表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
悪役令嬢の新たな日々
92/103

幕間 苦労人と二人の悪童 (下)

お待たせしました。


物語内における5月最後のお話です。

「コホン」



 むぐ!

 控えている家令がわざとらしく咳払いをする。

 くぅー……こやつ、だんだんと父親に似てきおった……。



「それで、今回提出した品について、何か申し送る事はあるか?」


「全て提出した書類に書いてありますが、特に一つだけこの場でもお伝えしたい事があります」



 先程までの出来事が嘘のように、淡々と返してくる赤毛の男。

 切り替えが早いというか、とことんまで我が道を往くというか……まぁ、話が早くなるから助かるといえば助かるのだが、釈然としないのは私だけだろうか?



「ご用意した携行食糧ですが、見ての通り特殊な袋に包装されており、これ一本で成人男性一日分の食事量に匹敵するようになっています」


「「はぁ!?」」



 いや、この掌に載る程度の大きさで一日分の食糧って……。



「どう見ても足りんだろう?」


「はぁ……ですが、輜重に於いて最も場所をとるのは武器でも防具でもなく、糧食だと考えます。然るに、補給の回数を減らすには少ない量でも十分な栄養を補給できるように工夫すべきと判断しますが?」


「むぅ……」



 確かに、アイテムボックスが使えない以上、これまでのように出来たての食料を戦場に持って行く事はできん。

 どうやっても、作戦中に於ける食の質はこれまでに比べて落ちる。つまりは士気も落ちる。

 そこへきて、一日の食事がこの量とあっては……。



「やはり、もう少し何とかならんか? 輜重部隊は増やすし、補給の回数も増やせば対応できる。だが、士気の低下だけはどうにもならん」


「ふむ。そうですね……一本辺りの栄養を落とす事は可能です。味の種類も増やしましょう。これで、如何でしょう?」


「おお、そうだな。そのようにしてくれ」



 なんだ、可能なのではないか。



「では、納入数も増えますね。毎度ありがとうございます」


「あ゛……」


「はっはっは。してやられたな? ま、そう間違った判断でもないと思うぞ?」



 暢気に笑う一国の王。

 払うのは国の金だと分かっているのか?

 いや、まぁ、流石にそれが分からん訳でもないだろうが……。



「やー、作業量が増える事に違いはないんですよ? こちらの負担が増えてしまう以上は、そちらも報酬を負担して頂かない事には……。それとも、やっちゃいます? 徴収。って言っても、こちらは()()で作っているんですが」



 やはりそこか……。

 王都キャメロットの東には、何もない荒地が広がっている……という事になっている。


 実際には、国教たる神聖パニア教に入信する事も出来ない貧しい者達が集まり、貧民街を形成していた。

 「信徒にあらずば人にあらず」などという過激な思想によってか、彼らは人として、国民として扱われてこなかった。

 その為、彼らの暮らす貧民街も、書類上は存在せず、ただの荒野が広がるばかりとされていた。


 ところがだ、ここ数年で貧民街は徐々に姿を消し、まさに新たな街が生まれつつある。

 その黒幕が目の前にいる赤毛の男である事は知っていたが、やはりこれらの生産拠点はそこか……。


 その発展振りに、接収しようなどとぬかすバカどももいるが、これまで国の民として扱ってこなかった者達を接収しようなどとしたら、衝突は不可避だ。

 野生のワイバーンを僅か25人で討てる自衛集団300人を相手に、武力衝突なぞ御免被るわ。

 しかもほぼ無傷って……野生のワイバーンだぞ? 戦力比でいえば、1頭でガリアの竜騎士3騎、イーストパニアの天馬騎士9騎と同等以上だぞ?


 それなのに、街一つ接収するのに野生のワイバーン12頭分の戦力と衝突?

 肝心の市街地を焼け野原に変えてか?

