幕間 父として、貴族として
お待たせしました。
久し振りの宰相視点です。
「お父様、お答え頂きありがとうございました。おかげで、我が国が決して楽観できる状態でない事は分かりました」
「まだ学生の身であるお前には悪いと思うが、これも公爵家に生まれた者の宿命と覚悟してくれ」
あー、これは拙いな。
グレイシアも急な話に大分参っているようだ……。
まぁ、それも無理はないか……。
我が国を取巻いている情勢は本当に危うい状態にあると言える。
法国内における法王と枢機卿の権力闘争。
ガリア王国内における内紛一歩手前ともいえる親教国派議員と脱教国独立派議員の政争。
この二つがなければ、建前上の看板戦力である第一騎士団を半壊させた我が国は与し易しと侮られ、攻め込まれていてもおかしくはなかった。
特に、教国に事実上服属していたガリアは兎も角、法国がこちらに目を向ける余裕がなくなっていたのは幸いだ。
……まぁ、それで枢機卿を誑かした何処かの誰かに感謝する事はないがな。
何にせよ、我が国も愚息が引き起こした不祥事の始末や、甥アーサーの残していった後継者問題を早急に片付けなければならん……。
その皺寄せが、残された子供達に背負わされると分かっていてもだ……。
「申し訳ありません、お父様。少々疲れましたので、自室で休ませて頂きたく思います」
「む? そうだな。明日は学園も休みだ。今日は泊まっていき、夕食の時にでも改めて彼らと挨拶をしておきなさい」
会わせてみた結果、当初予想されていた相手側からの強硬な姿勢はなく、むしろ向こうからの感触は非常に良かった……が、流石にグレイシアが上の空だったとあってはよろしくない。
幸い、明日は休みだから、今日明日と接点を作る機会を用意し、踏ん切りがつくきっかけ……とまでは行かずとも、多少なりとも前進してくれれば良い……節度は必要だがな。
「そう、ですわね……それでは、失礼させて頂きます」
「そういえば、四つ目は訊かなくても良いのか?」
一礼を残し、辞去しようとする姿が痛々しく、思わず引き止めてしまった……。
「あぁ、それですか……四歳も年上のおばさんに、あんな若い子の婚約者が務まる訳ないじゃないですか……言わせないで下さいよ……」
気持ち肩を落とした様子を見せながら退室する娘の言葉に、呆気にとられてしまった……。
いや、何を言っているんだ?
どう見ても、一目惚れされていたであろう??
……あ、上の空だったから気付いておらんのか?
どうする? これはグレイシアに伝えておくべきか?
いや、しかしなー……伝えたところでどうなる問題でもないような……。
そもそもだ。私とて娘が可愛い! 可愛くない訳があるか!!
だが、公爵家という立場と、グレイシア本人が強く望んでいたから、殿下との婚約も納得した。いや、安心していた!
それがなんだ、あの小僧!!
よくもまぁ、衆人環視の中、私の眼前で別の女が良いなどとほざきおってッ!!
いかん、冷静になれ。
これはもう過ぎた事だ。
アーサーは愚息の手に掛かり、その愚息も戦場の露と消えた。
馬鹿者共の最期としては十分な幕引きだ。
問題はこれからだ。
愚息の引き起こした不祥事の後始末として、あの男を婿養子にせねばならんと一時は覚悟したが……グレイシアがもたついている間にあの男、キャストン・クレフーツは逃げに逃げ回った。
色々と言いたい事もあるが、これももう済んだ事だ。
そして、クレメンテ・グレンデスだ。来月には14歳だと言う。
今年で18歳になるグレイシアとは四歳離れている。
彼が学園を卒業する頃には娘は22歳。なるほど、行き遅れと言わるかどうかの瀬戸際ではある。
だが、ま、あの様子を見るにその辺は心配をする必要はないだろう。
何処かの現実を見ていない王子や、能力以上に厄介そうな男に比べたら、なんと素直な事か。
……ま、まぁ、素直すぎて、貴族としてはどうかと思うが、当主はあくまでグレイシアだからな。大丈夫だろう。
…………大丈夫、きっと大丈夫。
王妃教育も一通りこなしているのだから、問題はない。はずだ……。
しかし、それはそれとして、グレイシアはどうしてああも自信がなさげなのだ?
今日は侍女達に命じて、徹底的に身嗜みを整えさせたから、十全にあの子の魅力を発揮させたが……普段はどうにも地味に地味にしようとする。
なぜだ? 普通、女の子と言うのはもっと着飾るものではないのか?
