表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世神子の虹模様 外典  作者: 四面楚歌
悪役令嬢の新たな日々
86/103

閑話 逃避行の夜に (下)

お待たせしました。

4,500字をちょっと超えるくらいです。

「ま、そんな深刻な顔はするな。どの道、死者の転生(あれ)はもう二度とできん。死にたてほやほやの所に一万人もの生贄なんぞ、一国を統べる王様でもなきゃ用意できる筈がない。かといって、君に使った代替品も、もう二度と手に入る事はないしな」


「そう言えば、私が生き返った際に、生贄はいないとの事でしたが、それではどうやって私を生き返らせる事ができたのですか?」



 お二人が気遣ってくれたために訊きそびれていました。

 ……気遣ってくれたんですよね、あれは?



「今言ったように、代替品を使った。俺のとっておき。切り札中の切り札。()()()()()に使う奥の手。……具体的に言うと、この世界より約一万倍リソース値が高い、異世界産の高純度リソース塊を使った」



 りそーす? 異世界??



「一万倍ですか……その世界が余程優れているのか、或いは……」


「お、流石だな。今の説明で何となくでも理解できたか。因みに、その予想は後者が正解だ」


「それは何とも……」


「え? え? お爺様、今ので分かるのですか?」


「まぁ、だいたいは……本当に貴重な、もう二度と手に入れる事のできない物……とだけ理解しておれば十分ですぞ」



 いえ、明らかにそれ以上の何かがありますよね!?

 そうそう見た事のない苦々しい表情でしたよ?!


 とはいえ、こういう時のお爺様はどう転んでも、私達には詳しい事を教えてくれません。

 そして、それは対面に座るキャストン様も同じだと、短い付き合いながらも理解させられています。



「そう、ですか……そのような貴重な物を使用してくださり、改めてありがとうございました。……ですが、不躾ながらも一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」


「勿論。最初にそう言ったからな」


「そうでしたね。それでは……何故、それほどの貴重な物を使ってまで、私を助けてくださったのですか? お伺いしたところ、その品は他の何かに使う予定があったのではありませんか?」


「おやー、一つと言いつつ、質問が二つになっていないかねー? なーんて、茶化すのは無粋、か……」



 そう言うと黙り込んで何事か考えていらっしゃるご様子。


 パチパチと、火が爆ぜる小さな音が聴こえるだけで、沈黙が場を支配しています。


 ふと視線を下げると、両手の中にあった木製の杯に、いつの間にかヒビが入っていました。

 気付かない内に力が入ってしまっていたようで、これは明日もクレミーに食べさせてもらうしかないかなー……なんて、余所事に思考を割り振ってこの重い空気に耐える事暫し。



「ま、親でもない相手から命を与えられた対価が『何もするな』では、不安になるのも道理か……」



 静かに頷いて同意を示す。

 彼はクレミーとお爺様にそれぞれ取引を持ちかけました。

 それは良いです。いえ、こちらが有利すぎる気もしないではありませんが、まだ理解の範疇にあると言えます。


 だけど、私への対応は明らかにおかしい。常軌を逸しています。

 命を救われた上で突きつけられた要求が『目立たない事』なのですから。

 ならば、そのまま死なせておいた方が、手間はないはずなのに……。



「そうさなー、表向きな理由としては『君の弟君を制御するため』というのは一つの真実だ。あのままだと、弟君はこっちの提案なんて一切取り合わずに、君の敵討ちに精を出す可能性もあった。それもかなりな」


「それは……」



 確かに、その可能性は多分にあったと思います。

 ですが……。



「無論、爺さんを説得さえできれば、後は爺さんに弟君を無理矢理にでも引き摺ってもらえば良い……というのも、まー、なくはない」


「はい。最悪、お爺様にクレミーを気絶させてもらえば、後はどうとでもできたと思います」


「あ、うん。まぁ、そうなんだけど、君にそれを言われると、弟君が……いや、これ以上言うのはよそう……」



 はい?

 何かおかしな事を言ったかしら?



「だが、まー……それをしたくなかったと言うかできなくなったと言うか……ま、一言で言うなら、こうするのが俺にとって一番利益になる……と、判断した訳だ」


「利益、ですか?」



 むしろ、大損のような?



