第19話 五月の出会い (7)
大変長らくお待たせしました。
「実は私、モテないんです」
「…………はい??」
流石に廊下でする話でもなかったので、手近な空き部屋に場所を移しました。
余人に聞かれたい話でもないので、侍女達が傍にいる自室まで付いてきてもらうのも……。
そこはお客様をお泊めする部屋の一つで、テーブルの上にアイテムボックスからティーセット一式を取り出し、お茶を淹れます。
え、完成品が入っているんじゃないのか? ですか?
まぁ、あるにはあるんですが、貴族的なTPOとしては、ここは効率よりも手間暇をかける場面なんですよ。
それにほら、話を聞いてもらう立場としては、手ずからお茶を淹れる方が好印象ですし、何より用意している間に言いたい事を組み立てられます。
にも拘らず、一言目がこの酷さ……。
アウロラさんも完全に目が点になっています。
「私は元々、今は亡き第一王子殿下の婚約者でした」
「!? それって……」
「尤も、殿下が亡くなられたから婚約の話がなくなった……という訳ではありません。殿下が亡くなられるよりも前に、私との婚約を破棄するようにと殿下が望まれました……まぁ、簡単に言うと、フラレた訳です」
「…………」
肯定する事も否定する事も出来ず、かける言葉が見つからないようです。
本来、こんな醜聞は教えるべきではないのですが……まぁ、少し調べれば分かる事ですし、何より小心者な私の罪悪感が、隠し続ける事を苛むんですよ。
まぁ、明かされた方は明かされた方で困る内容なので、完全に私の自己満足ですが……厄介な話に付き合わせてごめんなさい、アウロラさん。
「それが昨年の暮れ、もう五ヶ月以上も前の事です。その後も、それなりに色々とあったのですが……その間、私の婚約者に名乗り出たのは慮外者一人だけでした」
本当に、この一件は精神的に来るものがありました。
幾ら訳ありの曰く付きでも、もうちょっと名乗り出てきても良いのではないかと……。
一応、世間的(ただし、非貴族層)には殿下が亡くなった為に婚約は白紙になった……という事になっていますから。
あ、私って実はモテないんだ……と気付かされた一件です。
「一応、お家の為に、ある男性を婿養子に出来るよう、篭絡して来いと言われていたのですが……もう、取り付く島もないほどに避けられまして……恋愛感情なのかどうなのか分からぬ内に、これまたフラレてしまいました……」
まぁ、私が尻込みしたというのもあるんですけどね……。
あ。アウロラさんは大分戸惑っている様子。
そりゃそうですよね。今日会ったばかりの年上の女、それも弟の婚約者からこんな話を聞かされたとあっては、仕方ないですよねー。
「そういう訳で、先程のアウロラ様のお話に、勝手に共感してしまいましたの。ごめんなさいね、変な話に付き合わせてしまって」
「いえ、そんな!?」
「あ、でも、勘違いはなさらないでね? モテないのは私だけであって、アウロラ様でしたらきっと引く手数多ですわ。こんなにも可愛らしいのですもの。いつか必ず良い方と出会えます」
そう。彼女に共感を覚えて少々取り乱しましたが、私と違ってまだ幼いとすら言える彼女には未来が、可能性があるのです。
私と同列に語るなんて失礼な事は出来ませんね……。
「さて、私個人に纏わる話は以上です。私は嫁の貰い手……いえ、婿の当てがない女なのです。そんな女の許に、大事な弟君を差し出す必要はありません。そんな事をせずとも、十分な支援を用立てるよう父にお願いしますから」
とは言え、以前キャストンさんに指摘されたように、いざと言う時にお父様を説得できるほどの信用も実績も、私にはありません。
無論、娘として愛して下さっていますが、それとこれとは別。
私が願い出たところで、貴族として、当主としての決定を覆すほど、親バカでもなければバカ親でもありません。
クレメンテ君を婿にする事で、我が家が抱えている問題を解決させようと目論んでいる以上、その要となる婚約を白紙に戻させるには、代案を用意し且つそれが実現可能だと納得させないといけません。
更に、彼らに約束する支援の費用も私が負担しないと筋が通りません。
……やはり、何かしらの実績を作る必要がありますね。
「え!? いえ、それは……」
「良いのです。アウロラ様のおかげで、私は漸く自分の感情を、責任を、為すべき事を理解できたのです。次期当主の成長に一役買った見返りと考えれば、このくらいは安いものと言わせてみせますとも」
突然の申し出に戸惑っていらっしゃる様子でしたので、少しでも安心して頂けるように言葉を続けさせて頂きました。
……えぇ、まぁ、はい。そうですね。結局の所、私はまだキャストンさんに恋心とか、恋愛感情などは持ち合わせてはいなかったようで、そこまで想いが育っていなかったようです。
アウロラさんの言うように「始まる前に終わった」んですね。
私にとってキャストンさんがどんな存在かと言えば、一番近いのは『3人目の兄』というところでしょうか?
