第8話
「悲恋?」編後半です。
ちょっと短めですが、キリの良い所で前後半を分けた為です。ご了承下さい。
「あの、えっと、それはいったいどういう?」
背中を、いえ、全身から汗が流れ出ているかのように感じます。先ほどの冷や汗とはまた違った、凄く嫌な感じの汗が……。
「うん? なんだ、それもまだ聞かされていなかったのか?」
「えっと、はい……」
「ふむ。流石の宰相閣下も、このような事態に陥ったばかりの愛娘に無茶振りは出来ないか……それとも、単純に決心が付かなかったか? まぁ、どちらでもいい。俺のやる事に変わりはない」
「あの、説明して頂けると嬉しいのですが……」
キャストンさんが一人で納得しているところ、恐る恐る尋ねてみる。
「むぅ……具体的な説明は省かせてもらうが……早い話、今日の一件でガラティーン公爵家が被った損害は甚大だ。存続も危ういほどにな」
目を閉じて、何処まで教えるか考えながら話すキャストンさん。
あ、眉間に皺が寄ってます。まだ若いのに……って、苦労をかけている私が言えた台詞じゃありませんね。
「そして、それは最終的にこの国全体に波及するものでもある。それを防ぐおそらく最良の手段が、俺を公爵家の婿養子に迎える事だ。それ以外の方法は……間違いなく、どこかしら深い爪痕が残るだろう」
個人的には、その……何と言いますか、嫌ではないと言いますか……それが最良と言うのなら、私に否やは……ありませんよ?
ですが――
「えっと……よく分かりません」
公爵家やこの国の存続に関わるという点がよく分かりません。
「うーん……まぁ、公爵達には既に開示した情報だからいいか。俺には、今回の犠牲者達に対して、ある程度のケアが可能だ」
『キャストンさんには可能』というのは、裏を返せばほぼ『キャストンさん以外には不可能』という意味になります。
例外的に、フレアちゃんが出来る場合もありますが。
「これのあるなしで雲泥の差が生じる。ぶっちゃけると生死に関わる。犠牲者達を見捨てた立場の人間として、俺は最低限このケアはするつもりだ。ここまでは理解できるな?」
「……はい」
相変わらず、肝心なところをはぐらかされているので、いまひとつ納得は出来ませんが……。
ただ、その『犠牲者達』と呼んでいる方々に対し、非常に強い悔恨を抱いている事は理解させられました。
「だが、俺個人に出来るのは犠牲者達が死なずに済む、というところまでだ。それも、当人達がそのケアを望んだ場合に限る」
うん?
自分の命がかかっているというのに、治療を拒むなんて事があるのでしょうか?
「しかし、それでは到底足りないんだ。死なずに済んだだけで、ほぼ全員に未来がない状態だからな。このままでは、この一件の主犯であるガラティーン公爵家への国中の――」
「え!? ちょっと待って下さい?! 我が家が主犯って、どういう事ですか? アーサー殿下や酒月さんじゃないんですか?」
今夜の断罪イベントによって発生したものではないのですか?
「? ……あぁ、そこからか……」
何か、凄い行き違いがあったようです。
私は酒月さんを中心とした取り巻きの皆さんは、一蓮托生として一緒に行動しているのだとばかり思っていました。
「はっきりと言うぞ。今回の断罪イベントは俯瞰で見ればついでに潰したようなものだ。一番のメインはガウェイン・ガラティーン一味の国家反逆罪だ」
なんか凄いのが来ましたわ!!!?
「具体的な部分は憚られるので言えないが、お前の兄は国家反逆罪に問われるような事をやらかした」
えぇぇ……『国家反逆罪』って、ほぼ確実に親族にまで累が及ぶ案件ですよ?