「……俺はな、これまで色んなものを見捨ててきた。見限って、見捨てて、切り捨てて……そうやって少しでも身軽にして、どうしても守りたいものだけは、何があっても守ろうと躍起になっていた……」


「守りたいもの、ですか?」


「そ。俺は一人だ。俺の身体は一つしかないし、頭も一つしかない。手と足は二本ずつあるだけだ。守るものが増えれば、その分だけ手が足りなくなる。足が届かなくなる。頭が追いつかなくなる。だから、優先順位を付け、守れる分だけ守り切ろうとした……」



 一瞬の沈黙が辺りを支配する。


 守るべきものを守るために、それ以外を見捨てる。

 それは解る。何せ、私達は今日それを経験したばかりだ。

 頭では解る。だけど……。



「したんだがな? まー、やっぱりできんかった。一度見捨てたのだから、最後まで見捨てて罪悪感に苛まれてりゃいいものを、自分が助かりたいが為に手を差し伸べてしまった。その結果、これがもう、物の見事に詰んだ! 絶賛追い詰められ中だ……」



 躁状態になったかと思えば、本気で項垂れている様子。

 何が彼をそこまで追い詰めているのでしょうか?



「んで、気付いた訳よ。『あ、これ完全に後手に回ってるわ』と……。そもそも、守り一辺倒と言うのがいかんかった! 『格下が格上を相手するのに、先を譲るとか有り得ん!』って、日頃から言っていたのに、よくよく考えるまでもなく後手後手に回ってた! 『高位貴族に関わるとかマジ面倒クセー』って逃げずに、もっと攻めに出てりゃ良かった……」


「は、はぁ……?」


「ほっほ。道理ですなー。何事も『先』を取るのが肝要。『後の先』を気取っても、格下のそれは単に後手となるだけでしょうな」


「うぐ……」



 え、お爺様は今ので分かるんですか!?



「まぁ、君に分かり易く言うなら、『後々君を生き返らせる事が可能だった、と爺さん達に知られて反感を買うくらいなら、ここで恩を売っておく方が得』って事だ。使った物に関しては、念のために代案も用意してあるしな」


「そういう、ものですか?」


「そりゃそうだよ。そこの化物爺を相手にするとか、マジで勘弁してほしいね」


「ほっほ。よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……。私では貴殿に勝つのは無理でしょうな」



 え!?



「はっはっは。そっちこそ、どの口がそんな事を言うか。純粋な技量じゃ俺を圧倒しているだろうに……。10回試合すれば、9回は俺が負けるぞ」


「そうですなー、試合となれば私が勝てるでしょうなー。ですが、戦場ではやはり私が死ぬでしょうな……尤も、タダでは死にませんが……」


「残念、戦場で対峙したなら、そん時は逃げの一手だ。誰が衆人環視の中で手の内なんぞ晒すか。割に合わん」


「それは至極残念。まぁ、目的が合致した以上、それが果たされるまでは敵対する事もないのですがな」


「お爺様、それはどういう?」


「達成後でも、爺さんを敵に回すなんて大損ぶっこくつもりはないから、安心しな」


「は、はぁ?」



 あれでしょうか?

 達人同士にだけ通じる何かがあるのでしょうか?



「ま、そんな訳で、君が生まれ変わる事になったのは全部俺の都合だ。全部俺の責任で俺のせいだから、君はアレだ、とりあえず、悔いが残らんように生きれば良い」



 そんな事を、どこか透明な、澄んだ表情で締めくくるキャストン様。



「悔いが残らないように……」



 言われた事を反芻する。

 あの時、あの瞬間、死が目前に迫り、私は悔いがなかっただろうか?


 当然、そんな訳がない。

 まだ13歳。おそらく、生きた年月よりも、残りの人生の方が長かったはず。

 それが道半ばで絶たれて、悔いがないはずがない。


 クレミーの事が心配だ。

 あの子はまだ私に甘えているところがある。


 そんな事を指摘すれば、向きになって認めないが、それで誤魔化せるようなものでもない。

 私だって、多少なりとクレミーに依存しているところはあるのだから。


 それに、恋だってしたい。

 誰かを好きになり、愛し愛され結ばれて、ささやかでいいから家庭を築きたい。


 クレミーやお爺様がいてくれたから、寂しいとは思わなかったけれど、それでも『両親』という存在には飢えていたと思う。

 だからこそ、結婚願望は少し強いのだろう。


 あぁ、私は思ったよりも欲深いのかもしれない。

 結果として、生きていられただけで十分だと思っていたはずなのに、たったの一言であっさりと宗旨変えをしてしまった……。


 △


「筈だったんですけどねー……」



 ちょっといいな……そう思ったキャストン様には、既にアイリーンさんという相手がいました。


 やっぱり、命の恩人でもあるが故に、こう……来るものはあったんですよ?

