番外編 お正月スペシャル 『サ○トリー』の社名を考えた人って、センスいいよな?
三酉ー……。
ってな訳で、酒宴です。
「祝! 18歳飲酒解禁!! いやっふぅーーーーッ!!」
と、奇声を上げてジョッキの中身を煽る赤毛のバカ一名。
バカが奇声を上げても、周囲の客は特に気にした様子もない。
というのも、周囲の客も似たり寄ったりのバカばかり。
そんな冒険者御用達のありふれた酒場では、この程度は日常茶飯事の出来事だからだ。
「ぷはぁー……十八年……実に長かった……って言っても、この前親父とサシで呑んだんだけどな」
そんな赤毛のバカの名をキャストンという。
この度、めでたく18歳になった事で、飲酒解禁と同時に正式に貴族籍から卒業した阿呆である。
「まぁ、確かに息子と最初に呑むのが父親でないとなると、コンラッド殿も立つ瀬がないでしょうな」
その対面には、老紳士然とした歴戦のナイスシルバーが一人。
名をロドリーゴという異国の元騎士である。
世間一般では『剣聖』と言えば通じるだろう。
そんな二人が、差し向かいで酒を飲む理由。
それは……。
「それにしても、見事に左手が治っておりますな……」
「ん? そりゃ、治す当てもなく模擬戦程度でぶっ壊したりしねーよ」
ロドリーゴが見ているのはキャストンの左手だった。
というのも、ブリタニア王国の第二騎士団をこれからの戦闘に耐えられるよう、剣聖が指導する事になっているのだが──
「名実ともにブリタニア最強の騎士団が、いかに剣聖と誉れ高い相手であっても、異国の人間に易々と指導を受ける訳がない。故に、ここは一つ、俺と爺さんの模擬戦を見せて、現実を知ってもらおうじゃないか」
──という事で、指導初日にこの二人が模擬戦をしたのだが、その結果、ロドリーゴの振るった木剣がキャストンの左手をスプラッターな感じに破壊していたのだ。
「あの状態からどうやって?」
「修復魔法の適用範囲を非生物から生物にまで拡大して、無理矢理直した。斬り落とされたり、千切れ飛んだりしてない限りはこれで治るからな」
バカは簡単に言うが、麻酔なしで再生手術を受けたようなもので、短時間とはいえ発生する痛みは軽く想像を絶する。
一言で言うと、アホの所行である。
「……アホですか?」
「失敬な。おかげで、剣聖の首級一つ分の戦果になっただろうが」
そう。「現実を知ってもらう」という宣言通り、二人の模擬戦は騎士達の、見物者達全員の度肝を抜いた。
それはもう、二人の隔絶した技量もだが、「騎士道? 何それ? 美味しいの?」と言わんばかりのキャストンのやりように、剣聖ですら敗北を認めるほどだった。
先程も伝えた通り、剣聖の一撃がキャストンの左手を破壊した。
試合であれば、その時点で勝負ありとなるところであったが、本来、この一撃は武器破壊を狙って放たれたものであった。
それを逆手にとって、キャストンは自らの左の拳と相打つように剣聖の木剣を破壊。
審判は勿論、剣聖でさえもがその暴挙と血飛沫、木剣が折れ飛んだ事に一瞬思考が空白になった。
僅かな、ホンの些細な隙ではあったが、命のやり取りの場にあっては、致命的な隙であった。
結果、右手一本で振るわれた木槍の穂先は剣聖の首筋に添えられた。
試合としては文句なしに剣聖の勝利であるが、本人を含めてそう思えた者は誰もいなかった。
すべては試合前の「模擬戦」、「試合」、「十回戦えば九回負ける」、「俺が勝ったら酒を奢れ」というキャストンの言葉に騙されたと言えよう。
キャストンを除いた誰もが、この一戦に命を張っている等と思わなかったのだ。
「私の首級一つ分ですか……果たして、本当にそれだけですかな?」
というのも、この結果を以って、ロドリーゴ自身にも一つ自覚できた事があった。
それは『衰え』である。
勿論、技量で明確に衰えを感じた訳ではない。
そうではなく、戦場に立つ者として、斬る覚悟・斬られる覚悟が如実に鈍っている事を実感したのだ。
現役の頃であれば、対峙する者の小手を潰したとしても、眉一つ動かさずに返す一撃で仕留めていた……と、ロドリーゴは自覚できた。