それなのに、具体的なことを教えてもらえないとか、流石に心臓に悪すぎますよ……。
「俺はその証拠諸々を揃え、当局に提出。まぁ、早い話、奴の実の父親であるところの宰相閣下だ。あれほどの犠牲者を出したとなると、流石に握り潰す事も不可能になる」
うわー……それはお父様もあんな顔をする訳です。
そんな情報をキャストンさんに握られて、交渉という名の脅迫をされたら、胃に穴が開いてもおかしくありませんね……。
「あとは今回連中が企画した断罪イベントを逆手にとって、まとめて停学処分にする。その間、つまり、これから連中の部屋を捜索しつつ、関係各位と協議して刑罰を決定する事になる……が、問題がある」
もう既にこれから先を聞きたくない私がいます。
「先ほども言ったように、お前のクズ兄によって、人生を滅茶苦茶にされた者達が大勢いる。それは、俺が言うのを憚るほどの内容だ」
国家反逆罪に問われるほどの案件の犠牲者……それも、キャストンさんの治療の有無が生死の境目になるという事は、現時点ではまだ生きているという事。
何があったのか想像も付きませんが、唯一つだけ確実に言える事は――
「当然、世間一般に公表する訳にもいかない。では、二大公爵家の一翼たる公爵家の長男をはじめとした貴人を裁くのに、どんな名目を掲げればいい?」
知りたくありません、が知らない訳にもいきません。
「そんなものは当然ない。よって、彼らには戦死してもらう事になるだろう。丁度、第一王子が使い物にならない事が判明し、これを処分する必要もあるからな」
えぇ?!
でも、確かにだんだんと殿下の正気が薄れていくと言うか、狂気に染まっていくと言いますか……あの姿を見てしまっては、廃嫡を申し渡されたところで従うとは、ねぇ?
「折りよく隣国は戦火の真っ只中。これの救援に向かい、武勲を以って罪を帳消しにする……と言えば、ほいほいと行くバカばかりだ。ついでに、教会が召喚したビッチも処分できる。ま、流石にビッチとクズ兄はこちらの真意に気付くだろうが、もうどうしようもない」
んん?!
ちょっと待って下さい?
グレイシアに負けたとも言えるこの状況下で、神子が隣国に行くって、それは……。
「あの、それって……」
「あぁ。お前が一番恐れていた、魔王ルートだな」
うぁぁぁぁ、やっぱり~~~ッ!?
『救世神子の虹模様』というタイトルの、『虹』に『ラブ』というルビが振られているのには訳があります。
第一王子、公爵家長男、侯爵家三男、辺境伯家次男、教会の幹部候補に平民出の天才と、六人の攻略対象がいる作品ですが、それ故に『虹』に『ラブ』がかかっているのは、七人目の攻略対象がいるからだと考えられていました。
理由は単純で、ランスロット様が明らかにモブではなく、また、彼の好感度を上げるような選択肢がちらほらと出てくるからでした。
ところが、何をどう頑張っても彼を攻略する事は出来ません。
いつしか、攻略対象六人に主人公の神子を加えた逆ハーレムで『虹』なんだとする説も浮上しました。
ですが、幻の七人目はいたのです。
このゲームは、各攻略対象の個別ルートをクリアすると、セーブデータを引き継いだ『強くてニューゲーム』を選べます。
それを繰り返し、六人のエンディングを見た後、逆ハーレムルートが解放される仕組みになっていました。
そして、それこそが罠でした。
逆ハーレムENDを見た後でセーブし、そのデータを引き継がず、新規にゲームを始める事で彼への道は開かれました。
そう、このゲームのラスボスである、魔王モルドレッド様のルートが!
逆ハーレムENDを見た後、新規にゲームを始め、ひたすらランスロット様の好感度を上げ続けます。
すると、サポートキャラ、親友キャラであるはずのグィネヴィアが激怒します。まぁ、当然ですよね。
そして、グィネヴィアのサポートがなくなった神子は、あっという間にグレイシア達によって国を追い出され、この大陸を彷徨い歩きます。
やがて、戦争中の西の教国に辿り着き、よりにもよって魔族に拾われます。
あとはもう分かりますよね?
魔王を陥落させた主人公は、復讐とばかりにブリタニアに攻め込み、これを滅ぼします。
確か、元の世界に戻る方法を探す為とか言ってましたけど、完全に復讐ですよね?
