第18話 五月の出会い (6)
大変長らくお待たせしました。
「はぁ……そうですよね。私、『おばさん』ですものね……」
執務室の扉を行儀悪く後ろ手に閉め、独り言つ。
なるべく考えないようにしてきましたが、これでも前世14年、今世17年と合わせて31歳なんですよね……。
尤も、精神は肉体に影響されるようで、私の場合は「前世よりちょっと大人になったかな?」ってくらいの認識なんですけどね。
それでも、やはり13歳……いえ、中学二年生から見た高校三年生というのは随分と大人に見えると思います。
はて、私なんかが恋愛対象になるのでしょうか?
いえ、そもそもが政略結婚なんですから、相手側の感情を考慮するなんて言えた立場じゃありませんよね……。
力を笠に四つも年下の男の子と無理矢理婚約……あはは、どこの悪女でしょうか?
「まぁ、グレイシアはもともと悪役令嬢ですけど。とほほ……」
本来であれば、私とアーサー様の結婚だって、一応は政略結婚の一環だったんです。
ただ、それを意識しなかったのは、私自身がアーサー様をお慕いしていた事と、あくまで婚約者である事に拘り、破滅した悪役令嬢としてのグレイシアを知っていたからです。
そう、もとより私に自由恋愛という選択肢はなかったんです。
私の寝る場所も着る服も食べてきた物も、領民の税金で賄われてきた物。
それ以外の資金源にしても、お父様の俸給と貴族年金と公爵家の資産運用によって得られた物であって、私が自力で稼いだ物ではありません。
その全ては領民の安寧と、家の存続のために費やされてきました。両親から親としての愛情を感じなかった訳ではありませんが、建前上はそうなのです。
そして、ここは21世紀の日本ではなく、封建的な社会。
『血』と『領地』と『家』が非常に重い時代なんです。
これまで安穏とその恩恵に浴してきた以上、貴族の娘として個人の感情を排し、その責を果たすべきですよね……。
「「はぁ……」」
って、え?
自室に向かう途中、つらつらと自分を無理矢理納得させようと、あれこれと並べ立てていたのですが、思わず吐いた溜息が他の方の溜息と重なってしまいました。
「あ、あの、すみません!」
いったい誰の?
と、辺りを見回すまでもなく、窓の傍に女の子が一人ポツンと佇み、頭を下げてきました。
「決して、不満があったとかではなく、あの、その……」
蜂蜜色の柔らかな光を放つ金の髪に、あどけなさの抜けきらない愛らしい顔立ち。
何処かの誰かを思い出させる炎のような赤い瞳に、困惑の色を浮かべているこの子は確か、教国からのお客様である……アウロラさん! だったはず……。
いやー、メイド服を着ているから一瞬分からなかったわ。
そう、メイド服を着ているから分からなかっただけであって、彼女が着替えていなかったらすぐに分かったはずですよ。えぇ、本当に。
って、なんでメイド服?!
「あの、アウロラ様? お客様であるあなたが何故使用人の服を着用なさっているのですか? 私共に何か手落ちがありましたでしょうか?」
しかも、公爵家のメイド服じゃないみたいです。
……あれ? どこかで見たような??
「え? あの、私は双子という出自を隠すためにお爺様、ロドリーゴ様の孫という事にして、弟の使用人という形で傍にいる……と、お話したと思うのですが……?」
おぅふ……や、やらかしました? 私?
はわ、はわわわわ!?
「いえ今日はもう外に出る用も他にお客様が訪ねて来られる事もないかと思っていましたのでですが何があるか分かりませんものね用心の為にも普段から気をつけておくのは大事ですわね。それと、何やら憂いていらっしゃるご様子でしたので、家の者が粗相を働いたのではないかと心配になりましたの」
「え? あ、え? え、えっと、大丈夫、です??」
……よし!
謎理論を然も当たり前の如く捲くし立てる事で煙に撒きつつ、先の質問は同期した一つの問いではなく、それぞれが別の原因によって発された物と誤魔化せました!
それにしても、こんな力技で何とかなるなんて……彼女、変な詐欺に引っかからないと良いのですが……。
「それでは、先程溜息を吐かれていたようですが……何か気になる事でもおありですか?」
「あ、いえ、それは……」
まぁ、私も盛大に溜息を吐いていたので、訊き返されると困るのですが……ホスト側である以上、「はい、そうですか」と見逃す訳にはいきません。
「当家の供応に不備があったとなっては名折れというもの。……言いたくない内容かもしれないけど、ごめんなさいね。これも、立場上必要な事なので、お付き合い下さると助かるわ」
「あ、すみません! 公爵家の皆さんには良くしてもらっています。不満なんてありません。私が溜息を吐いていたのは……えと、その……」
はて? とても言い難そうにしています。
どうやら、こちら側に不手際があった訳ではないようで一安心ですが……どうしましょう?
