第21話 血の雨降る六月 (2)
大変長らくお待たせしました。
そして、引き続き説明回だったり……。
「お嬢様、お待たせしました」
講義の内容を振り返っている間に、迎えの馬車が到着したようです。
今日は土曜日で、本来なら実習があるのですが、今回も優先すべき用事があるために私は不参加となります。
幸いというべきか、グィネの方も今日は王城に呼ばれており、実習は不参加だそうです。
……そう言えば、前回私が実習に参加できなかった日以降、様子が変わったような?
何というか……ホンの少しだけ余裕?みたいな物ができたというか……実習でも、以前の後衛魔法士スタイルに戻してくれて、危なっかしいところがなくなりましたし……。
何があったのかだけは決して口を割りませんでしたけど、何かしら得るものがあったのでしょうね。
「いいえ、構いません。先方をお待たせする訳には参りませんから、早速向かいましょう」
学園の正門前にて、一人杖以外を武装した状態で待っていたので、迎えに来た御者や護衛達が畏まるのも無理はありません。
とはいえ、迎えに来る時間が分かっている以上、取次ぎにかかる時間を短縮するにはこうする方が楽なんですよね。
この辺も大貴族に似つかわしくないと言われる所以ですが……どうにも5分前行動が染み付いているもので……。
「と、忘れる前にこちらをお父様にお届けしておいてください」
「畏まりました。それでは……」
御者が馬車の扉を開いて控えている横で、アイテムボックスから手紙を取り出し、護衛責任者の騎士に預けておく。
手紙を恭しく受け取ると自分のアイテムボックスに収納し、私が席に着くのを確認すると自分が乗ってきた騎馬へと向かっていく。
ややあって、手綱を操る音と複数の嘶きが聴こえる。
すると、軽い振動とともに小窓に映る景色が流れ始める。
「さて、どれほど受け入れてもらえるか……」
誰に聞かせるでもなく、手紙の内容に思いを馳せ呟く。
目的地に着くまで時間はあるので、そちらについても振り返ってみる。
これまでとは違う魔法の発動方法を練習する傍ら、陰りの見えるガラティーン公爵家を再興し、政略結婚を回避する計画にも進展がありました。
……まぁ、進展と言うよりは進捗と言うべきでしょうか?
まずは現状を把握すべく、閲覧を希望したガラティーン公爵領の資料は……残念ながら閲覧させてもらえませんでした。
ですが、その代わりにオークニー子爵領に関する資料を閲覧させてもらえました。
お父様曰く、「領主ごっこの小道具に、機密情報たる領地経営の資料を出せる訳がない。そんな事で遊ぶ暇があるなら、来年自分が相続する領地の事でも勉強しておけ」との事です。
私の掲げる政略結婚回避を『夢物語』『おままごと』と否定しながらも、こうして手がかりくらいはくれたという訳です。
……流石にそれは好意的に解釈しすぎでしょうか?