十四年。
それだけの長きに亘る、『祖父』としての生活が、『剣聖』としての鋭さを鈍らせていたのだ。
それを後悔する事はないが、今必要なのは『祖父』としての自分ではなく、一振りの『刃』としての己なのだと思い出せたのである。
同様の事は第二騎士団の騎士達にも言えた。
この二十余年。
ブリタニアは大きな戦を経験する事はなく、精鋭と言われる第二騎士団であっても、本物の戦場を経験した者は僅かだ。
そんな彼らにも、この一戦は衝撃的だったのである。
こうして、キャストンがあらゆる手を尽くしてもぎ取った一勝は、数多くの結果へと繋がったのだ。
無論、中には「卑怯だ」、「騎士の戦いではない」と否定する者もいたが──
「そもそも、自分は騎士ではありませんので……それでも文句があるなら今すぐ前に出な。三人でも四人でも、幾らでも相手をしてやる。同時に襲い掛かるのが卑怯でできんと言うのなら、百人でも二百人でも並べ。今なら勝てるかもしれないぜ?」
──と、あらぬ方向に曲がった二指と、折れた骨が突き出て血を流す二指の左手を前に掲げ、凄絶な笑みを浮かべて挑発するキャストンに、文句を言える者は一人もいなかった。
「さてな? そんな所まで面倒は見てられん。それで、騎士団の方はどうなんさ? LVを失っても使えそうか?」
「さぁて、まだ始めたばかりなので、何とも……ただ、思ったほど酷くはありませんな」
「おー、流石はバーナード家の麒麟児が団長をやっているだけはあるな」
ブリタニア貴族の中でも、戦闘一族と称されるバーナード伯爵家。
だいたいの出身者が戦狂いと見做されるほどの戦闘集団を形成するが、その基本言語は肉体言語だと揶揄される事暫し。
そんな中にあって、『ちゃんと現代語が通じる』という一点を以って、中央の貴族達から麒麟児だと褒めそやされているのが、バーナード伯爵の弟であるブラッドリー・バーナード男爵だ。
彼が第二騎士団の団長に就任して以降、LVやステータスに頼りきりな戦い方を刷新し、第二騎士団の『最強』という看板はより強固なものとなった。
それこそ、対抗できるとすれば、「同数で」という条件付きで本家バーナード騎士団くらいなものである。
「バーナードというのは、やはりあのバーナードで?」
「あー、あの家は東側の貴族だから、西の教国にはあまり伝わってないのか。多分、そのバーナード家の事だ。日本で言えば島津家みたいなもんだな、あれは……」
「なるほど。道理で、あの模擬戦で私より早く立ち直れた訳です」
先述の模擬戦に於いて、審判を務め、誰よりも間近で見ていたのがバーナード団長であった。
そして、件の拳で木剣を叩き折った際、誰よりも早く驚愕から復帰したのも彼であった。
「隠居と現役って差もあるんだろうがな」
「であれば、指導の半分は彼に任せたいと思うのですが?」
「うーん……悪くはねーけど、ぶっちゃけ、全員に気を纏うところまで行ってほしいんだが?」
この世界の人間が元々持っていた力。
それを前世におけるファンタジーな力の一つである『気』と称したもの。
女神の加護と言う安易な力を得た引き換えに、忘れ去られたその力は、自力での習得が困難である。
転生者でもあるこの二人は、それぞれの理由によってその力を得るに至っている。
「いや、流石に二万の騎士全てに習得させるのは私でも無理ですぞ? そもそも、時間はどれほどあるのですかな?」
「……多分、一年あるかどうかってくらい……今の拡大速度なら、それくらいで教国はほぼ完全に陥落する」
「一年……半分の一万ですら、私一人では無理ですなー」
「まー、そうだよなー……」
キャストンにしてみても、言うだけ言ってみたという感じだ。
到底無理だろうと分かっていた。
「でしたら、銃など作ってみては?」
「あー、ダメダメ。黒色火薬も無煙火薬も、『主催者』によって禁止されてる。『審判』に見つかったら即通報されて、詰みだ」
「なんと……」
「他にも電動モーターや、電気通信、蒸気機関なんかもアウトだ」
