幕間 二人の姫 (上)
大変長らくお待たせしました。
おかしい、単発1話分になるはずだったのに上下二話構成に……。
しかも、今回だけで約7,000字……。
どうしてこうなった?
「はぁ……なんで私があなたとパーティを組まなきゃいけないんですか……」
銀髪の女がこれ見よがしに盛大な溜息を吐く。
王族に対して不敬極まりない態度ではあるけれど、それは言いっこなし。
それを言ったが最後、必ず「王家の権力を振りかざさないと、小娘一人黙らせる事ができないんですね。まぁ、なんて頼もしい王女殿下なんでしょう。この国の将来も安泰ですわ」という感じの厭味が返ってくる事間違いなし。
「それはこちらの台詞よ、フレア・クレフーツ。私だって、あなたとなんて組みたくないわよ」
「でしたら、他の方と組んでくださいな。グレイシア様以外にも、生徒会には三人……あ、ごめんあそばせ。パーティは三人が上限でしたね」
「私はボッチじゃないわよ!? 二年生役員は三人とも男だから私と組まないだけよ?! むしろ、あなたの方がボッチじゃないの?」
「あら残念。猫の被り方はグィネヴィア殿下以上ですので、引く手数多で固定パーティを組めないだけですわ」
「どうだか?」
「「ふん!」」
土曜日丸一日を使って行われる実習。
以前はランスロット様と二人でパーティを組んでいたけれど、そこにアイリーン、ブリジットの二人とパーティを組めなくなったシアが加入し、ランスロット様の卒業を以って、私とシアの二人で組むようになっていた。
ところが、急遽シアが実家に呼び出されたために、私は今日の実習で組む相手がいないという事態に陥ってしまった。
当然ながら、実習地にある程度の安全措置が施されているとはいえ、それでも命が懸かっているのは確かだ。
……稀に、実習地に慣れてくると油断して、命を落とす生徒もいるが、こればっかりは仕方がない。
領地の防衛も貴族の務め。命が懸かっていない仕事なんて基本的にはない。
そんな訳で、シアがいないからといって、独りで実習に臨むなど愚の骨頂。
そんなバカな事をやらかすのは、この銀髪娘の赤毛兄くらいなもの。
……とはいえ、生徒会の後輩三人組は男だから組む訳にもいかず、シア以外に組む女子となると……うーん、取り入ろうという下心がありありと伺える割に、使えるかと問えば……だから、長期で組む前提で探したくないのよねー。
という事で、通称『ぼっち救済措置』と呼ばれる、学園側が実習成績などを考慮して編成する臨時パーティに申請したところ、何故かこの女と、フレア・クレフーツと二人で組む事になってしまった……。ほんと、何でよ?
「それで、その格好はいったい何なんです? ごっこ遊びですか?」
「どこからどう見ても甲冑でしょうが!? あなた、本当に失礼ね?」
女性騎士用の甲冑を身に纏い、片手用の小剣を両手で扱えるように柄だけ伸ばした片手半剣モドキを腰に佩いた私に対し、呆れ顔で尋ねてくるフレア・クレフーツ。
いえ、これはもう、『尋ねる』どころか『嘲弄』よね?
「バカですか?」
「おい、コラ!?」
「殿下は水属性の回復系魔法士だと聞いていましたが、いつから騎士モドキになられたので?」
「う、ぐ……」
確かに、私は完全に後衛型の魔法士であり、こんな装飾用の溝……に誤魔化した軽量処理を施した甲冑や、腕力が足りずに両手でないと碌に振り上げる事さえできない実質小剣に意味がない事は分かっている。
けれど……。
「王太女となれば、宝剣カリバーンを下賜されるのよ。だから」
「だから騎士ごっこですか? 無意味、どころか、むしろ邪魔になるだけです。宝剣カリバーンなんて、本当に儀礼用の宝剣で、実戦では無駄に高価な長剣ってだけじゃないですか」
うぅ……た、確かに、私はこれまで剣の扱い方なんて一度も教わった事がないし、杖より重い物を持った事もない。
カリバーンも儀式用の装飾という面が強くて実戦向きではない……。
「付け焼刃にすらならない剣を抜くような事態に陥った時点で、もう負けは確定です。そんな事をする暇があるのなら、護衛を盾にして魔法で支援するか、逃げた方が余程効果的です」
「そ、そんな事は分かってるわよ! でも、王位の象徴として聖剣があるように、王太子の証として宝剣を腰に佩く必要があるのよ……。それには、やっぱりドレスやローブじゃ様にならないでしょう……」
ブリタニアには、過去に女王が即位した事例がある。
でも、それは王妃が一時的な代理として即位しただけであり、正式に『王太女』が擁立され、後に即位した訳ではない。
つまり、今現在『王太女』に関する法令は皆無であり、法務省が中心になって急いで策定しているところである。
尤も、それでも伝統として宝剣カリバーンの継承と、公的な場における帯剣の必須は外せないと思う。
これには、単純な伝統と格式だけではなく、緊急時における王太子の生存率を上げるとか、王の御前にあって護衛以外で唯一帯剣できる事を内外に示すとか、色々と理由があるから、私が女だからという事で変えられる事はないだろう。
となれば、必然的に普段から男装に近い格好を要求される事になる。
だから、好きこのんでこんな格好をしている訳では断じてない。
今の内から、着慣れておこうという一つの努力だ。
「そもそも、どこからどう見ても冒険者にしか見えないあなたに、格好をとやかく言われたくはないのだけど? あなただって魔法士のはずよね? なのに籠手で殴るとか何なの?」
そう。装備に関して言うのであれば、私以上にこの女の方が余程おかしいのではないだろうか?