プライベートな問題であるのならば、あまり踏み込むべきではないのですけど……相手は婚約者の姉に当たる方。
全く踏み込まないというのも、薄情と取られたりしないかしら?
うーん……ここは元日本人的に、軽く踏み込んでみて拒絶されたら退く事にしましょう。
「何やら悩み事があるご様子。差し出がましいやもしれませんが、私でよろしければ、相談くらいにはのれますよ?」
「あぅ……お気遣い頂きありがとうございます。その、グレイシア様にお話しするには少し、縁起の悪い話でして……」
「縁起、ですか?」
私には縁起の悪い話? うーん??
と、私が要領を得ない顔をしているのを見て取り、アウロラさんは逡巡した後に口を開きます。
「その……ごく最近、失恋……してしまいまして」
一瞬で凍りつく空気……というか、私!
こ、これは特大の地雷を踏み抜いてしまいましたか?
それは確かに、つい先程彼女の実弟との婚約を言い渡された私には言い難いお話ですね……。
「あわわ、でも、失恋といっても、まだ本当に恋をしていたかどうかは分からないんですよ!? 始まる前に終わったと言いますか、相手の方には既に心に決めた方がいらっしゃったと言いますか……」
固まった私をフォローするためか、慌てて語りだすアウロラさん。
いえ、違うんですよ。縁起が悪いから固まった訳じゃないんですよ?
単純に13歳の女の子から失恋した……なんて話を聞き出した事に罪悪感を覚えただけなんです。
って、どこかで聞いたようなお話ですね!?
大変、身につまされます。
「大丈夫ですよ。ただ、不用意にあなたの事情に踏み込んでしまったようで、驚いてしまったんです。むしろ、こちらこそ申し訳ありません」
「あ、いえ、その、私も大丈夫です。あ、失恋した事は大丈夫じゃなくて、その、聞かれた事は問題ないと言うか、ちょっとは吐き出せて楽になったと言うか……」
「わかります!!」
「ふえッ!?」
「私だって、私だって一杯一杯だったんです! でも、誰にも言える訳ないじゃないですか?! 立場だってあるし、家柄や世間体、家族や友人達の目もあります! そりゃ、ちょっとばかり自分でもアホの子だったなと、迂闊だったとは思いますよ? でも、でも! 漸く見つけた話の通じる相手に、ちょっと依存しちゃったのは無理もないと思いませんか!? 好きな人と、遠慮なく頼れる人と言うのは別なんです! あ、いや、そりゃ、頼り過ぎていたきらいもあるにはありますが、でも、それに嫉妬していたとか、最後の最後まで言わずに他の女性に目移りするとか……そりゃ、相手はヒロインだし、どうしようもなかったのかもしれませんけれど……」
「あ、あの、グレイシア様?」
はたと気が付くと、私はアウロラさんの肩を強く掴み、色々と溜まっていたものを吐き出していました……四つも年下の女の子を相手に、マシンガントークで盛大に愚痴を零すとか……穴を掘って埋まりたい……。
幸か不幸か、彼女は私の突然の剣幕に驚き、言った事の半分も理解できていませんでした。まぁ、そりゃそうですよね。
「ご、ごめんなさい。痛かったかしら? あぁ、それとも、怖い思いをさせてしまったかしら?」
「いえ、それは大丈夫です。あの、グレイシア様こそ、大丈夫ですか?」
うぅ、逆に心配されてしまいました……。
こうなったらあれです。毒を食らわば皿までです!
……どうせ、少し調べればバレる事でもありますし……。
「……申し訳ありません、アウロラ様。あなた方に謝らなければいけない事があります」
「謝らなければいけない事、ですか?」
「はい。聞いていただけますか?」
可愛らしく小首を傾げて尋ね返すアウロラ様。
その炎のように赤い瞳をじっと見つめて問うと──
「……分かりました」
──ゆっくりと頷いてくれました。
「ありがとうございます」
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
当初予定していた話を破却し、もう一話追加する事になりました。
予定では今回でグレイシア視点での五月の話は終わり、閑話と幕間を一本ずつ入れてから、六月に移行する筈だったのですが……。
ま、この作者にはよくある話という事で、ご容赦下さい。
……幕間ももう一本増えるかもだったり……。
さてさて。
早いところ次のお話をお届けしたいところではありますが……どう考えてもアレがきます。
そう、11月10日がきます。
し、仕方なかったんやー!
スマホ持ってへんから、FGOでは会えへんのや!
あの、ヤンdもとい、ピンク狐に!!
因みに、EXTRAでもCCCでも、一周目はキャス狐を選んでいました。
や、嫁王も直撃なんだけどね。