「なるほど。ビールやワインなどの酒類に、果てはカレーという、完全に日本人が過去にいたと思わせる物がありながら、いまひとつ発展しきっていないのはそういう事でしたか……」
その他にも都市部には上下水道のインフラや、風呂にトイレといった日本人必須の施設も不自由を感じない程度には揃っている。
しかし、船舶や航海など、この大陸から出るために使えそうなものなど、発展していてもおかしくないはずの物が、不自然に発達していなかったりする。
「まったく、ルールを作った『主催者』が、監視役の『審判』を兼ねつつ『プレイヤー』もやるとか、どんな八百長だっつーの……」
「改めて聞くと、トンでもない理不尽ですな」
「呑まなきゃやってらんねーよ!」
再びジョッキの中のビールを煽るキャストン。
「まー、それでもやってやらん事には、俺達に明日はない」
飲み干されたジョッキをテーブルに置くと、全く酔った様子のないキャストンがいた。
「やはり、ありませんか……」
「ないね。俺達が負ければ……いや、俺が勝つ以外には、何をどうやっても明日が来ない……『主催者』にもな。ま、何せ味方に付いているのが、その辺は容赦しない奴ときてるからなー」
「それはそれは、頼もしいような、ありがた迷惑なような……」
どうせなら、その某かに全部解決してもらいたいと思わなくもないロドリーゴであった。
「まー、奴がいない事には、そもそも勝負にすらならなかったんだ。戦いようがある以上……」
「敵を欺き、監視の目を掻い潜り、どんな手を用いてでも勝ちに行くしかありませんな」
こちらも、決意を新たにするように、グラスの中のワインを飲み干す。
「そ。例え練度不足で、酷い事になると分かっていても、騎士団を戦場に投入するより他にない」
「とはいえ、それが軍人の務めですからな……練度不足を言い訳に、戦えませんでは給料泥棒もいいところ。ここは、21世紀の地球では、日本ではないのですから……」
結局の所、ロドリーゴが戦争を経験したのはこの世界に転生してからだ。
そして、二十二年前、ロドリーゴが参戦した戦争を最後に、ブリタニアは戦争を経験していない。
つまり、目の前のキャストンも、自分が『人を殺す』経験はしていても、誰かに『殺して来い・殺されて来い』と命じた事はないのだ。
それが、重く圧し掛かっているのだと、ロドリーゴには分かった。
かつて、自分が通った道でもあるのだ。
いや、おそらくはそれ以上の負担となっている。
何せ、ロドリーゴの初陣は一兵卒だったのに対し、キャストンの初陣は兵卒どころか、裏で画策した一人、つまりは黒幕なのだ。
かかる重圧も自分の時の比ではない。と、ロドリーゴは思った。
だが、それでも、これは誰かが代わってやれる類の物ではない。
自分で飲み込むしかない以上、彼に出来るのはそっとしておくだけであった。
「さて、そろそろ行くか!」
ビールをジョッキで二杯飲んだところで、キャストンが立ち上がる。
「おや、もう良いので?」
「あぁ。実は明日行くところがあるんでな。間違っても二日酔いで無様を晒す訳にはいかんのだ」
「はて、何かありましたかな?」
特に何かイベント事はなかったように思うロドリーゴ。
「いや、俺も18歳になったろ? 正式に、クレフーツ家から籍が抜けてな……その、アイリの親父さんに挨拶をしてこようかと……」
18歳になると同時に、貴族の子女は巣立ったと見做され、貴族籍から抜かれる。
例外は学生である事だが、キャストンは一年早く卒業したので、それも適用されず、ただのキャストンとなった。
同じく、貴族籍を剥奪されたアイリーンも、既に表向きは平民という扱いであるので、二人が結婚しようと本人達の勝手であるのだが、そこは元日本人。
プロポーズの前に、筋を通そうと親御さんへ挨拶しに行こうと考えていたのである。
「ほう。それはそれは。おめでとうございます……というには少々気が早いですかな?」