 はははは。バカバカし過ぎて話にもならん。


 王都の治安維持上どうしてもというのであれば、むしろ爵位を与えるくらいせねばならんが……彼らもこの男の薫陶が篤いのか靡く事はない。


 更には、以前にも密偵達を潜入させたのだが、全員丁重にもてなされた上で送り返されてしまった。

 ま、先にも決めた通り、今あそこに構っている暇はないからな……大人しく購入するとしよう。



「はぁ……分かった。耐久試験の結果、正式採用となれば購入するとしよう。今回持ってきた分は」

「あー、それでしたら、まとめて献上品という事で」


「む? しかしだな」



 この目で確認したところ、携行食糧以外に疑問点はなかった。

 品質にも問題はない……どころか、少々類を見ない程度には高品質だったようなので、通常品としての価値は十分以上にあるだろう。

 これを平民から()()()()()となると些か以上に外聞が悪い。



「耐久試験って、ガラティーン家の密偵衆が現地調査のついでにやるんですよね?」


「まぁ、そうなるな」


「でしたら、王家とアロンダイト家にも分配して、三家でそれぞれ試験をして下さい」


「お? そりゃこっちとしてはありがたい話だな」


「なるほど。その方が試験結果の信頼性が増すという訳か」


「ま、そういう事です。あと、使用者の感想等もよろしくお願いします。品質向上の参考意見にしますので」


「ふぅ……そういう話を聞くと、お前が貴族ではなく商人に見えるな……」



 いや、それは少し違うか……。



「おや、それは嬉しい褒め言葉ですね。是非ともそうありたいものです」


「「ぬかせ」」



 この通り、貴族でありながらも、その価値観は商人のそれなのだろう。

 それは貴族と見做して接しても、上手くいかん訳だ。


 ◇


「まったく、やれやれだな……」



 一通りの手続きを終え、キャストンが帰ると、ウーゼルがそう零す。



「それはこちらの台詞だと思うのだが?」


「うん? まぁ、細かい事は気にするな。ハゲるぞ」


「うるせーよ、俺がハゲるとしたら誰のせいだ? あぁ!?」


「はっはっは。ま、それはそれとして、これで少しは肩の荷が下りたか……」



 ぬけぬけと……まぁ、多少、若干、ホンの少しばかり、心配事が減ったのは確かか……。

 少なくとも、あの得体の知れぬ男に爵位と言う首輪をつける事を頷かせた。

 これで、あの男が他国へ流れるという危険性は減った。


 無論、その首輪とてどれほどの効果があるかは分からんが、貴族が他国へ亡命したとなれば開戦の大義名分にはなる。

 さて、そんな危険を冒してまで受け入れようという国があるかどうか……。



「しかし、今日はつくづく思い知らされたな……」


「というと?」



 友人の非常に珍しい神妙な様子に疑問を覚える。



「もう少し、子供達の教育にかかわるべきだった、とな……」


「む……そう、だな……」



 夫婦間の問題に、親子関係の問題と、感情論とはいえ色々と指摘されてしまっていたからな……。

 その結果が今の有様に繋がっているのは確かだ。


 アーサー殿下も、執拗に陛下に逆らったのがいけなかった。

 学園行事という衆人環視の中で陛下に逆らい、グレイシアとの婚約を拒否する……それはもう取り返しようのない失態だ。

 いったい、何が殿下をそこまで追い詰めたのか……結局、それは誰にも分からないのだ。

 親であるウーゼルにも、だ。


 そして、それ以上に酷いのが私だろうな……。


 ……幼い頃には神童だと思った。

 次に産まれた妹も負けず劣らずの神童だった。

 これで我が家は安泰だと思った……。


 だが、こうなる兆候はあったのだ。

 不自然に辞めていく若いメイド達……。

 本人は上手く隠せていると思っていたのだろうが、護衛として張り付かせていた密偵からの報告は黒だった。


 その時にきちんと矯正していれば……いや、止そう。

 仮定の話をしても、現実は覆らない。

 ある意味、この現状は私が招いたものだ。



「あー、やめだやめだ。過ぎたこ事をグダグダと言っても仕方ねぇ。いま考えるべきはこれからの事だ」



 ほぼ時を同じくして同じ結論に達したらしく、気持ちを切り替えるためにわざわざ声に出していうウーゼル。



「んで、ロットよ。お前はこれらの物資をどう見る?」


「一言で言えば、常軌を逸しているな」


「ほう? 多少品質は良いと思うが、それほどまでか?」



 まるでこちらを試すように尋ねてくるが……本当は分かっているだろうに。



「耐久試験をする、と言ったが、おそらくこれらの物資は問題なく教国領でも機能するだろう」


「ほほう。それはまたなんでだ?」


「決まっている。そうでもなければ、あの50人は生きてここまで、キャメロットまでこの時期に辿り着けなかっただろう」


「ま、そりゃそうか。あの50人……古都トレドにて壊滅した聖光騎士団の生き残りが、壊滅してそう間もない今の時期に、遠く離れたキャメロット西の難民窟にいて、それをかつての団長である剣聖殿が雇うなんざ、どう考えても出来すぎだ」


