第22話 血の雨降る六月 (3)
大変長らくお待たせしました。
前回、冒頭に繋がると言いましたが……残念、そこまで届きませんでした!
じ、次回にはちゃんと繋がりますので。
幾ら引き返したいと思っても、馬車は止まってくれません。
いえ、私が命じれば止まってくれるでしょうし、引き返してもくれるでしょうが……そういう訳にもいかないのが実情でして……。
一人悶々としているうちに城門を越え、街道をはずれ南へ南へと進み、目的地に着いたのか馬車が緩やかに止まりました。
「お嬢様。到着いたしました」
あぁ、やっぱり……まぁ、そりゃそうですよね。
「ご苦労様」
護衛の騎士が馬車の扉を開けてくれたので、労いの言葉をかけてから地に降り立つ。
眼前には広い草原が広がっており、その中に幾つもの天幕が並んで宿営地が形成されている。
その半数以上に二本の剣が交差した意匠の旗──第二騎士団の軍旗が翻っており、次いで魔剣ガラティーンを模した意匠の旗──ガラティーン騎士団の軍旗がはためいています。
そして──
「総員、敬礼!」
──その号令と共に一糸乱れぬ動きで見事な敬礼を披露する500名の騎士達。
そう、彼らが──
「お待ちしておりました、グレイシア様。我らガラティーン騎士団精鋭500名。現時刻を以ってグレイシア様の指揮下に入ります!」
──今回私と一緒にこの訓練に参加するように命じられた……騎士達です。
決して、実験台とかではないと思いたいです。
「大儀でした。ガラティーン公爵家の名に恥じぬよう、あなた方の働きに期待します」
アイテムボックスから愛用の杖を取り出し、精々威厳が出るように注意しつつ、ぼろが出ないよう短く挨拶を纏めます。
「勿体無きお言葉。我ら一同、公爵家の名に恥じぬ成果をお約束いたします」
「それでは各自元の作業に戻りなさい」
指揮官らしき少し年嵩の騎士が大仰に請け負う。
……冗談とか絶対に通じそうにないタイプですね……。
それはそれとして、お飾りとはいえ指揮権を渡された以上、いつまでも大所帯で屯している訳にもいきません。
解散させて、作業を再開させないと……何より、私自身こんな大勢に囲まれていては、緊張で息苦しくて仕方がありません。
「は! 総員、持ち場に戻れ! それではグレイシア様、私は本営に戻ります。後の事はこの者らにお尋ね下さい」
一通り要件を済ませると、ガラティーン騎士団の天幕の内一番大きなものに向かう騎士。
後に残されているのは私と──
「グレイシア様のお世話を命じられた騎士ニールでございます。何なりとお命じください」
──と、殊勝に畏まる騎士達。
いやー、そうしていると立派な騎士様に見えなくもないですねー。
まぁ、そちらがそういう気でしたら、こちらもそれ相応の対応をするまでです。
「良い心がけですん、騎士ニール。では、最初の命令です。即時この場にて腹を掻っ捌き、見事に奥方への愛を叫んでください」
「いやいやいや、何の罰ですかお嬢様?!」
「いえー、あのニールが立派に部下を持てるようになったのだなーと、感慨に浸っていただけですよ?」
「嘘だ!?」
気安い様子で私と会話する上官に驚きが隠せない様子の騎士達。
まぁ、あんまり虐めてはかわいそうですね。
彼は私がクレフーツ家へ、月に一度の頻度で通っていた頃の護衛の一人で……同時に、クレフーツ家のメイドさんと結婚した若手騎士の一人でもあります。
まー、それは大騒ぎになりました。
私の警護そっちのけで他家の使用人といちゃついていたのか?とか、そういう方向ではなく──そっちの方向で問題にすると、密偵衆を軒並みクビにしないといけなくなるので不問にされました──公爵家に仕えているメイドには見向きもせず、他家のメイドに手を出すとはどういう了見か!