まぁ、おおよそ、「やれるものなら結果を出してみろ。話はそれからだ」というところかしら。
一先ず、寮の自室に戻ってからは渡された資料と睨めっこの日々でした。
オークニー子爵領というのは、ガラティーン公爵家がオークニー公爵家を名乗っていた頃に治めていた領地の代替地です。
100年前の内乱鎮圧における功績を以って現在の公爵領を拝領した訳ですが、元のオークニー領が飛び地となってしまうために王家直轄領と交換されました。
その際、オークニーの名を残し、その地を新たにオークニー子爵領とし、ガラティーン公爵家の跡取りが子爵として治めるようになりました。
早い話、本来であれば今頃は兄ガウェインが受け継いでいるはずだった領地です。
位置としては、元が王家直轄領なだけに、今でも直轄領の東部と隣接しており、ガラティーン公爵領の玄関口とも言える場所にあります。
軍事的には、首都圏侵入を防ぐ東部最後の砦とも言えます。
尤も、基本的には平野ばかりで、ガラティーン公爵領を抜いてきたような軍勢に対しては、篭城して時間稼ぎをするくらいが関の山。
うーん……正直、そんな状況にはなってほしくないですねー……その場合、領都以外は蹂躙され、攻囲された領都もどう考えても最悪な結末しか見えませんから。
さて、そのオークニー子爵領ですが、人口は約50,000人。
領都オークニーが人口10,000人に僅かに満たない小都市で、他には人口1,500人前後の町が4つあり、残りは大小様々な村が散らばっています。
オークニー騎士団が保有する戦力は約1、000人と、子爵領としてはかなりの物です。
……これは、確かにキャストンさんが早々に潰そうと思ってもおかしくないですねー……。
そして、驚くべきは年間約80,000人分に相当する小麦を生産している点です。
これだけでも驚異的なのに、他に米や野菜、果物等もあります。
ブリタニアが農業立国で、食糧が余り気味というのも頷ける話ですね。
逆に言うと、収納した物の時間が停止するアイテムボックスがなくなれば、余った食糧を保存する術が著しく困難になりますし、農村部のインフラを支えている生活魔法がなくなれば、生産力は壊滅してもおかしくありません。
何せ、農村部の殆どには川等の大きな水源はなく、魔法に頼っているようですし……。
……これ、詰んでません?
万が一にでも魔法が使えなくなるなんて事になれば、全滅しませんか?
教国領で起こっている怪現象。
西から徐々に広がっているという事ですが、ある日突然この地で起こったとしても不思議ではありませんよね?
何せ、原因がいまひとつはっきりとしていない以上、地球の裏側で拡散した疫病が、貨物に紛れていた蚊を経て日本にも拡散!
……何て事もありえる以上、この世界でも同様の事がないとは言い切れません。
んー……これ多分凄く拙い状態です。ただの勘ですけど、こういう時の勘には従った方が良いです。
逆らって甘く見ていると、だいたい痛い目に遭ってきましたから。
とりあえず、対策としては……井戸や貯水池の数を増やすようにするのと……念の為に、食糧貯蔵庫も増やしておいた方がいいですね……。
どれも作っておいて困る物ではないでしょうし、開墾に回す労力をそちらに回してもらうようにしましょう。
……食糧が余っている現状、生産量を増やされても値崩れが加速するだけですしね……。
と言いますか、何でこれほどまでに小麦の収穫量が多いんでしょう?
他の作物が育たないという訳でもないでしょうに……。
他にも人口増加率など、気になる点は多々ありましたが、何よりもまずは魔法に頼らない水源の確保と食糧の保存に手をつけた方が良いと思い、手紙に詳細を記してお父様に頼んでおきました。
採用していただけるかどうかは分かりませんが、まだ領地を相続していない私には裁量権がないのでお父様の判断に委ねるより他にありません。
まぁ、進捗と言ってもこの程度です。
素人でしかない私が、一週間資料と睨めっこしただけでは、これが限度ですね。
本当のところを言うと、もっと手を付けたい部分はあるんですよ。と申しますか、早急に手を着けた方がよい案件もあったりするのですが……色々と覚悟が定まらなかったり……。
うぅ、こんな調子じゃダメですね。もっと気合を入れないと!
