第9話
ここから、胸糞の悪い話が明かされます。
そんな話は見たくない!という方は、ここで引き返すことをお奨めします。
年が明けて1月4日。お父様が王城から屋敷にお帰りになりました。
そして、お帰りになられて早々に、お父様は私を執務室に呼び出されました。
私も、二日間の謹慎が明けてから、グィネヴィアと二人で新生徒会の発足に奔走し、余計な事を考える暇などありませんでした。
現1年生のうち、家格の高い順に役員として検討したのですが……どういう訳か、その中でも女子生徒の多くが所在不明で、連絡すら付きません。
学園側に問い合わせても一向に埒が明かず、仕方なしに連絡の取れた方の中から選出させて頂き、年末ギリギリに新生徒会を始動させる事ができました。
今は、この激動の一週間の疲れを癒すべく、学園の寮から実家の屋敷へと冬期休暇を利用して帰省しているところです。
「旦那様。お嬢様をお連れ致しました」
家令が執務室の扉をノックし、私の参上を告げる。
「入れ」
聞こえてきたお父様の返答は、予想以上に疲れを滲ませていた。
扉を開けてくれた家令に礼を告げ、私は扉の中に入る。
「お父様、ただいま参りました」
「あぁ」
私の挨拶が終わる頃には、家令は扉を閉めて退出した。
彼にすら聞かせたくない話なのだろう。
「……はぁー……さて、何から話したものか……」
お父様は執務机に見合う立派な椅子に腰掛け、心の底から疲労を吐き出すように、大きな溜息を吐いて思案顔を浮かべる。
「あの、お父様。よろしければ、こちらから質問してもよろしいでしょうか」
「む? まぁ、それも良かろう」
私の質問に答えるうちに、話す内容を吟味しようと考えたようで、私の願いに鷹揚に頷いてくれました。
なので、キャストンさんに聞かされた内容を踏まえて、質問させて頂きました。
すると、お父様は唖然として――
「……それは、キャストン・クレフーツから聞いたのか?」
と、逆に尋ねてこられました。
「はい。あの後すぐに」
そう答えると、お父様は背もたれに大きくもたれかかり、天を仰いで両目を手のひらで覆う。
何か仰ったようだが、残念ながら聞き取る事は出来ませんでした。
「……そうだな。お前はこの公爵家を継がなければならない身だ。全てを知っておくべきだろう」
やがて、正面に向き直ったお父様のお顔には、少しばかり覇気が戻っていた。
それにしても、やはり私が後を継ぐ事になりますか……。いえ、王妃よりは楽かもしれませんね?
……そうでもないか? どうなんでしょう?
「それにしても、物の見事に伝え難い箇所をぼかしているな、あの男め……だが、それを伝えるのが親の役目でもあるか……」
そう言って、お父様が語った内容は……本当に、どうしようもない物だった。
「あ、の……その『魔薬』というのはいったい……」
「『魔薬』というのは、魔力を上げるとされていた水薬だ。だが、副作用として五感を鋭敏にし、興奮作用と避妊の効果があるとされ、依存性の非常に高い薬物として、第一級の禁制品とされている。……そう、認識されていた」
第一級の禁制品。理由は様々ですが、それに該当する品は単純所持ですら死罪を申し渡され、使用しようものなら、一族郎党揃って死罪も有り得るほどの危険物とされています。
「されていた、という事は違ったのですか?」
「あぁ。正式名称は『魔人薬』。服用者を徐々に魔人に変えてしまう薬物だ」
「魔人って、魔族の?」
魔族には色々な種類がいるとされ、その中でも人型をした魔人と呼ばれる種が、現在西の隣国と戦争をしています。
魔王モルドレッドはその魔人達の王という立場です。
「そうだ。魔力の上昇はその副次効果でしかない。そして、肉体が魔人となるのだ。人間相手では妊娠し辛くもなるだろう。そんな人が魔族になる薬……それは第一級の禁制品になるのも当然だ……」
「兄……ガウェインは、そんな物をアイリーン様達に投与したのですか?」
「……そうだ」
「その上で、その……」
覚悟を決めて確認しようとしたのに、その内容があまりに卑劣で、尻込みしてしまった……。
「……猥褻な行為に及び、被害女性達を実家にまで累が及ぶと脅迫。ケイ・エクトル、パーシヴァル・ペリノアを初めとした一味を形成し、集団で被害を拡大させ、最終的に……グィネヴィア殿下を狙っていた」