前世では長男、長女、次男、次女と、4人兄弟の末妹でしたので。
え? ガウェインですか?
あの人は……その、血筋的には兄なのかもしれませんが、どうにもその……ね?
そ、それはそれとして、貴族とは総じて我侭なものです。
だいたいは何か盛大に勘違いした我侭だったりしますが、私ももう遠慮はせずに我が意を押し通す事にします。
……悪役令嬢と見做されないか……と戦々恐々としていましたが、事ここに至ってはそれも栓無い事。
結婚相手を自分で決めても、誰にも文句を言われないような実績を作ってやるんです!
そうです。そうですよ!
今こそ女性の社会進出を目指すのですよ!
何せ、次はグィネが女王となる見通しなので、それを引き合いに出して女性の社会的地位を向上させるのです。
私が生きていた頃の日本ですら、育児休暇を取れると謳っておきながら、実際に育児休暇をとったら解雇されたなんて理不尽は枚挙に暇がない男社会でした。
この国では輪をかけて男性中心の社会が形成されていますが、次の国王が女性で、しかも宰相を輩出する家の片方──つまり我が家も女当主となる以上、この勢いを利用して女性の社会進出を後押しする!
……そんなつもりでいかなければ、他の貴族達に食われかねませんからね。
「そうと決まれば、善は急げと申します。さっそく資料を取り寄せ、方策を練らなければなりませんね」
「えぇ?! あの、グレイシア様? 弟は、クレミーは、その……」
「大丈夫ですわ。クレメンテ様は勿論、アウロラ様も私が守って見せます!」
そうですね、今世でも前世でも、私は末っ子でしたので、弟とか妹とか欲しかったんですよね。
ここぞとばかりにお姉ちゃん風を吹かせますよ! むふー。
「それでは、私はこれにて失礼させて頂きますね。後で人をやるので、茶器はここに残しておいてくれて構いませんわ」
「いえ、ですから……」
「ですから?」
ふぅむ?
先程から何かを仰りたいご様子ですので、尋ね返してみました。
あ、でも、威圧感とか出ないように、首を若干傾げてみます。
「その……お心遣い痛み入ります……」
「まあ、いいんですよ。それでは、また後ほど晩餐の席にて」
良かった。「余計な事をしないで下さい」とか言われるのかと緊張しましたが、そうではなかったようで一安心です。
……まー、若干疲れたように見えるのは何故でしょうか?
威圧感でも出ていたのでしょうか?
一先ず、一礼して利用していた客室を後にさせてもらい、自室へと歩き出します。
とにかく、ガウェインの残していった貴族社会的負債と、次期当主が女であるという不安をまとめてひっくり返し、家を保とうとするなら……まずは領地経営の安定と発展といったところでしょうか?
安定はともかく、発展なんてそれこそ容易ならざる事ですが、何はともあれ現状を把握・理解するところから始めましょう。
流石に公爵家の保有する領地全ての資料を見せてもらう事は出来ないでしょうけど、卒業後に私が……次期当主が治める事になる領地については、今からでも資料の閲覧は出来るはず。
鉄は熱いうちに打てと言いますから、勢いのあるうちに引き返せない所まで自分を追い込まないと!
