幕間 苦労人と二人の悪童 (上)
大変長らくお待たせしました。
今回はギャグ回ですので、難しく考えなくてもよいかと。
「旦那様。キャストン様がお見えになられました」
執務室で仕事中の私の元に、家令がそう報告してきたのは、五月ももうじき終わろうかという日の昼過ぎであった。
漸く来たか……いや、確かに当初の、本来の予定でいえばその言の通り「漸く」なのだが……こちらの思惑を察したのか、屋敷に向かう途中で引き返されたとの報告があった。
その日以降、奴は動きを見せず、持久戦に持ち込まれてしまった。
その時点でこちらの負けだと思ったのだが……それが、この段階で奴の方から来るだと?
いったい、どういう訳だ?
「そうか。すぐに通せ」
理由は分からんが、来たというのであれば是非もない。
家令には奴を連れてくるように命じ、こちらはこちらで迎え撃つ準備を済ませる。
ややあって、執務室の扉が叩かれる。
入室を許可すると、入ってきたのは普段通りの無表情……だが、いつもの死んだ魚のような瞳の奥に、かすかに感情の動きが見て取れる赤毛の男だった。
いつもならば、どれほど表情を作っても、その目の奥に潜む本心は見えんというのに、今日は怒り? 苛立ち? そのような感情が宿っている。
まぁ、気持ちは分かる非常に分かる。
普通に考えれば、こちらの策が露見した時点で、持久戦に持ち込まれた時点で、こちらの負けだったのだ。
非常識だ。とても策とは呼べん非常識極まりない手段に、こちらは出たのだ。
それを見抜かれた以上、後はこちらが音を上げるまで待つだけだっただろう……にも拘らず、こうしてこやつはこちらの間合いに入ってきた。
さて、いったい何があったのやら……まぁ、碌でもない事だろうな。
何せ、ある意味では私も被害者だからな……はぁ。
「よく来てくれた。早速で申し訳ないが、その荷台に積まれているのが例の物か?」
前置きも挨拶もなく、さっさと本題に入る。
礼儀も何もあったものではないが、私もこの男も、もう既に疲弊している。
互いに、面倒なやり取りはすっ飛ばしたい……と思うほどにだ。
「はい。武器・防具・衣類に食料、その他野営などに一先ず必要な物を取り揃えました。紙や筆記具などはまた後ほど揃えさせて頂きたく思います」
キャストンの言う通り、奴の背後には使用人達が押してきた荷台が複数運ばれており、その上には様々な物品が載せられていた。
これらは、現在教国で拡大中の異常地帯でも使用可能な物品という事で、この男に用意させた物だ。
当てがあるというので用意させてみたものの、さて、本当に使えるのだろうか……?
敢えて、荷台の方は見ずに会話をする。
「それで、これらは本当に使える物なのか?」
「それは自分の口からは何とも……実際に、現地で試して頂くより他にはないかと」
あくまで淡々と返してくる。
お互い、頑なと言っても良いほどに、ある一点を見ずに。
まぁ、確かに口では何とでも言えるが、実際に試してみない事には証明できんか……。
「ただ、一つ。これらは全て『アイテムボックス』に収納する事ができません。それはこの場にて証明できるかと」
「お、本当だ。ロット、お前も試してみろよ」
そんな楽しげな声ととも、鞘に納まったままの長剣を投げ渡される……。
誰に? そんなの──
「「自称貧乏士爵家の三男坊は黙ってろ!」」
「うぉ?!」
──貧乏士爵家の三男坊、ユーサーを名乗る私と同じ年頃の男だ。
その腰には聖剣にそっくりな、少々派手な剣がぶら下がっているが……なに、この手の男ははったりを利かせるために、身代に合わぬ見た目が派手な剣を差しているのはよくある事。
抜いてみれば、ただの木剣だったり──
「その設定を考えたのはお前ではないか。キャストンよ」
「設定を云々するならせめて遵守しろよ?!」
──する訳もなく、あの腰にぶら下がっているのは間違いなく聖剣であり、現在我が国で聖剣を手に出来るのは唯一人。
即ち──
「おいおい、俺様国王様だぞ? この国で一番の権力者様だぞ? そんな口をきいていいのか? あぁ~ん?」
「なら、認識阻害の魔導具を無効化する装備を近衛に」
「生意気言ってすみませんでした。取らないで~、俺から息抜きの機会を奪わないで~」
──赤毛の小僧と程度の低い口喧嘩に興じているのが、我等がウーゼル国王陛下その人である……。
というか、掌返すの早ッ!?
こやつら、この戯けたやり取りに慣れておる?!
……似た者同士という事か?