 ですが、やはり、育った環境と言いますか、宗教と言いますか、私だけを愛して欲しいなー……なんて思うのですよ。


 いえ、まぁ、アイリーンさんを相手に勝ち目を見つけられなかったとか、ブリジットさんまでいるじゃないとか……えぇ、そうです、尻尾を巻いて逃げた負け犬です……。トホホ。


 かと思えば、クレミーはグレイシア様に一目惚れ。

 つい昨日まで私の後を付いてきたはずなのに、片や婚約者に恋し、片や敵前逃亡という有様……。


 キャストン様から頂いた、恐ろしく頑丈なお仕着せに着替え、両腕に填めた着用者の腕力を1割にまで落とすという腕輪を見ると……同じ双子で、同じ時期に恋をして、その結果がこうも両極端になるとは……。

 そう考えたら、ちょっとクレフーツ家のお屋敷がある方を向いて、溜息の一つくらいは吐きたくなったんですよね……。



「悔いの残らないように……とは言ってもなぁ……」


「何がですか?」


「ひゃわ!?」



 グレイシア様が退室なされた後、時間を置いてから私も部屋を辞し、誰にともなく独りこぼしたところ、予想外に返事があったために驚いてしまいました。



「探しましたよ、姉上? 着替えると部屋に帰られた後、一向に戻ってくる気配がないのですから。もしや、迷子にでもなったのでは?と、迎えに参りました」


「もう、そんな訳ないでしょう? それより、他に言う事は?」



 勿論、声をかけてきたのはクレミーです。

 以前なら、クレミーが言った「探しに来た理由」というのは建前にあたる部分であり、半分は単純に私の傍を離れたくないだけだったのでしょうが……今はどうでしょうかね?

 弟の姉離れを喜ぶべきか、寂しがるべきか……きっと、両方でしょうね。


 ま、それはそれとして……。



「え? えーっと?」


「女性が着替えたのだから?」



 スカートの裾を摘んで、少し持ち上げてみせる。



「あぁ! 姉上は()()()()()綺麗です♪」


「……」


「あ、あれ?」



 ……贔屓目たっぷりの私単独の評価じゃなく、多少の贔屓目はあっても良いから、服と合わせた評価を聞きたかったんだけど……。



「そのあたりは今後の教育かしら?」


「あ、姉上?」


「少なくとも、グレイシア様に粗相はしないようにしないとダメね」


「えぇ!? な、なにか問題があった?」


「まぁ、それは追々ね。さ、クレミーが迎えに来てくれた事だし、戻りましょうか」



 同じ日に、同じ家に、同じ母親から生まれてきたのに、生まれた瞬間から私達には埋め難い差があった。

 にも拘らず、この子は私と同じ境遇で育てられた事に何一つ文句は言わなかった。


 ならば、同じく初恋の結果が決定的に違ったとしても、私にクレミーを妬む事はできそうにない。

 やっぱり、どうしようもなく、この子は私にとって、可愛い弟なのだ。



「はい♪」



 だから、私はこの子の初恋の結果を見届けよう。

 私自身については、その後から考えても遅くはないだろう。

拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。



という訳で、教国側三人の事情をある程度明かしました。

……本来ですと、アウロラはこの1年以内に戦禍によって落命するか、魔族軍の捕虜となる未来が待ち受けていました。

しかし、神子が1年早く追い出された事により死亡時期が早まり、結果としてキャストンに救われる?機会を得る事ができました。

人間万事塞翁が馬とは、まさにこの事ですね~。


さてさて、お次はブリタニア側のお話となる幕間になります。

期せずして、グレイシアがお見合いをしていたその日、他の場所で何が起きていたのか……。

そんな話をお送りする予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