「ふ、ふはははは。そうだな、ちょっと早いな。何せ相手は侯爵閣下だ……普通に『お義父さん、娘さんを下さい!』『娘はやらん! 貴様に義父などと呼ばれる覚えはない!』ってなるだろうな……ぐはッ」
自分で言ってて、想像したら悶絶するほどの精神的ダメージを受けたキャストンであった。
そもそも、二度に亘る人生において、初めての親御さんへの挨拶である。色々と不安なのだ。
「それはそれとして、何故『全財産を持って来い』などとおっしゃったのです? 負けは負け故、言われた通り、私が自由に出来る全額を持ってきましたが?」
まぁ、確かにどこかで見たような展開だなー……と、どうでもよさそうにキャストンの小芝居を流すロドリーゴ。
模擬戦で敗れた以上、酒を奢るのに吝かではないが、テーブルの上を見ると、二人で飲み食いしたもの全てを合わせても、とても全財産を必要とはしないように見えた。
何せ、剣聖に騎士達を指導してもらうのだ。
人間三人分の滞在費などでは、到底報酬として見合わない。
そこで、相応の金銭を報酬として受け取らされていたのだ。
「あぁ、それはだな……ちょいと、酔い覚ましに散歩でもどうかと思ってな。難民窟まで……」
「! それは……」
「ひょっとしたらいるかもなー? クレメンテの直衛にいい感じの難民がー。 でも、この国の通貨を持っていないだろうから、王都に入る為の入都税が払えないんだろうなー」
ブリタニアでは二十二年前の戦争以来、教国とは一度も休戦条約を結んだ事がなく、書類上では未だに交戦中という事になっている。
加えて、ウェストパニア教国の首都が陥落した時点で、教国の通貨であるオローの信用は激減。
金属としての価値しか担保されないにも拘らず、鋳潰す訳にもいかないため、ブリタニアではオローでの取引は完全に停止している。
勿論、以前のように、商人達が独自の裁量で取引する事は不可能ではないが、かつてのような1ゴールド=1オローという取引はされず、完全に足元を見た交換レートであった。
更に、そういう商人達はいわゆる闇商人だったりするのだが、彼らの本拠が集中していたスラム街は、キャストンによりかつての勢力は潰され、新たな秩序が構築されつつある。
早い話、難民となった彼らの大半は、完全に行き場を失った状態なのである。
地方に流れれば、まだ何とかなるかもしれないが、移動するにも費えは必要であり、仮に移動したとしても、その先で受け入れてもらえる可能性は……やはり、殆どないのが現実だ。
が、今この時、この場では、一般的な難民達の境遇は本題ではない。
何故なら──
「おぉ、それは大変ですな。同郷人の誼。私がある程度は面倒を見ると致しましょう」
──その難民達の中に、丁度つい最近壊滅したばかりの、とある騎士団の生き残りが、キャストンによって連れて来られているからだ。
クレメンテ、ひいては剣聖に纏まった戦力を持たせたくないブリタニアに対し、せめてクレメンテの護衛と存在感を持たせるため、ある程度の戦力は欲しいと思ったロドリーゴによる苦肉の募兵であった。
「では、約束通り、ここの払いは私が持つとしましょう」
「あいよー。んじゃま、行きますか」
この日、また一つ、『鬼』と恐れられる集団が死の底から帰って来た事を、当人達以外はまだ誰も知らなかった……。
あけましておめでとうございます。
今年も一年、よろしくお願いします。
という訳で、起きて早々に徹夜&一話分書き上げました!
お正月だから仕方ないね!
え? FGOのアニメ?
まだ見てないよー……と言いますか、秋アニメは撮り溜めたまま、ドリフターズとワーキング以外は観ていないのですよー。ゲンジバンザイ。
という訳で、大晦日には妹ちゃんとW廃スペック爺さんズの魔法担当が、元日には赤毛のバカと物理担当の爺さんが登場いたしました。
主に、次回幕間の前振りと、グレイシアでは知りえない転生者トークの回となりました。
ま、完全な蛇足回ですね。
因みに作者、薬剤が効きにくい体質なのか……手術中に麻酔が切れた事があります。
電メスが血管を焼いて塞ぐ時のあの音と痛み……今でも忘れていません……orz