なんでも、他者からの認識を阻害する……つまりは、顔を見られても誰だか記憶に残らないようにする魔導具という物があり、それを手に入れて以来、陛下はちょくちょく城を抜け出しては王都で遊んでおるそうなのだが……。
ある時、偶然にも下級官吏の犯罪現場に遭遇してしまったそうな……。
その場でその下級官吏を処断したそうだが……この時の事件はどうやら根の深いものだったようで、陛下が早々に正体を現した事で、黒幕には逃げられてしまったとの事。
それ以降、陛下は正体を隠し、この赤毛の小僧を情報屋にして、官吏や貴族の不正を糺しに……って、どう考えても王の仕事じゃないだろ、それ!?
そもそも、だ。
そもそも、この男を呼び出す方法がないから、今回のような策とも言えん策を弄したはずなのに、何故にその当人を情報屋として接触しておるのだ?
普通にその時呼び出せよ!
……と、言ったら、「おいおい、士爵家の三男が怪しい情報屋を王城に招く訳がないだろう? というかだな、息抜きしてんのに仕事の話とか不粋にもほどがあるだろうが?」とか言いおった!
おい、その『息抜き』ってのは、放蕩者を演じている時の事か? それとも今現在、こうして俺が仕事をしている横で優雅に茶を飲んでいる事か? えぇ?
まぁ、一つ言えるのは、以前この傍迷惑な友人がこぼした「キャストンを娘の婿に」という考えは、かなり本気だったという事だ。
その証拠に、我が家に遠慮する必要がなくなった途端、この男に爵位を与えるのに本腰をいれたのだからな……。
はぁ……。
「陛下、一国の王ともあろうお方が、情けない声を出さんで下さい」
「「さっきは放蕩者扱いしたくせに~」」
「うるせえよ?!」
二倍! いやさ、二乗!!
いつもの二乗疲れる!!
「とまぁ、宰相閣下を相手に多少……微少? いやいや、極少憂さを晴らしたところで」
「おい、待て」
「待てと言われて待つ奴もいないという事で続けまして……バカなんですか?」
いちいち癇に障る奴だな?!
こちらの抗議もどこ吹く風という様子で続けるキャストン。
まぁ、これも憂さ晴らしの一環なのだろうが……私も被害者なのだと声を大にして言いたい!
「よく言うであろう? バカと天才は紙一重だと!」
「阿呆ですか阿呆でしたねアホだった」
胸を張って言う我等が王に、辛辣な言葉が突き刺さる。
いいぞ、もっと言ってやれ!
「紙一重どころか壁一枚ぶち抜くくらいの暴挙じゃないですか。ヤッダー。なに? バカなの? 一国の主が政務ぶん投げて待ち伏せとか、知性が蒸発してしまわれたので?」
「おま、流石に言いすぎでない?」
はっはっは、言いよる言いよる。
陛下が本気で凹まされている姿など、久しく見ておらんな。
こやつ、外交官向きかもしれんな?
……宣戦布告専門の……。
さて、被害者たるキャストンが言ったように、事は非常に簡単である。
早い話、「呼んでも来ないなら、先回りして待ち伏せすれば良い」と言い出した何処かのア……コホン。我等が王は、進捗状況を報告しに来る事になっていた標的を待ち伏せし、これを強襲。撃滅せんとしたのだ。
強襲。まさに強襲である。
何せ、公務を全て放棄するという、我が方の損害を度外視した我が屋敷への逗留だったのだから……。
おかげで、私やエクトル侯爵をはじめとした多数の者に多大な負荷がかかっており、あと数日で現体制は破綻。
強制的にでも、陛下には公務に戻って頂く事になっていただろう……。
そう、奴はあとホンの数日で勝利を手にできたというのに、ここへ来て突然の白旗……いったい何故だ?
「まぁ、陛下はこういうお方なので、お主も今後の為に覚えておくと良い」
「「…………」」
私もやられっ放しという訳にはいかんので、ささやかな報復をさせてもらった。
両名とも返事はなかったものの、片や周囲に負担を掛けていると自覚している者は明後日の方に目を逸らし、片やこちら側に足を踏み込みたくないと思っている者は苦い顔をしていた。
「それはそれとして……何故、今日なのだ?」
この一言で、赤毛の男はこちらの質問の意図を悟る。
勝利を目前に白旗を振るなど、普通はない。
何がこの男の心境を変えたのだ?
「何故? 何故と問いますか……」
「う、うむ……」
うん? こやつ、なんでこんなどんよりと重い空気を醸し出しておるのだ?
死んだ魚の眼どころか、本当に目が死んでおるぞ??
「く、くふふふ……それを訊いちゃいますか……ふは、ふははははは……」
「お、おい?」
あ、いかん。なんぞ悪い物に触れてしまったようだ……。
いや、でも、急にこの男にも野心が芽生えたとかだったら拙いし……。
私の立場としては訊かない訳にもいかんだろう?
「……昨日……アシュフォード侯爵に面会しました……」
「お、おう?」
虚ろな哂い声が治まると、訥々と語りだした。
侯爵に?
一応、今回提出させた品々は軍需物資でもある訳だから、こちらよりも先に軍務大臣である侯爵に話を通しに行ったのか?