何せ、今日はガラティーン公爵領から選抜された騎士500名と共に第二騎士団と合流し、ロドリーゴ様の指導を受ける事になっているのですから。
訓練とは言え、お飾りの指揮官とは言え、あまり無様を晒す訳にはいきません。
一先ず、今週の行動を振り返るのはここまでとし、今日これからの事を考えましょう。
今日明日と、土日二日間を利用して私はこの訓練に参加。
加護を喪失しても戦闘ができるようにするとの事でしたが……。
そもそも、この世界は色々と地球とは違います。
戦闘はその最たるもので、ゲームのように『LV』があり、こちらでは『女神の加護』の一つ──略して単に『加護』と呼ばれています──が非常に重要な要素となっています。
そうですね、実例を挙げた方が早いですね。
名前:グレイシア・ガラティーン
属性:水5 木3 光1
LV:255(0%)
HP:4976/4776(+200)
MP:6409/6209(+200)
攻撃力:1575
防御力:515(+100)
魔法攻撃力:3897(+50)
魔法防御力:1028(+250)
これが私のステータスです。
念じる事でゲームの時と同じようなステータスウィンドウが中空に表示されます。
幸か不幸か、他人に見せる事はできませんし、他人のステータスを確認する事もできません。
こんなトンデモ数値を知られたらどうなる事やら……。
ゲーム時代ですらここまで育てた事はないです。
まず、属性ですが、本人の使える属性に1から5までの数値が入り、1を除いて数値が高いほど使える魔法が多いという事になります。
1は例外で、生活魔法が使える事を示し、2以上の属性値だと威力が強すぎるのか生活魔法は使えません。
私だと、水属性は全て、木属性は多少の魔法が使え、光属性のみ生活魔法が使えるという事になります。
後の各種パラメーターについては、日本のゲームをした事がある人ならだいたい分かると思いますが……現実となったこの世界ではかなり特殊な効果を持っています。
例えば、攻撃する意思を持って殴る蹴る等のアクションを起こし、それが命中した時、攻撃力と防御力の数値、その他当たった箇所等によって発生するダメージが決まります。
それが例え腕力のない非力な者の攻撃だったとしても、攻撃力の数値が高ければそれだけで高いダメージを発生させます。
次に防御力ですが、これは抵抗の意思を持った時、ほぼ全身に発生する見えない皮膜のようなものの頑丈さを示し、これを突破しない限り身体に直接傷を負う事はありません。……ダメージがあればHPは減りますけどね。
つまり、圧倒的な防御力があれば、怪我をする事はほぼないという事です。
魔法攻撃力や魔法防御力というのは、文字通りこれらの魔法版ですね。
そして、この世界ではHPが0になっても即死亡という事にはなりません。
但し、自分の意思で一切動く事ができなくなる『行動不能』状態となります。立っている事も出来なくなるので、まずは倒れますね。
『行動不能』を解除するアイテムや回復魔法を使ってもらうか、安静にして十分な休息を取らないとこれは回復しません。
……逆に、HPがいくらあろうと、即死する事もあります。
例えば、防御力の恩恵が薄い頭部や、全くない頸部への致命傷。
或いは防御力を貫通する攻撃などで負傷し、治療を受ける事ができずに失血死するなど、必ずしもHPがあれば死なないという訳ではありません。
私がパワーレベリングの初期にやったのは、まさにこの仕組みを逆手に取ったジャイアントキリングという訳ですね。
このように、通常の戦闘においては加護の多寡は重要になります。
極端に言えば、非力な子供であってもLVを上げて攻撃力や防御力で相手を圧倒すれば、屈強な大人を制圧する事も出来るのです。
そんな加護を失っても戦えるようにする訓練を受ける訳ですが……それって、要するに……あ、凄く引き返したくなってきました……。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
遂に公開されたグレイシアのステータス。
……まぁ、ぶっちゃけるとこの数値が効果を発揮する事はないんですけどね。LV0になっちゃうから。
本人が戦闘に向かない性格であるにも拘らず、足手纏い付きでも問題なく実習や暴漢をあしらえていた根拠の一つである事は間違いありません。
多分、LVカンストしていなかったら、危ない目に遭っていたと思います。
何せ、彼女も犯罪者集団の標的の一人でしたから……。
次回からは漸く冒頭のシーンに繋がりますのでご安心を。
【お知らせ】
前話公開初日のPV数は307でした。
よって、夏季休暇期間の舞台は海となります。
大丈夫、男だらけの水泳大会とか、誰得展開はないのでご安心下さい。