……という事で、主に女性陣の怒りを買い、ついでに他家に仕えている女性を娶るのだから、下っ端のままでは示しがつかない……という建前の下、半ば罰を兼ねて士官教育を叩き込まれる事になりました。
「それで、ニールがいるという事は、アイザックも来ているのですか?」
アイザックというのは、これまた私の護衛だった騎士で、クレフーツ家のメイドと結婚したもう一人の男です。
「いえ、あいつんとこ、今度三人目が生まれるので」
「三人目!?」
思わぬ返答に驚いて、少々声が大きくなってしまいました。
「え、えぇ、なので、あいつの隊は暫くこっちには派遣されません」
「そうですか……もうそんなになりますか……」
「はい。うちも二人生まれましたし、時間が経つのは早いものです」
彼らが結婚して既に……6,7年ほど?でしたか……確かに、子供が生まれていてもおかしくはないですね。
「そうですね。遅ればせながら、ご出産おめでとうございます。と、アンナさん、ドーラさんにお伝え下さい」
かつてお世話になったお二人の事を思い出しながら、遅まきの祝辞を述べました。
「ありがとうございます、お嬢様。それでは、まず何から始めますか?」
一先ず、護衛である自分達との挨拶はこれまでとし、次の行動をニールが尋ねてきます。
「それでは、第二騎士団の本陣へ伺うとしましょうか」
第二騎士団の訓練に、私達も参加させてもらうという立場である以上、こちらから挨拶に伺うのが筋。
そして、それ以上に我が家と第二騎士団の関係を考えると……。
という訳で、第二騎士団の本営へと向かう事としました。
◇
「こちらが聖光騎士団の本営です」
第二騎士団団長であり、ブリジットさんの叔父にあたるブラッドリー・バーナード男爵との挨拶を恙無く──正直、ガウェインが仕出かした事を思えば、拍子抜けするくらいあっさりと──終え、次に向かったのが今回の教導官であるロドリーゴ様のいらっしゃるこちらでした。
天幕の上には真新しい隣国ウェストパニアの国旗と、それに比して焼け跡や解れの見える『聖なる光』を象った意匠の軍旗が翻っています。
構成員僅か50名ばかりの騎士団。
規模としてはニールの率いる小隊よりは多いという程度ですが、それを「敗残兵の寄せ集め」と侮る事はできないでしょう。
「お久し振りです、グレイシア様! そのローブ姿もお綺麗です」
そして、歩哨に立っていらした方に来意を告げ、案内された先にいたのは笑顔の眩しい少年でした……。
「お褒め頂きありがとうございます、クレメンテ様。お変わりがないようで安心致しました」
見えます。子犬が尻尾を振って喜んでいる姿が幻視できます。
そのあまりにも嬉しそうな視線が眩しく、私の薄汚れた心に突き刺さります。
ごめんね、クレメンテ君。四つも年上の私なんかが婚約者で……。
立場上、私をヨイショしなきゃいけませんものね。
そして、周囲の視線もグッサグサ刺さります。
そちらの大切な少年を誑かして申し訳ありません!
まぁ、私の装備って、派手ですものねー……。
杖以外は公爵家の財力に任せて用意された逸品ばかりで、性能も然る事ながら、真紅を基調とした派手な一揃い。
ゲームで何度も見た装備であり、グレイシアの金髪がよく映えていたのを覚えています。
下品でないのがせめてもの救いでしょうか?
「いやー、そんな目立つ装備は大変だなー? 一発で大将首ってバレるもんな」とは、地味過ぎて学園内では逆に悪目立ちしていた方の言です。
でも、単純な値段や性能では、ドラゴン素材で出来ているあちらの方が実は上という皮肉……。
「う……か、変わってませんか?」
無事を言祝ぐ言葉がお気に召さなかったのか、急に元気がなくなりました。
それはもう、元気に振られていた尻尾がシュンと垂れ下がったかのように。
「え? え? えぇ、その、お怪我がないようで安堵いたしました」
「あ、あぁ、そ、そういう意味ですか、ですよね! えぇ、それはもう……怪我、なんて……ははは」
はて?
