の隙を突かれて攻守が反転します。
まるでそっくりそのままお返しとばかりに、こちらの攻撃と同じパターンで反撃されました。
一撃二撃とハンマーを振るわれ、何とか受け止めるものの、その巨大さに相応しい重さを有していたため完全にこちらの体勢が崩されます。
三撃四撃と、完全に間合いから逃れるように後ろに跳んで距離を取りましたが、着地と同時に勘で前に跳びます。
すると、やはり着地地点を貫くように地面から石でできた棘が生えてきました。
「危地に陥れば陥るほどに冴え渡るその直感……厄介ですね」
「え!?」
「お気になさらずに。でないと、怪我をしますよ?」
何か言われた気がしますが、正直それどころではありません。
距離を取れば無詠唱の魔法が襲い掛かり、ハンマーの間合いでは完全に押し負け、残るは更に内側の間合いに張り付くしかありませんが、それでもほぼ互角と言う有様。
いったいどうしろと!?
一つ気になるのは、やはりこのハンマーです。
まるで重さなどないようにアイリーンさんは振るいますが、受ければ明らかに『重さ』があります。
この重さは最初の打ち合いで感じた身体能力によるもの……だけでなく、確かに物理的な加重もあるように感じられます。
でも、そんな事ありえるのでしょうか?
物理的には存在しているはずなのに、使用者は重さを感じないなんてそんな魔法みたいな……魔法みたいな?
みたいではなく、魔法そのものなんですか、このハンマー!?
そう言えば、杖もないのに白兵戦で無詠唱の魔法を使うなんて、どれほどの練習が必要なのかと思いましたが、魔法で杖に土をくっつけて槌にしたって事ですか!?
土だけに? って、ダジャレですか?!
ですが、タネが分かれば対処は可能です!
「『水球』!」
「ッ!?」
思いっきり間合いを詰めるように踏み込み、鍔迫り合いの形に持ち込んで、無詠唱の魔法を発動する。
唯一、昔から知識もないまま応用させて使っていた『水球』の魔法。
パワーレベリングの時に、モンスターを窒息、或いは溺死させるために使っていましたが、今では私が最も得意とする魔法となったために、発動させるのも最も簡単になりました。
そして、その魔法で杖頭に水の球を作り出し、膨らませ形を整え、アイリーンさんと同じように水のハンマーを作り出しました。
その結果、私の腕にかかる荷重は変わりませんが、鍔迫り合いでは少しだけ押し返せました。
「その答えに辿り着きましたか……」
「おかげ様で……」
こちらは必死に食らい付いていたと言うのに、その実態は掌の上で転がされ、教え導かれていたという訳ですか……。
まったく、嫌になりますね。
「では、答え合わせです!」
「くっ!」
密着状態を脱するように押し返され、間合いが開く。
それは互いの得物の間合い。つまりは魔法で作り出した互いの戦槌を振るってぶつけ合い──
「な!?」
──私が作った水の戦槌は、その槌頭の上半分が弾け飛ぶという結果へ到る事に……。
「残念ながら、私の意志を破るほどではありませんでしたね」
まぁ、それはそうですよね。
土を石みたいに固めたハンマーと、水でそれらしい形にしただけのハンマー。
ただでさえ、水属性は土属性に弱いというのに、固体と液体がぶつかれば普通はこうなりますよね……。
結局、LVのゴリ押しができなければ、私はこんなものでしょうか……。
でも、「雨垂れ石を穿つ」とも言いますし、少しずつでも努力を重ねていけば、いつかは……。
…………。
……。
『 い つ か 』 っ て 、 い つ で す か ?
学園の実習。
アイリーンさん達は私の護衛のつもりだったようですが、実際は私が二人の護衛をしていたようなものです。
キャストンさん達とのパワーレベリング。
寄生しているだけでしたが、それでもドラゴンやジャイアントといった巨大モンスターを相手に、攻撃魔法を撃つくらいはしていました。
全部! 全部私が二人より先に進んでいましたッ!
それがいつの間にか追いつかれて、追い抜かれて、置いていかれて……『いつか』っていつ追いつけるんですか!
同じだけ努力したって、追いつける訳ないじゃないですか!!
それだって、『同じだけ努力』できたらの話です。
次期当主としての勉強も必要な今の私に、彼女達と同じだけの戦闘訓練が出来る訳がありません!
今です!
せめて今の時点で追いついて、追い越さないと、ずっと誰かの背中に隠れ続ける事になります!
ここです!
ここで踏み止まらないと、私はこの先ずっと自分自身に負けっ放しとなりますッ!