「と、あら? クレメンテ様?」
「あ! こ、これはグレイシア様……。えと、ご機嫌麗しく……で、いい、んだっけ?」
途中、廊下の角を曲がると、その先から一人の男の子……クレメンテ君が誰かを探しているかのように歩いてきました。
うん。他人と言い張るには少々厳しいくらいにはアウロラさんと似ていますね。
「はい、御機嫌よう。アウロラ様をお探しですか?」
一生懸命に慣れない言葉に気を遣ってくれています。
良い子ですねー。こんな子の将来を、我が家の都合で潰す訳には参りませんよね。
「あ、はい! すぐに戻ってくると思っていたのですが、思いの外遅いので捜しに来た次第です」
「まあ、そうでしたの? 申し訳ありません。先ほどお会いした際に、お茶をご一緒して頂きましたの。一つ下の階の階段傍の部屋でご一緒させて頂いたので、まだその辺りにいらっしゃるのではないでしょうか?」
まぁ、どんな話をしていたとか、それは言わなくてもいいですよね?
「そうでしたか。お教えくださりありがとうございます。それでは僕はこれで失礼させて頂きます」
「いいえ。それでは御機嫌よう」
互いに一礼してすれ違い、その場を後にしようとし──
「あの!」
「はい?」
──不意に声をかけられ、振り返ると──
「僕は必ず、あなたの隣に立つのに相応しい男になってみせます! それまで、どうか待っていて下さいッ!」
──まだあどけなさの残る顔を真っ赤に染めながらも、真っ直ぐにこちらを見据えて放たれた宣言。
こちらの反応も待たず、踵を返すと半ば駆けるように立ち去るクレメンテ君の背中。
それはまだ小さな背中ですが、確かに男の子の背中でした。
「…………はい??」
いや、え? あれ? うん??
これは、え? うぅん??
いやいやいや、待て待て待て私。
相手は13歳の男の子。
日本なら『憧れのお姉さん』も成立する年齢の差ですが、この世界、この国では流石に女性の方が4つ上は……ねぇ?
これはあれですよ、どれですか?
ほら、よくある……そう! お世辞ですよ! うんうん。
…………本当に?
私はクレメンテ君の宣言を、本当にお世辞だの点数稼ぎだのと思っていますか?
生憎と、そこまで目が曇ったつもりはありません。
え!? じゃあ、あれは本気だと?!
いやいやいやいや、舞って舞って舞って!!
いやいや、『舞う』じゃなくて『待つ』ですよ、私!? 何を言っているんですか?!
いや、だって、そんな……ねぇ?
つい今しがたモテない事を確認した私ですよ?
そんな私があんな可愛い男の子に好意を寄せられるとか、ねぇ?
だから、によによするな私ー。
Stay! わんちゃんStayですよ、グレイシアー!
そう、モンスターに追われて隣国から逃れてきたんです。
きっと、PTSD的な何かしらの障害が発生して、美的感覚がトチ狂った的なsomethingです!
だから、によによするなー、私!
勘違いダメ! 絶対! むきゃーーーーッ!!
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
遂にグレイシアが一歩成長しました。
依存出来る相手がいるうちはなかなか成長する様子がありませんでしたが、被保護対象が出来た事で何とか成長し始めました。
そして、漸く出せた末っ子設定。
因みに──
長男・太一(社会人25歳・恋人あり)
長女・光(大学生20歳・彼氏募集中)
次男・伸二(高校生17歳・軽度のアニゲオタク)
──という設定があります。
後は普通に両親もいます。
全員イケメンor美女のリア充一家です。
さて、成長し始めたのはいいですが、一歩を踏み出す前に盛大にズッコケました。
それはもう、顔面ダイブする勢いで。
但し、そのおかげでグレイシアは致命的な勘違いをせずに済みました。
実に都合が良いですよね~。ふふり。
さてさて、グレイシア視点の五月の話はこれで終わりですが、六月の話に入る前に2,3話ほど閑話と幕間が入ります。
それが終われば戦闘あり(むしろメイン?)な六月の話になります。