「自分も先日18になりましたので、ご息女と結婚を前提としたお付き合いをさせていただきたく、挨拶に伺った所……」
はぁッ?!
いや、え? な、何だと? え? えぇ!?
18? 結婚?
いや、そうか、貴族の子弟は基本18歳になると、独り立ちする事になっている。
受け継ぐ爵位がなければ、そのまま平民という事になる。
例外として、学園に通う学生であるうちはその期間を延長される事になっておるが、今では学園に通わない貴族の方が珍しいからな……どちらが例外かわからん状態になっている。
それはそれとして、こやつはこれまた特異な事に、二年で学園を卒業したため、その措置の適用外となり、18歳になると同時に貴族籍も失い、ただの平民となった訳か……。
そして、アイリーン嬢もあの学園行事における我が娘への狼藉の片棒を担いだ咎……という表向きの事由で貴族籍を剥奪され、平民に身をやつしている。
貴族籍を持ったまま、罰として平民に落とされた者と結婚するのは色々と喧しい者も出てくるだろうが、平民同士の結婚となれば貴族が口を挟む事もない。というか、建前上はできない。
が、親に挨拶をしておくのは当然と言えば当然の話でもある。
……むしろ、この男がその辺りをきちんとする事に驚愕するばかりだ。
「『娘との結婚は諦めてくれ』と頭を下げられました……」
「……は?」
いや、そんな馬鹿な?
以前にも、侯爵は娘の気持ちを尊重すると言っていた。
我が家にも新しい婿候補ができた事は伝えているから、侯爵が遠慮するはずもない……。
……息子二人が反対している、という話は情報として知ってはいるが、その関係か?
「加えて、『娘を妻にと望んでくれるのならば、どうかガラティーン家に赴いて、陛下を迎えに行ってはくれまいか』と更に頭を下げられてしまった……」
「そ、それは……」
二人して、事の元凶に目を向ける。
「ん? いや、待ち伏せするにも、こちらの時間は限られておるのだ。この通り、持久戦に持ち込まれると手も足も出んようにな。であればだ、標的が出てこざるを得んように手を回しておくのは当然であろう?」
「それはそうですが……」
アシュフォード侯爵が報われんなー……本当に、あの方には足を向けて寝られんな……。
「いずれにせよ、これで俺の勝ちだ。侯爵には後で幾らでも報いればよい」
貴族としてはそれで良いのだが、父親としてはどうか……その辺りの事も良く考えておかねばな……。
何にせよ、これで漸く終わりかと思った。
……ところが、陛下の一言に反応した者がいた。
「……はぁ? これで勝ち? 何を言い出すかと思えば、思い違いも甚だしい……」
「……何?」
それまでの鬱々とした雰囲気から一変。
王を前にして不遜としか言いようのない気配を纏いながら、赤毛の男が口を開く。
「なるほど、確かに俺はこの場に引きずり出された。ここが脳みそ空っぽな貴族連中を大量に並べて飾った謁見の間であれば、自分は唯々諾々と従わざるを得なかっただろう……」
「無茶苦茶言うのう……概ね同意するが、飾りたくて飾っておる訳ではないぞ」
特に謁見の間に侍る貴族達についてですね……。
「だがしかし! ここはガラティーン公爵家の執務室! この場にいるのは護衛と使用人のみ! ここで起きた事は見なかった、聞かなかったと胸にしまえる優秀な人材ばかり! 本当、毎度お騒がせしてすみません」
「まぁ、陛下の無茶はしばしばあるからな……皆慣れたものだ……」
「ぐぬ」
呻く者が一人いたが、使用人達は明後日の方を向いている者ばかり。
少しは反省して頂きたい。
「そう、これはまだ戦わずして勝つという最上の策を潰されただけに過ぎず、故に俺は高らかに宣言しよう……王配なんぞ誰がなるか! 爵位も要らんわ、ボケェ!!」
「くっくっく……余を前によう言うたな小僧……貴様ァッ! 俺の可愛い娘が嫁では不満と申すか?! アァン!」
「結婚は人生の墓場じゃ! 一緒に死ぬ覚悟もできん相手と出来るかボケェ! 愛を! せめて愛がなけりゃ出来るかド阿呆!!」
「うるせぇ! 王族舐めんなよ!? 政略結婚舐めんなよ?! 俺の娘可愛いから結婚さえすれば愛情も湧くに決まってんだろうがッ!」
両者揃って口汚く……ゴロツキのように罵りあう。
はぁー……これは長引きそうだなぁー……。
あ、あと、お前らやっぱり似た者同士で仲良いだろう?
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
ギャグ回をやると、際限なく話が脱線します……。
なので、泣く泣く割愛する事に……そうでもしないと、3話分は使う事になりかねません故。
それにしても、この二人が揃うと、本当に間に挟まれる人間が苦労しますね~。