何やらまたも元気がなくなりましたが……先程とはまたベクトルが違うような?
こちらを注視していた騎士の方々も急に視線を逸らされて……見た所、どなたもかすり傷一つないように見えますが、『怪我』という単語に何かあるのでしょうか?
「あの、皆様いったい」
「はっはっは。『士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし』とは申せど、それはあくまで御伽噺の英傑の話ですぞ、若」
「どうしたのか」と尋ねようとしたところで、ロドリーゴ様に遮られてしまいました。
……何でしょう、少しわざとらしい気がするのですが、気にしすぎですかね?
「し、師匠……」
「まぁまぁ。昼を過ぎればいくらでも時間があるのです。お二人の語らいはその時までとっておいてくだされ」
何かを言いたそうにしているクレメンテ君を押し留め──
「お久し振りですな、ガラティーン様」
「は、はい。お久し振りです、ロドリーゴ様。今日明日と、私は二日のみですがご指導を賜りたく、よろしくお願い致します」
──ロドリーゴ様から挨拶を切り出されてしまいました。
指導を受ける側であるこちらから挨拶をするべきでしたのに、その流れを無視するかのように……何かを隠された? でも、いったい何を?
「なんのなんの。ガラティーン様はまずは二日のみという事ですが、基本中の基本をご理解頂ければ良いので、そう身構える事もありませんぞ」
「そう、なのですか?」
「はい。基本なくして応用はありません。何を差し置いても、まずは基本です」
特に気負う事もなく、柔和な様子でロドリーゴ様はおっしゃいました。
ただ、天幕を辞す際にロドリーゴ君が念を押すように言った「くれぐれも、くれぐれも怪我だけはしないようにして下さい」という言葉に、不安を募らせる事になりましたが……。
◇
ガラティーン騎士団の本営に入り、幕僚との挨拶と各資料の確認をしている間に訓練開始の時刻となったようで、訓練地への移動となりました。
案内してくれる騎士の先導に従い、野営地から少し離れたそこには、第二騎士団の姿が……ありません。
はて?
「あの、これは?」
「では、自分はこれにて。……その、お気をつけて……」
どういう事かと尋ねようとしたところで、ここまで案内してくれた第二騎士団の騎士は踵を返し、何事か言い難そうにしたまま逃げるように去っていきました。
何でしょう……ひたすらに悪い予感しかしないのですが……。
「総員、傾聴!」
そんな中、女性らしき声が響いてきたのは、何もない草原に放り出された部隊を整列させた直後でした。
というか、今の声って……。
「500名が整列するのに5分ですか……騎士団と聞いていたのですが、民兵の間違いでしょうか?」
声の聞こえてきた方を見れば、いつの間に現れたのか人影が二つ、こちらに向かって歩いてきます。
「間違いなくガラティーン騎士団……のはず」
その二人はエプロンと一体になったスカート丈の長いワンピース、つまりはよくあるメイド服を着ており──
「となると、今回は大仕事になりそうですね。リジー」
「予めキャス様から聞いてたから問題ない。アイリ」
──私の知っている人物でした。
そう──
「はじめまして。本日皆様の指導役を務めさせて頂くアイリーンと申します」
「同じく、ブリジット」
──可憐にカーテシーを披露するのはかつての学友であり、紆余曲折を経てクレフーツ男爵家のメイドとなった筈のお二人でした。
もう、嫌な予感ここに極まれりという心境です。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
漸く、この二人が再登場を果たせました。
そのうちもう一人、ある人物が成長して再登場する……筈です。多分。きっと。
そういえば、年度末に入りました。
一年で一番忙しい時期です。
…………にも拘らず、上司がインフルエンザをやらかしました。
せめて完治するまで来るなよ……。
頭いてーわ……は、もしかしてうつされた!?