貴族が、ご令嬢が身に着ける物としては実戦的に過ぎる地味な革鎧に、手足の籠手と脚甲は防具ではなく打撃用の武器として扱う。
それでいて実は魔法士という……最早、どこを目指しているのかさっぱり分からない。
「やれやれ……これだからお姫様と言う生き物は……」
首を左右に振り、本当に呆れたとでも言わんばかりのフレア・クレフーツ。
あなたも一応貴族のお姫様でしょうが!
「いいですか? 基本的に女性は帯剣を許されません。精々懐に懐剣を忍ばせておく程度ですが、そんなもの、いざ暴漢に襲われた際に頼れるようなものじゃありません。むしろ……」
「自害用、ね……」
年頃の女性に、身内以外の男性が短剣を贈るのは、一種の求婚だったりする。
ただ、そこに込められた意味は、「いざと言う時にはこれで自分の身を守ってくれ!」ではなく、純潔を守るために自害しろ……というものだ。
「ですが、お兄様は、『死ぬくらいならぶっ殺してでも生き延びろ』と仰ってくださる方なので、役にも立たない懐剣ではなく、ちゃんと人間を破壊できる技術を授けて下さいました」
「……それが、あなたの徒手格闘技という訳?」
「そうですよ。例え王の前であろうと、手足をもげとは言われませんし、もしもそんな事を言われたなら、自衛の為に全員ぶっ殺せばいいんですから♪」
……うん。いま、この子は何の気負いもなく、極々当たり前の事のように、「ちょっとお腹が空きました」くらいの気安さで、一つの国を敵に回せると言い切った。
きっと、この子は世の中を何も分かっていないアホの子なのだろう。
王の首一つをとれば、戦争で勝てると思っている残念な子なのだろう……。
そんな訳がないのは重々承知の上だが、そういう事にしておく。
「で、見せる相手もいないのに、華やかな装いをしても仕方がないので、実用一辺倒の訓練用装備を使っているだけです。ま、お兄様とお揃いという理由もありますが♪」
「え!? あ、えぇ、そうね……」
いけない。恐ろしい推測に気をとられて、話を聞いてなかった。
「? なんです? その気のない返事は? いつもなら、厭味か皮肉か嘲笑の一つもするところでしょう?」
「な!? あなたと一緒にしないでくれないかしら?」
まったく、この女ときたら……。
「ふむ……具合が悪いという訳ではないようですね。まったく、殊勝な王女様とか辞めてくださいね、気持ち悪いから。それに、あざといぶりっ子は私もよく使う手なんで、効果はありません。なので、使わないで下さいね、気持ち悪いから」
おい、こらぁ!?
「あなた、私に向かって『気持ち悪い』を二度も言ったわね!? ここまで酷い侮蔑は、生まれて初めて言われたわよ?!」
「えー、やめてくださいよ。あなたの『は・じ・め・て』なんて、欲しくありません。本当に気持ち悪い表現しないで下さい……」
「どっちがよッ!? って言うか、三度目!!」
この女は間違いなく私の敵だ!
聖ですらまだ可愛く思えるわ!