「出来すぎどころか、隠す気すらなかったそうだぞ? 何せ、赤毛の男と連れ立って難民窟に出向いたそうだからな」



 剣聖……いや、クレメンテ殿一行と面会した日。

 進軍する際の案内役や、我が軍への指導を買って出てきたが、彼らの護衛や指揮する部隊に関しては一切触れられなかった。

 さて、どうやって指揮権を渡さずに済ませようかと思っていたが……僅か50名とはいえ、とんでもない傭兵を雇われてしまった。


 どう考えても、赤毛の男が一枚噛んでいるとしか思えない。

 何せ、彼ら一行をここまで連れて来たのは他ならぬ奴自身だ。

 彼らの率いる戦力を用意していたとしてもおかしくはない。


 そして、あの場にて奴はこれらの物資を用意する事を確約した。

 そう、()()()()()のだ。


 いや、そもそもだ。

 我々の密偵達が多くの犠牲を出してまで集めた情報。

 それをあ奴はいとも容易く上回ってみせた。どうやってだ?


 加えて、今後の行く末だ。

 我々は女王即位を機に国が割れると考えているが、あの男はそれよりももっと早く、戦後すぐに割れると考えていた。


 これら、一連の事象が示すのは、あの男──キャストンはこうなる事を随分と前から予測しており、その為の準備をしていたという事だ。

 貧民街を実質差配しているのも、その為やもしれん。


 何故かは分からん。どうやってかも分からん。

 あの男が天才なのか、はたまた怪物なのか、或いは両方なのか……。


 いずれにせよ、我々の想像以上に深刻な事態が差し迫っているのは確かだ。



「なるほど。ま、今のところ我が国に対して隔意がある、という訳ではないようだ……にしても、こうも度々国境を越えられるとはなー……」


「空を飛ばれてはどうにもならんだろう。それに、どこかの王様がわざと見逃している節があるからな」


「なんと。それは困った王様だな」


「よくいう……」


「はっはっはー。何せ、今の俺は職にも就かない貧乏士爵家の三男坊だからな。いやー、今日はよい剣を手に入れたなー」



 はぁ……。

 ウーゼルの性格からして、たまの鬱憤晴らしに羽目を外すくらいは仕方ないが……。

 この様子から察するに、思った以上に王妃様との間が(こじ)れているのだな……。


 まぁ、当然と言えば当然か。

 そもそもの前提からしてすれ違っているのだから……。

 こればっかりは当人が解決するより他には……って!?



「な、何をやっているんだお前は!?」


「え? いや、なんかこうした方が良いって俺の直感が囁くんだ。それに、俺としてもどのくらい頑丈なのか知りたくなってな? ちょっと試しに……」



 実験作として献上された剣の姿を大剣に変え、その剣身が机の端からはみ出すように置くと、あろう事か聖剣を上段に構えるウーゼル。



「何もここでしなくても!?」


「大丈夫だって。俺の直感は当たるだろ? 見てろよ? ……せッ!」



 勢いよく振りぬかれる聖剣エクスカリバー。

 直感とかどうでもいいわ!



「おい、バカ! それ国宝ををををををををををををッ!?」



 ガギン! という甲高くも鈍い音を響かせ、ぶつかり合う鋼と鋼。

 その結果は──



「おぉ?」


「おおおおおおおお、おま、おま、そそそそ、それ、それ!」



 ──聖剣の切っ先が見事に飛んでいき……天井に突き刺さった。

 家臣達の動揺も耳を通り抜けるばかりだ。



「国宝だっつってんだろうが!? 我が国の王位の証ッ! 王権の象徴!! 折ってどうすんだよッ!?」


「あっれー? おかしーな? 大丈夫だと思ったんだが……あ!」


「あ? 『あ』ってなんだ『あ』って!?」


「大丈夫だったのはこっちだったぜ!」



 そう言ってウーゼルがずいっと差し出したのは、傷一つついていない大剣だった。



「『俺の剣は大丈夫』って思ったんだが……なるほど、もうこっちの方が俺の剣だったんだなー。やー、確かに、エクスカリバーって、ちょっと上品過ぎてイマイチしっくり来なかったんだよなー。その点、コールブランドはデカくて太いのに羽のように軽いと来た。いやー、学生の頃にコイツを使いたかったなー」


「全っ然大丈夫じゃねーよ!? 聖剣折ってどうすんだよ?!」


「大丈夫だって。どうせ俺がエクスカリバーを抜くような状況なんて…………あ」



 そうだよ、聖剣を抜く機会があるだろうが!?