投与したのはあくまでガウェインですが、服用させられたのは彼女達です。
そして、服用した事実は検査で立証できますが、ガウェインに投与されたと訴えても立証が難しいでしょう。
疑惑こそ残りますが、『魔薬』を服用した者の証言だけでは、証拠能力はほぼないとされてしまうのがオチです。
本当に、吐き気がします。
「動機は王位の簒奪と至って馬鹿馬鹿しい!」
アーサー殿下が神子に現を抜かしていたため、廃嫡されると考えたガウェインは、王位継承権第二位のグィネヴィアの夫となる事で王配となる事を目論んだそうです。
ですが、グィネヴィアはランスロット様一筋でしたし、王配となれたところで当然ながら実権はありません。
そこで、違法な薬物を用いて彼女を穢し、屈服させ、自分の操り人形とする事で、無理矢理彼女と実権を奪おうとしていたようです。
更に悪質な事に、アーサー殿下やランスロット様の殺害計画まで考えられていたらしいという話。
「アレはなんだ!? 本当に俺の子なのか?!」
お父様がそう叫びながら執務机を殴りつける。
ご自身を『俺』と称されるほど、我を忘れた姿なんて、今まで見た事がありませんでした。
ですが、それも仕方ありませんね……。
「あ、そうそう、お前の兄貴も元日本人だぞ」というキャストンさんの言葉を信じるならば、ガウェインの発した『映像』と『録画』というこの世界にはまだなかった言葉から考えれば、彼はお父様の子とは言えないのかもしれません。
そして、それを言ってしまうと、私もお父様の子供ではないと言ってしまう事になります……それは躊躇われます……。
「……はぁ、そう言って、責任を放棄できたらどれほど楽だったか……だが、同じ事を繰り返す訳にもいかん。アレがそんな愚物に育ってしまった責任は私にあるのだからな」
私が何も言えないでいる内に、お父様なりの結論を出されたようです。
まだまだダメですね、私は……。
「それで、お父様。アイリーン様を初めとした被害者の皆様はどうなるのでしょうか?」
「なんだ、我が家の心配の前に、学友の心配か?」
「あ、いえ、その……」
「いや、お前はそれで良い。せめて、お前くらいは他人を思いやれる優しい子でいてくれ」
うわー……お父様が本格的に重症です。
一応、私が次期当主となる訳ですが、そんな私に「優しい子でいてくれ」だなんて、性格が180……いえ、135度ほど変わっていませんか?
「規定通りに処理するならば、彼女達は死罪。実家の方にも相応の罰が下されるが、当然そんな訳にもいかん。間違いなく、彼女達は被害者なのだから。そんな杓子定規な処理をすれば、彼らやそれに同調する家はこの国を離反する。そうなっては、この国は東と南に食い尽くされるだろう……」
お父様が言うには、アシュフォード侯爵家長女のアイリーンさんを頂点とし、下は平民まで。派閥に関係なく30名近い女性がガウェイン一味の手にかかっているそうです。
当然、彼女達とその実家全てを処断すれば、彼らや親交のある家は王家と、何よりも下手人を輩出してしまった我が公爵家を憎み、造反する事になるでしょう。
確かに、この状況は空中分解寸前と言えますし、我が家も首の皮一枚で繋がっている状態です。
「だが……不幸中の幸い、と言えるかどうかは微妙なところだが、被害者達から『魔人薬』の影響を取り除く事は可能だ」
「え!? そんな事が可能なんですか?!」
「あぁ。技術的には可能である事が証明された。これにより、被害者達を罰する必要はなくなった」
ただの違法薬品を投与されただけであるならば、そんな事件はなかった事にしてしまう事で、被害者達を罰する必要はなくなります。
ところが、人間が魔人になってしまう薬となれば、危険すぎて何もなかったと放置するなんて事には出来ません。
何かしらの対応を取らなければならず、おそらくは修道院送りや永蟄居といった、誰とも接触させない実質処罰と変わらない処置になっていたでしょう。
ですが、本当に『魔人薬』の影響を取り除けるならば、この事件による被害は書類上なかった事にでき、無罪放免となります。
これが、キャストンさんの仰っていた、生死を分ける『最低限のケア』なのでしょうか?