「あー、はいはい。あなたとじゃれ合って単位を落とすのもバカらしいので、さっさと実習に行きましょうか……と、その前に……」
「く……然も私が全部悪いかのように言われるのは凄く不本意だけど、あなたのいう事は尤もな話ではあるから、渋々頷いてあげるわ……。それで、いったい何よ?」
「とりあえず、実地に出る前にこれに着替えてください。そんな足手纏いな格好で来られても迷惑です。私はグレイシア様のように、あなたの面倒を見るつもりはありませんので。むしろ、嫌g……こほん。ビシビシ鍛える所存なので。分かったらさっさと着替える。逆らうなら廊下の真ん中で引ん剥きますよ?」
と、何らかの布製装備一式を押し付けられた。
おそらくは魔法士用のローブだと思うけど……。
「いま、嫌がらせって言おうとしなかった?」
「それは『引ん剥いてくれ』という返答と受け取r」
最後まで言わせる事無く、私は踵を返して更衣室へと向かった。
丁度一年前の魔法戦技会。入学したての一年生という身でありながら、神子である聖を公衆の面前で袋叩きにした事を私は忘れていない。
やると言ったら躊躇せずにやる奴である事を、私は覚えている。
くぅ、今に見てなさいよ!
◇
「さぁさ、それでは頂上を目指して行きますよ! 目標、グリフォンの巣訪問!」
心機一転とばかりに、気勢と拳を上げて高らかに宣言するフレア・クレフーツだけど……。
「ちょっと待ちなさいよ!?」
「……何ですか? 人が無理矢理にでもやる気を出していると言うのに?」
私の制止に対し、まるで心外だとでもいうような表情で振り返る銀髪の小娘。
「『何ですか』はこっちの台詞よ!? 何なの、この妙な言葉遣いは?!」
そう。聞いての通り、私の声は珍妙な台詞に変換されている。
これを何事もなく受け入れろとか、出来る訳がないでしょ!?
「え? 昔お兄様が遊びで作ってくださった『白猫なりきり装備』の機能ですよ? 凄いでしょ?」
きょとんとした顔で宣うフレア・クレフーツ。
いや、凄いか凄くないかでいえば、確かに凄いわよ? 馬鹿馬鹿しくて。
先程渡された装備はやはりローブっぽい装備一式であった。
白猫などと言うように、色は白に統一されており……腰の辺りに猫の尻尾を模した装飾があるくらいで、ローブだけならそこまでおかしな物ではなかった。
「うんうん。流石は猫かぶり姫。一応似合っていますよ。ま、子供の頃の私ほどではないですが」
「ちっとも嬉しくないわよ!? それに、私が聞きたいのはそういう事じゃないの! この『にゃーにゃー』鳴くのを何とかしなさいと言っているのよ!!」
頭には帽子代わりに猫の耳を模した飾りのついた髪留め。
そして、私の首には……まさに猫につけるような首輪が……。
流石にこんな物は付けられないと抗議したら、無理矢理装着させられ、それ以降こんな珍妙な事に……。
「何とかしろと言われましても、今日はこれこの通り。カルボネック山の頂上を目指しますので、あんなただの錘を着てこられては足手纏いどころの話ではありませんから」
飄々と返してきた彼女が指し示したのは、遥か先に見える山の頂上。
そう。こんな格好をさせられた後、私がこの女に引き摺られて潜ったのは、高難易度実習地の一つ、カルボネック山行きの魔法陣だった。
「それこそ意味が分からないわよ!? よりにもよって、救助隊の配置されていない実習地に来るとか、何を考えているのよ?!」
学園が実習地としている場所には、生徒の安全を考慮し、モンスターの適度な間引きや、いざ戦闘不能になったという時、空かさず救助できるように、冒険者などが雇われて配置されている。
しかし、すべての実習地に人員が配されている訳ではない。
その理由は極単純で、出現するモンスターが強力すぎて、それに対処可能な冒険者を雇い続ける事ができない場所もあるためだ。
このカルボネック山も、そんな実習地の一つである。
そんな危険な場所、実習地にしなければ良いとも思うが、極稀に管理された実習地では物足りなくなる生徒が現れる。
それに、そもそも転送の魔法陣はその原理が解明されていないため、壊す覚悟でなければ下手に触れる事もできない以上、生徒の自主性に期待するしかない。
「やれやれ……理由はまぁ、色々とありますが……何よりも、あなたとの実習なんて、ご褒美でもなければ私のやる気が出る訳ないじゃないですか? という訳で、お兄様が見たというグリフォンの子供を見に行きますよ!」
「私だって、あなたと一緒なんて御免被りたいわよ! て言うか、グリフォンって何!?」
鷲獅子とも言われるモンスターで、『空の王者』なんて通称まである非常に凶暴なモンスター。
単純な戦闘能力も然る事ながら、一番厄介なのは空を飛べるという点だ。
グリフォンが飛んでいる間は、弓や魔法以外で攻撃できる手段がない。
「先日、お兄様がこの山の山頂で生まれたばかりのグリフォンを見たそうでして、これは是非にも見に行かなければ!と思っていたんです。そのグリフォンの子供を見に行くためでしたら、あなたとの行動も我慢できると言うもの。という訳で、さっさと進みましょう。時間が勿体無いですわ」
そう言うと、またしても私を引き摺って行こうとするフレア・クレフーツ。
「ちょ!? わ?! ま、待ちなさいよッ!」
何にせよ、引き摺られて行くなんて嫌なので、何とか振りほどいて文句を言う。
「はぁー、あのですね。その首輪は要であり、『猫のような俊敏さを与える』という効果の付与された魔導具なんです。それなしで今日中に山頂まで行って、下山できると言うのでしたらどうぞご自由に」
それに対し、隠す気もない溜息を吐いて、この装備を着せた意図を告げられる。
ローブを着てみた時点で、私が使っていた甲冑よりも防御力が高い事は加護の能力で確認できた。
いくら軽量化して防御力が落ちていたとはいえ、金属製の鎧よりも布製のローブの方が防御力が高いという時点で、ただのローブではないと思っていたが……やっぱり魔導具だった……ん? あれ?