これが、グレイシアにとって最悪の破滅ENDです。
「な、なんでそんな事を!?」
「あん? そんな事決まってんだろ?」
そう尋ねると、彼はとても爽やかな笑顔で答えました。
「俺があのクソアマを物理的に消し潰したいからだ」
笑顔の裏に殺意の塊が見えました……私に向けられたものではないのに、粗相してしまいそうです……。
「後はもう何も言う事は……あ、そうだ……」
話は終わりとばかりに、キャストンさんが切り上げようとしていましたが、何かを思い出されたようで、懐を探っています。
「どうせ、その様子だとまだ気付いていないだろうから、ついでに教えておいてやる。これを見てみ」
そう言って、彼が取り出したのは、水晶玉の魔導具『見守る君』でした。
「いったい、なんで……キャッ?!」
手渡された魔導具が映し出したのは――
「ウケるだろ? それがあいつの本性だ」
鬼の形相を浮かべる酒月 聖のどアップでした。
「な、なんなんですか!? これは?!」
「さっきの断罪イベント中の奴の顔だ。お前、あのイベントの間、どれだけこのビッチに注意を向けた? どれだけこのクソアマの事を覚えている?」
「え?」
そう言われて、つい先ほどまでの事を思い出してみる。
……あれ?
「アバズレの悪い噂って、聞いた覚えはあるか?」
ついさっき別れた、幼馴染二人の言葉を思い返してみる。
殿下や、兄に対する感情はあったけど、酒月さんに対しては何も言っていなかった……?
いや、それ以前に――
「お前、初恋の相手をやすやすと奪われた訳だけど、何も恨み言がないなんて、随分と清らかな心の持ち主だな?」
そんな訳がない。
私はそんなに出来た人間ではない。
他人を羨んだり、妬んだり、恨む事だってある。
なのに――
「なんで、みんなは、わたしは……かのじょを、酒月 聖を……神子に悪感情を抱いていないんですか?」
「それが、『光の女神』のありがた~い『加護』さ」
とても邪悪な、だけど、どこか頼もしい笑顔で――
「それ故に俺はあいつを殺す。それ故に俺はどんな手段を用いてでもあの女を消す。俺が俺の領分にいる者と笑って暮らす為に、あの害獣を狩る!」
はっきりと言い切った。
「あ、お前はその中に入ってないから」
「えぇっ?! そこでそんなオチですか!?」
「当たり前だろうが。『協力』っていうのは、互いに力を合わせる事を言うんだ。それに対して、お前がやった事は俺を一方的に『利用』しただけだ。そんな奴、守るに値せん」
キャストンさんの私に対する評価は最底辺付近まで落ち込んでいるようです。いえ、自業自得なんですけどね。
「それじゃ、俺はこの後もやる事が山積みになってるから行くわ。気を付けて帰れよ」
「え? あ、あの、ちょっと待っt」
「あ、そうそう、お前の兄貴も元日本人だぞ」
「て、えぇぇッ?!」
まだ、肝心の私達が結婚させられるとかいう辺りの事情を聞いていないので、呼び止めようとしたところ、更なる爆弾を投下されてしまいました。
混乱する私を余所に、彼は結界を解除してさっさと歩み去っていきます。
あの人、絶対このタイミングを狙ってましたよね?
説明するのが面倒臭くなって、私を煙に巻く為に今言いましたよね?
……はぁ。結局、最後の最後まで気を遣われてしまいました……。
彼は間違いなく私を嫌っています。
大事な妹を見せ物にせざるを得ない状況に追い込んだ挙句、更に余計な犠牲者を多数出さざるを得ない状況に追い込んでしまった私を……。
本当は勢い任せに私を罵倒したくて仕方がないのに、それをすると自分の実力不足を棚に上げて言える事じゃないとか考えるんですよね。
その癖、私が気に病まないようにコメディみたいな締め方をして気を逸らそうとするんです。
本当に何なんですか、もう……。
本当にもう――
――私の初恋は、画面の向こうの王子様でした
当然、その恋が実を結ぶ事はありません――
――二度目の恋は、画面の中にいた王子様でした
ですが、その恋の実は虫に食われて落ちてしまいました――
――そして、三度目の恋は……
拙い作品をここまでお読みくださり、ありがとうございました。
「悲恋?」という名の失恋編はここまでです。
物語を綺麗に終わらせたい方は、ここで引き返す事をお奨めいたします。