「それでは」
「だが、それだけでしかない」
「……それは」
「その影響を無くす事はできても、彼女達が……傷物にされた事実は無くならん」
確かに、『魔人薬』の影響を取り除いたとしても、彼女達が受けた仕打ちがなくなる訳でも、我が家の罪が消える訳でもありません。
「そこで、お前とキャストン・クレフーツの結婚だ」
「………………はい?」
待ってくださいお父様全然意味が分かりません何がどうして私と彼の結婚なんて話になるのでしょうか?それは私も公爵家の娘です恋愛結婚なんて無理でしょうしその辺りは多少は覚悟しておりましたがごめんなさい嘘です全然覚悟なんて出来ていませんそれでも彼とでしたら吝かでもないようなそうでもないようなむしろ不安だらけですしこの前盛大にフラれましたしというか私自身そこまで明確に自分の気持ちを認識していないのにバッサリですよバッサリあははうふふ――
「あー……うん、お前の気持ちは分かった。いや、やはり分からんが、とりあえず帰ってきなさい。いい子だから、一旦落ち着きなさい」
まぁ、お父様ったら、混乱している人間が「落ち着け」と言われて、はいそうですね、と落ち着ける訳がないじゃありませんか、おかしいですわね。
「うむ。まだ少々怪しいところはあるが、多少は落ち着いたな」
そう言って、お父様が語った内容はこうです。
何らかの事情で結婚できなくなった貴族の女性は、通常は修道院に行く事になるのですが、今回は加害者に教会の重鎮たるペリノア子爵家の人間がいました。
その為、教会側は償いとして彼女らを好待遇で受け入れると申し出ましたが、被害者とその家族はこれを忌避しました。どの口がそう言うのだ、と……。
次に、良い意味で、結婚できなくなった貴族女性の進路として、王宮務めの女官があります。彼女達は、規則として勤めている間は結婚を許されていません。
ここで暫く勤め、ほとぼりが冷めた頃に職を辞し、結婚相手を探すという事も今回の選択肢としてありました。
ですが、これにも特大の問題があります。
王宮内の侍従、侍女の人事は、宮内庁長官を代々務めているエクトル侯爵の職分です。
やはり、教会同様に、加害者となってしまったエクトル侯爵は……以下略です。
最後の道として、自家より上位の貴族、つまりは二大公爵家の上級使用人となる方法があります。これも、王家の使用人同様、結婚は出来ませんから。
ですが、当然ながら我が家は嫌がられ、残ったアロンダイト公爵家に被害者全員を引き受けてもらうというのは、我がガラティーン公爵家没落の結末へ一直線です。
そして、それは同時にこの国の片翼が斬り落とされる事を意味します。
被害者の数がもっと少なければ、加害者側が方々を脅し、宥め、賺して結婚相手を用意する事も出来たかもしれませんが……。
それにしたって、アイリーンさんの結婚相手は用意できなかったでしょう。
彼女は二大公爵家たるガラティーン公爵家の妻になる予定だったのです。
代わりとなれるのは、同格のアロダイト家ですが、当然ながらそれは無理な話です。
仮に、全員分の嫁ぎ先を用意できたとしても、この国では貴族ですら恋愛結婚が主流です。
どう足掻いても何処かしらに……いえ、いたるところに不満が出た事でしょう。
「それでは、もうどうしようもないのでは?」
「そこで、キャストン・クレフーツだ」
流石の彼でも、これはどうにも出来ないと思うのですが?
彼自身、個人で出来るのは最低限のケア……んん?
個人でなければ、それ以上のケアが出来るって事ですか?
「彼には、何か方法があるのですか?」
「………………」
何だか、物凄く雲行きが怪しくなってきました……。
あのお父様がとても言い辛そうにしています。
「あの、お父様?」
「………………キャストン・クレフーツを婿入り……いや、婿養子にして、希望する被害者全員を我が家の使用人兼……愛人とする」
…………………………Why?
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ガウェイン一味の悪事が、皆様の目に露見する回となりました。
こんな話を考えた作者の人格を疑われないだろうか?と、戦々恐々としつつも、書かずにはいられませんでした……。