この子、さっき『お兄様が作った』とか何とか言ってなかった??
「あ、このまま諦めて帰るというのは不許可です。お兄様のいない学園に後二年も通うつもりはありませんので、実習と言えども、成績を落としたくありませんから」
と、いけない。今はそっちよりも……。
「そういう事を言いたいんじゃなくて! いや、それも勿論あるにはあるけど、それ以上にグリフォンと戦うとか、本気で言っているの!?」
「は? グリフォンと戦う訳ないじゃないですか?」
「へ?」
「え? 何言ってんのこの子? バカなの? 頭大丈夫??」って、この女の顔に書いてある……。
むしろその台詞は、私が言うべき物だと思うのだけど!?
「はぁ……あのですね? 私はグリフォンの子供を見に行くんですよ? それなのに、なんでグリフォンの親子を引き裂くような真似をしなきゃならないんですか? バカなんですか??」
「え゛?」
いや。いやいや、それはおかしくない?
どうして盛大に溜息まで吐かれて、私が間違っているかのように言われているの?
というか、この子、グリフォンを倒せる前提で話してない?
「第一、グリフォンは低脳な魔物や愚劣な人間と違って、非常に賢い魔獣です。同じ魔獣でも、ワイバーンのような世間知らずとは違い、小さいからと見た目で侮る事もしません。なので、こちらから手を出さない限り、戦闘にはなりませんよ」
「はあ!?」
いやいやいや!?
グリフォンが家畜を襲ったとか、人が襲われたとか、そんな話は幾らでもあるわよ!?
「さ、理解できたなら行きますよ。出発する前に大分時間を取られてしまいました。遅れを取り戻すので、少々強行軍になりますが……まぁ、その装備の補助を受けていたら、死にはしないはずです」
言うだけ言って、すたすたと歩き出すフレア・クレフーツ。
「な!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ここで踵を返して、自分だけでも棄権するのが最も賢い選択だ。
それで今日の実習評価が最低となり、その結果彼女の恨みを買ったとしても、こんな危険な場所で、危険なモンスターの巣を目指して、こんな珍妙な格好で、珍妙な声を出さずに済むと言うのなら、十分な利益だ。
それは間違いない。間違いないのだが……。
「あぁぁ、もう! 分かったわよ! 行くわよ! 行けばいいんでしょッ!」
あの女に対して、尻尾を巻いて逃げる事だけは……どういう訳か我慢ならなかった。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
腰痛と年末進行と二度の書き直し……12月なんて嫌いだー!
これで、年末進行は一年で二番目の急がしさだっていうのが恐ろしい……。
さて、グレイシアが実家に呼び出され、お見合いをさせられていたその裏で、ぼっtゲフンゲフン、高嶺の花である王女殿下はと言えば、もう一人の高嶺の花であるフレアにおちょくられていました。
まー、この二人。本当に仲が悪い!
第三者がいないとこの通り、誰憚る事無く罵りあいます。
最初はね、もうちょっと仲良くさせようかと思ったんですが……結果的に二度も書き直す破目に……。
ま、二人とも、特にグィネヴィアの方は、ここまで悪態をつける相手ってフレアくらいしかいないので、これはこれで仲が良いとも……おや? 誰か来たようだ?
はーい、どちら様でー?(SE:ぐしゃ)