 新王の即位式で、王権譲渡の証として、聖剣を譲り受けた新王が抜くだろうが!!



「これからの世直し行脚に支障が出るな……」


「そっちじゃねーよ!?」



 なんでコイツ平然としてられんの?!

 もうちょっと慌てろよ!?



「よし、今すぐキャストンを呼び戻せ! まだそう遠くには行っていないはずだ。奴なら、コールブランドの見た目をエクスカリバーに作り直せるかもしれん!」


「は、ははっ!」



 陛下の指示に慌てて駆け出していく家臣一同。

 その背を見送って一つの可能性に思い至る。



「…………もしや、最初からそれを狙っていたのではありませんか? 陛下……」


「いやいやー、そんな訳ないだろう、宰相よ? 聖剣は我が国の王位の証。王権の象徴。コールブランドを普段使いにしたいからと言って、わざと折るなど……そんな事を余がすると思うか?」


「でしたら、私の目を見ながら言って頂きたい……」



 我々しかいない執務室に、ヘタクソな口笛が空しく響く……。


 その日、どこかの自称・貧乏士爵家の三男坊が、心底呆れた目をした赤毛の男に、二つ目の貸しを言い渡されたが……。

 うむ。今日も我が家は平和だった。そういう事にした……。



「いや、でもほら、聖剣よりも強力な武器だという事が判明したんだぞ? 僅かでも実戦配備したいだろ?」


「今日も我が国は平和で、聖剣が折れるなんて事態は起きておりません! よって、国庫でそんなバカ高い剣は買いません!!」


「こ、コールブランドの分だけでも!」


「しつこい! 個人で作った借りは個人で返せ!!」


「うぇーーーーっ!?」

初心者の剣・エンブリオカスタムLV1

種別:武器(特殊)

等級:三級品→特級品

解説:異世界で作られた初心者用の剣。……をベースに、命を宿らせた成長する武器。

特性:エンブリオ・コールブランド

命名者:ウーゼル・(中略)・ペンドラゴン・ブリタニア12世

性能:ATK+5→ATK+25

追記:戦場の真ん中で屈強な男達が武器の名を叫ぶ……なんて厨ゲフンゲフン、オサレだよね♪


エンブリオ

種別:特性?

等級:伝説級

解説:「命の欠片」、「最も小さな命」、「知性なき命」、「最も無垢な命」とも呼ばれるもの。命なき物に宿り、名付けた者に合わせて成長するようになる。名付けた者にしか従わないのは刷り込みか?


理想スメイト

種別:食品

等級:三級品

解説:これ一本で理想的な朝食分の各種栄養を補給可能! 原材料はクリーンでエコなリソースを使用。包装にもグリーンプラを採用し、環境に配慮した一品です。味はプレーン、チーズ、フルーツの三種があります。

備考:完全な異世界からの輸入品な為、この世界独自のルールには適応されません。


異鉄の剣

種別:武器(剣)

等級:三級品

解説:素材から道具・製法まで、全てを異世界の品で揃えて作った普通の剣。一切のアヴァロンリソースが含まれていない為、この世界のルールの外にある。

性能:ATK+15(攻撃力換算+300)

追記:正直こんな面白みのない物を延々とン万本も作ってられんから、材料だけは揃えてやる。後は自分の力で何とかしろ。


聖剣エクスカリバーレプリカ・エンブリオカスタムLV2

種別:武器(特殊)

等級:三級品→特級品

解説:異世界で作られた初心者用の剣。……の見た目を聖剣エクスカリバーに置き換えたレプリカ武器。……をベースに、命を宿らせた成長する武器。

特性:エンブリオ・コールブランド、受け継がれしモノ(血脈)

使用者:ウーゼル・(中略)・ペンドラゴン・ブリタニア12世

性能:ATK+5→ATK+27

備考:聖剣エクスカリバーを折った事でLV2に成長。また、新たな特性を得た事で、使用者権限を子孫限定で変更する事が可能。



拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。


漸く5月のお話が終わりました。

次回からはグレイシアの視点に戻り、6月へと移り変わっていきます。


そして、以前宣言した通り、次回更新日のPV数によって夏季休暇期間の舞台が決まります。

まぁー、内容自体はそんなに変わらない……はずです。多分。きっと。おそらく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