『雨垂れ』なんて悠長な事は言っていられません!
堤防も橋も、全部全部押し流す『激流』が今は必要なんです!!
今から普通に『激流』を起こそうとしても潰されるだけ。
ですが、幸いにも杖の先にはまだ槌頭を形成していた残滓があります。
「水……」
「え?」
「勝って兜の緒を締めろ」とはよく言ったものです。
勝利を確信していたのか、アイリーンさんは構えを解いてはいないものの、とても「残心」とは言えない状態です。
「水! 水! 水! 水! 水! 水! 水! 水! 水!」
「な、何を!?」
気付いた時には手遅れです。
残っていた魔法にありったけの魔力を注ぎ込む。
……後先考えずに暴走させるだけなら簡単なんですよ?
「全部! 全部! 全部! 全部! 全部! 全部! 全部! 全部! 全てを打ち砕く激流よここに!!」
「無茶苦茶ですね!」
暴走した魔法が溢れ出し暴れだす。
猛り狂い、うねり逆巻く水の流れに阻まれて近付けないアイリーンさん。
まさに「バケツをひっくり返したように」と表現すべき勢いで流れ出す水。
遮る物のない平地をドンドンと侵食して行き、そこかしこで巨大な落とし穴が開いたり、巨大な土壁が迫り上がる。
……ちょっと引くくらい周囲は罠だらけでした。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」
「んな?! いけません、グレイシア様!!」
押し寄せる水流に踏ん張っているアイリーンさんを余所に、自分の持っているものを全部叩き込む勢いで、暴走する魔法にくべる。
魔力も、体力も、痛みも、苦しみも、全て注ぐ。
……その上で。
あらゆるものを出し尽くして魔法を暴走させた上で、更にこの魔法を制御します!
ただ暴走させただけでは、アイリーンさんの足を止めるのが精々で、とても勝てそうにないのだから、これに指向性を持たせて叩き付けなければなりません。
大丈夫。まだ、精と根が残っています。
何、基本は『水球』なんですから、モンスターを溺死させていた時と同じようにすれば制御できるはずです。
大丈夫、命と魂もまだあります。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「は!? 無茶苦茶過ぎますッ!」
精神力と意志力の全てを絞りつくして暴走する魔法の制御を試みます。
正直、一杯一杯で何がどうなったのかは分かりませんが、溢れ続けていた水が逆流し一点に、杖の先に集中していきます。
やがてそこに現れたのは一振りの刀身でした。
杖頭にあるため、薙刀のように見えます。
精も根も尽き果てた身体で、上段に構える。
さっき、「残心」がどうのと考えていたから、前世で姉がやっていた薙刀の形になったのかもしれませんね。
石礫が幾つも命中する。
もう、痛みすら感じませんが、それでも「届け」と一心に願い……いえ、執念で真っ直ぐに振り下ろします。
その直後、ガシャンとガラスが割れたような音が響き、刀身が割れて洪水もかくやという大津波が起こりました。
おそらく、暴走して溢れた水と同じくらいの量が一気に流れたと思います。
流石にこんな大津波じみた水量に押し流されたら──
「『限界突破』!」
──勝てると思ったんですけどね……。
激流に押し流される事なく、耐え切ったアイリーンさんが石の戦槌を振るうと、槌頭が壊れてその破片が散弾のように襲い掛かります。
「勝って兜の緒を締めろ」ですか……見事なブーメランでした。
しかも、フィニッシュがこちらと似たような攻撃方法じゃないですか、やだー。
「お見事です、グレイシア様。奥の手を使わされてしまいました」
アイリーンさんが何か言っているが、正直よく聞こえない。
「今はゆっくりとお休み下さい」
しかも、よく見たら杖の先には、石でできた槍の穂先のような物が残っている。
あれが本来の姿だったのですね……。
あぁ、悔しいなー……。
先を行くその姿を脳裏に焼きつけ、私の意識は暗闇に落ちていく。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
今回はあっさりし過ぎたり、逆に血生臭くなり過ぎたりと難産でした。
時間を掛けさせていただいた分、いい塩梅になっているのではなかろうかと……。
これまで、グレイシアは「誰かと自分を比べる」という事はしてきませんでした。
ゲームヒロインである神子に対してすら、「正面切って戦う」という事は避けてきました。
ですが、前世でも今世でも末っ子だった彼女は、自分の取巻きであり、(秘かに)ちょっと「お姉ちゃん風」を吹かせていたアイリーンを相手に圧倒された事で、「置いていかれる」という危機感に目覚めました。
漸く、成長の兆しが見えてきたっぽいです。