派手なら何でも良いとは言わんが、それにしても目立たないよう控えめにしようとして、それがあの子生来の華と喧嘩して却って悪目立ちしているような気がする……。
それで百年の恋も醒めるとは思わんが、万が一という事もある。
明日も、侍女達に世話をさせるか。
ま、何にせよ、これでグレイシアの婚約者問題は片が付くだろう。
わざわざアシュフォード侯爵にお骨折り頂き、新たに次男殿との婚約を持ちかけてもらい、それを断らせて頂くと言う一芝居まで打ったのだ。
真っ当な貴族なら当然侯爵に憚り婚約を申し出ないし、阿呆どもも侯爵を引き合いに出せば尻尾を丸めて逃げ帰りよる。
まったく、アシュフォード侯爵には感謝の念が絶えんわ。
「一先ず、我が家が抱える問題は解決の兆しが見えてきたと言えるだろう……。しかし……」
グレイシアに見せた資料に目を落とし、その中に記されている内容を思い出す。
我が家の危機は取り除けても、我が国、いや、この大陸に差し迫った問題は依然としてまだある。
……グレイシアにはああ言った物の、あの魔女を排除しても、大陸中から女神の加護、その全てが失われる可能性がある。
それがあの男の見立てだと言う。
根拠は……正直納得できんが、女神様が神子の追放にお怒りだと言われれば、可能性は0ではない。
まして、その神子を魔女として討ったとあればな。
とはいえ、現実問題として、あの小娘は我が国に「第一王子の廃嫡」という深刻な爪痕を付けていった。
到底容認できる事ではない。
座して国が魔女に蝕まれるのを待つか、駆けて女神の怒りに立ち向かうか……。
とは言え、アイテムボックスも各種魔法も、全て社会の基盤となっているのだ……。
今更、五百年以上昔の生活に戻れといっても、聞く者は少ないだろう。
……いや、むしろ、これは好機か?
土地の権利書など、本当に大事な物はアイテムボックスの中にはない。
アイテムボックスの中に入れたまま持ち主が死んでしまうと、相続させる事ができなくなってしまうからだ。
だが、食料や衣類、金銭などはその限りではない。
無論、用心深い者はきちんと倉庫などに保管しているが、そうではない者も多い。
そんな中、突然世界中のアイテムボックスが使えなくなればどうなるか……。
まず、流通が止まる。
農業大国である我が国では一度も経験した事がないが、食糧難に陥る地もあるだろう。
その他の分野も大打撃を受ける。
下手をすれば『国家』そのものが破綻し、大陸中が群雄割拠の時代に逆戻りするやもしれん。
しかしだ、そんな状況下で我々だけが備えをしており、いち早く立て直す事が出来ればどうだ?
すべては魔女狩りを成功させてからの話だが、この辺りの事も含めて陛下と相談した方が良いだろう。
何、時間は幾らでもある。
キャストンの奴は新装備を納品するば、それでお役御免だと思っているようだが、それは陛下を甘く見すぎだ。
時としてウーゼルの奴がどれほど非常識な事を仕出かし、それに付き合わされる我々が苦労してきた事か!
今回はお前がそれを味わう番だ。様ァ見ろ!
……まぁ、我々もそれに付き合わされるのだがな……はぁ。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
相変わらずの苦労人気質である宰相閣下でした。
それでいて結構な娘バカなお父さんです。……息子があんな事を仕出かした分、余計に……。
とはいえ、立場上いつまでも娘の好きにさせる訳にも行かず、成果の出ない婿取り計画は打ち切り、新たな安全策に乗り換えざるを得ませんでした。
まぁ、彼の個人的な都合で言えば、むしろ望むところだったりしますが……。
さて、既にご理解頂けたかと思いますが、グレイシアとキャストンがどうこうなる事はありません。
というのも、あるフラグを立てない事には、グレイシアがキャストンの恋愛対象として認識される事がないからです。
その理由はかなり重大な裏話になるのですが、流石にここで明かす訳にはいかないので悪しからず。
では、誰がグレイシアのお相手なのかと言えば、これこの通りクレメンテとなります。
本来であれば、彼は姉を失ったせいで非常に尖ってしまいますが(様々なパターンがありますが、ほぼ1年以内にアウロラは離脱していたはずなのです)、何処かの誰かが最期の切り札として用意されていた死者転生をあっさり使い潰した為に、こうして彼らはありえなかった人生を歩んでいます。
さて、誰に使うはずだったのでしょうかね? ふふり。




